第一回 究極の異能力バトル(沢井vs田上vs有本)
沢井は林中央部まで辿り着いた。視界が良く、それが逆に彼を落ち着かなくさせる。
武器は未だに見つけられず、いくつかマップ上に落ちているそれを拾うか、誰かを倒して奪い取るしかない。
「ちょっと装備無しってのは不安ですね。できれば弓……弓が欲しいな」
キョロキョロと周りを見渡すが勿論そんなに都合良く落ちてはいない。
「弓といえば弓矢の起源は諸説ありますが数十万年前と言われています。現在見つかっている最古の物は南アフリカで発見された物で、凡そ六万年前のものだと考えられています」
一体誰に言っているのか、そんなウンチクをブツブツと呟きながら歩いていた。
「そうか、この世界なら」
不意に何かに気付いたかの様に手頃な木の枝を折った。根元を持ち、ブンと振り下ろしたり突いたりといった動作を数回繰り返す。
「まずはこれで丸腰という事は無くなりましたね」
紐や竹があればそれこそ弓も自作出来るのだろうが今まで観て来た感じではこのマップにそう言ったものは無かった。念の為もうひとつ、足元に落ちていた小石を拾う。
暫く進むと右から明らかに何者かが歩く音が聞こえて来た。このマップには雑草や泥等が無い。従って歩く音が聞こえるという事はかなり、それこそ鬼の様に体の大きなアバターか、とても近い所にいるかの何れかである。急いで音のする反対側の木陰に隠れる様にして覗き込んだ。
「あれは、侍」
全身を強固な甲冑に身を包み、歩く度にそれらがガチャガチャと音を立てている。しかも弓を背負っている様だ。相手が誰かは分からないが、不意打ちで仕留めれば弓を手にする事が出来る。
「これは行くしか無いですね」
自分に言い聞かせる様に小さく呟く。距離が近くなれば全ての物音は周囲に聞こえる。それは言葉であっても同じだ。
そう決めたはいいが沢井は直ぐには動かず、少し考えていた。今の自分の位置取りを客観的に判断する。その侍が通り過ぎるのを待って不意打ち出来る程完全に隠れ切れている訳では無い。隠れるには心許ない木の細さ、何より木の密度の薄さが奇襲の成功率を下げる。
「注意を他に向けないと」
沢井は右手に持つ武器を木の枝から小石に変える。自分と侍の直線を頭の中で結び、三角形を描く様にもう一つの点に向かって石を投げた。
ガサッ、パキッ。
小石は木や葉に当たりその侍の注意を引きつけるには十分な音を出し、地面に落ちた。ここが森の様に木の影が濃い場所だともっと手前で何かに当たり、上手くはいかなかった筈だ。
「え? なになに? 誰? 誰かいるの?」
大きな声を出しながらその侍は音がした方へと振り向いた。その声で侍がアンガーライズ田上だとわかる。沢井は即座に反対側の木の方へと走り出し、一旦隠れて様子を窺う。田上は沢井が投げた石が落ちた辺りを警戒し、後退りする様な体勢で沢井の方へと近付いて来ている。
「もうやだよこれ、怖いよ。不意打ちすんな、姿見せろよ!」
バキッ! 田上の背後から木の枝を振り下ろした。
「うわっ! なになに⁉︎」
突然背後に敵がいた事で田上が混乱する。甲冑があるため一撃で倒す事は出来ない。それは沢井も織り込み済みだった。
「田上さん、不意打ちですみませんがリタイヤして下さい!」
「え? 誰? 沢井君? やめてやめて!」
無論やめはしない。叩き込み、突きを繰り返し体力を削る。だがその田上の姿が薄くなっていく。
「え⁉︎」
リタイヤした後もその肉体はマップ上に残る。だとすれば今目の前で起こっている事は……
「透過能力! マズい!」
田上は完全に視界から消え去った。木の枝を振り回し、最初の方は何度か当たっていたがやがてそれも無くなり沢井は完全に田上を見失ってしまった。
「逃げます!」
その場に直ぐに背を向け、林の奥へと走り出そうとしたその瞬間、体を矢が貫いた。
「うわぁぁぁぁ!」
「沢井く~ん、やめてって言ったよねぇ?」
姿を現した田上は既に沢井から5メートル程距離を取っていた。彼が松阪から奪い取った弓は二の矢を番えた状態で完全に沢井を捉えている。
