田辺さんと沢村さん

クトルト

第1話 出会い

放課後の教室で担任との面談が始まった。

「田辺、進路希望票はまだ出してなかったよな」


「・・はい、書けてないです」


担任はため息をついた後、話し始めた。

「あのなぁ、田辺。今がどういう時期か分かってるか。高2の冬ってのは、お前が思っているより大事なんだよ。他の奴は進路を決めて、準備を始めてるんだ。今ならまだ間に合う。後で後悔するのは、お前なんだぞ。」


延々と続く話。

上から目線で、一方的にアドバイスをしてくる。

でも、別に嫌いというわけではない。

クラスで目立たない、日陰の俺をわざわざ放課後呼んで、熱心に話してくれる。

良い先生だとは思うけど、

「生徒は全員俺の家族だ」的なノリが合わない。

生まれた時から俺とは種類の違う人間なんだと思う。


話が終わり、帰り際に担任は

「再来週に3者面談をやるからな。それまでに、進路希望票を持ってこいよ。別に大学じゃなくても就職でもいいし、やりたいことがあったら、それを書けばいい。田辺には、たくさんの才能と可能性があるんだ。このことを忘れるなよ」

俺の肩をポンと叩いた後、笑顔で去って行った。


才能も可能性もねぇよ。

担任の背中を見ながら思った。


別にこれは、皮肉とかじゃなくて、

今までの結果と分析から導き出した答えなんだ。



小さい頃から母さんの勧めで、

水泳、ピアノ、野球、空手、サッカー、書道など、

いろいろやってみたが、どれも3か月以内に辞めた。

どれをやっても、中の中ぐらいで、才能はなかったし、好きにもなれなかった。

高校に入って美術部に入ったが、今は立派な幽霊部員だ。

退部しないのは、美術部の顧問はゆるいので、

幽霊部員でも特に何も言われないことと、

部活に入っていないと、あの担任からしつこく勧誘をされるので、

それを避けるためだ。



進路ってどうやって決めるんだろうな・・


夕暮れの教室で、1人でそんなことを考えていると、


カーン! カーン!

「さぁ、こうい!さぁ、こうい!」


窓の外から、鈍い金属音と女子たちの大声が聞こえる。

2階の窓からグラウンドを見ると、女子ソフトボール部が練習をしている。

部活を見ていると、いつも思うことがある。


何のためにやってるんだろう。


ソフトなんか続けても、それで生活できるのは一部の人だけで、その中の一握りの人が、オリンピックに出たりする。オリンピックに出たとしても、その先の生活が保障されているわけではない。


この中で一番上手いのは、ショートを守ってる人だと思う。

打って、走って、守って、どの動きを見ても、センスがあるのが分かる。

この人ですら、この先通用するかは分からないのだ。

ましてや、あのレフトを守っている

150センチもない、小柄な女子。

力がなく、足も遅くて、守備も下手。

才能のかけらもない。

さっさとやめればいいのに。


そう思いながら、見続けていると

その子が校舎の方を向いた。

目が合ったような気がした。


ドラマや小説では、恋の始まりだったりするのかもしれない。

でもこれは、そんなものではなく、

むしろ逆だった。


その子は俺をにらみつけた。


俺は驚き、窓から離れた。


なんなんだよあの顔。

俺がなんかしたか。

気のせいかもしれない。

考えても仕方ないか。


俺は家に帰ることにした。



校門近くまで歩いた時に、

ソフトボールが転がってきた。

それを拾おうとすると、

先に細い手が伸びてきて、ボールを奪い取られた。

前を見ると、さっきの女子だ。


また目が合うと、その女子は3秒ほど俺をにらんで、

グラウンドに戻っていった。

気のせいじゃなかった。



にらまれた理由を考えている内に、自宅に到着した。

結局理由は、分からなかった。


玄関を開けると、音を立てないように2階に上がる。

音を立てると、母さんが話しかけてきて、

「勉強はやってるの」「進路はどうするの」などと、いつものセリフと話した後、

「私の若い頃はねぇ・・」と話し始め、青春を押し付けてくるのだ。

何百回と同じ話を聴いてきた。

時間の無駄でしかない。


部屋に入り、ベットで横になりながら、マンガを読もうとした時、

「入るわよ」と言って、母さんが部屋のドアを開けた。


「マンガばっかり読んで、勉強はやってるの?」

「もうすぐ3年になるんだから、今から頑張らないと」

俺はうなずきながら「はい」を繰り返す。

この方法が、一番早く話を終わらせるのに

有効だということを俺は知っている。


「担任の先生から聞いたんだけど、あんたまだ進路希望、

出してないんだって」

「迷ってるんなら、一緒に考えようか」


ここはさすがに否定しないと、面倒なことになる。

「大丈夫だから」


「大丈夫ったって、あんたねぇ」


「大丈夫だから」

このやり取りを10ターンほど繰り返した後、

母さんはあきらめて、部屋を出た。


カバンから白紙の進路希望票を取り出し、机に置いた。

とりあえずボールペンを手に取ったが、ペンは進まない。

ボールペンをシャーペンに持ち替え、

家から通える大学を3つ書いた。



次の日、いつもより早く目が覚めた。

気持ちのいい目覚めではなく、また母さんから

グチグチ言われるのではと考えると、

憂鬱な気分になった。

まだ時間は早かったが、母さんに見つからないように

こそっと家を出て、学校に向かった。


校門は開いていたが、生徒は誰もいなかった。

ただ、グラウンドの方からわずかに何かを振る音が聞こえる。

近づいてみると、昨日俺の事をにらんできた女子が素振りをしていた。

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