「今度はこっちの番だよ? もう動けないでしょ……って、えぇ?」
次に驚いたのは田上の方だった。
胴体部に刺さっていた矢が無くなり、沢井は何事も無かったかの様に林の奥へと逃げ込んだのだ。
「ええ! なんでなんで⁉︎ 当たってたでしょ今!」
訳が分からないまま、田上は沢井を追い掛けた。
一方の沢井、田上に止めの矢を放たれる前に『自分の時間を五秒巻き戻す能力』を使った。この能力は他者には影響しない。自分の五秒間の歴史をキャンセルし、自分の行動、受けたアクション、動いた位置も含め5秒前の状態へ巻き戻す能力。これがあれば即死する攻撃を受けてもリタイヤとなる二秒間の間に能力が発動できれば死を回避出来るのだ。
「透過能力を持っているなら一撃で倒す武器が無いと勝てない」
独り言を言いながら走る。が、立ち止まる。目の前に別のアバターが現れたのだ。
「う……」
白いローブを纏った女性アバターだ。手には杖を持っている。飛び道具は無いらしい事を確認し、ひとまずは安心するが警戒は怠らない。
一秒、ほんの一秒間だった。
向かい合っていた筈の女性が、消えた。田上の透過能力の様に消えて行く様が見えるのでは無い。パッと消えた。
「時間停止⁉︎」
それは誰もが恐れる最強の能力。いや、それなら既に自分は死んでいる筈だ。なら―――
「すみません!」
その声を背後から聞いたと同時に沢井は動けなくなった。頭部に大ダメージ。更に繰り返される打撃ダメージ。振り返ると前にいた女性が杖を振っていた。
「戻す!」
「え?」
沢井の叫びで一瞬呆気に取られる女性を前に自分の時間を五秒巻き戻し、ノーダメージの状態に戻る。直ぐ様ステップバックし、距離を置く。
「時間停止、いや瞬間移動?」
沢井は女性の能力をそう読んだ。だがそこまでだった。
パスッ!
沢井の頭部を矢が貫いた。
「追いついたよ沢井く~ん。逃げ過ぎだよもう!」
言葉と共に透過が解除される。時間を巻き戻した直後の沢井にはもうリタイヤの他に道は無かった。
「おっしゃ~~、二人目ぇ!」
田上が歓喜の声を上げる。恐怖なのかその場から動かない女性アバターの方にクルッと向き直り、
「君って、架純ちゃん?」
「ひっ」
思わず一歩、後ずさる。
「あ、架純ちゃんだ~~!」
「ひぃぃ! いやいやいや!」
田上が有本の方へと走り出す。有本も追われる方へと逃げ出す。
「来ないで下さい!」
「何でだよぉ! 俺と付き合ってよぉ! 付き合ってくれたら倒さないよ~~?」
だがその言葉と裏腹に、田上は走りながら弓を構え出す。ヒュンッ! 放たれた矢は目の前数メートル程の距離にいた有本の腹部に命中した。
「うわっ!」
その衝撃で走れなくなり、足がもつれて転倒する。矢が刺さっている為に横に倒れ込む有本を田上が覗き込む。
「ひぃ!」
「えっへっへ。ごめんね架純ちゃん。ルールだからね」
田上は笑いながら刀を上段に構えた。
「待って、待って下さい」
「えええ、なに?」
「付き合うから……」
「ええ! ……マジ? 架純ちゃん付き合ってくれるの? えええ⁉︎」
「その代わり田上さんの能力見せて下さい」
「いいよ、いいよ。俺の能力、無敵だから。その代わり架純ちゃんも起きちゃダメだよ? 起きたら撃つからね?」
武器を弓に持ち替え、スッと姿を消す。
「消えた! 突然現れたのはこの能力だったんですね!」
「えへへ。凄い? 架純ちゃ~ん」
「凄いです田上さん! 姿見せて下さい。私の能力も見て下さい」
有本のリクエストに応え、田上が姿を現す。
「え~能力見せてくれるの? 何か、えへへ、ドキドキするね」
「田上さん、矢を抜いてくれませんか? でないと見せられなくて」
「いいよ。けど下手すりゃ失血状態になるよ?」
有本に言われた通りに矢を引き抜く。血が流れ出し、白いローブの腹部が赤く染まる。
「あああ大丈夫? 架純ちゃぁん!」
「見てて下さい、
するとみるみる傷が塞がり、血の流れも止まった。有本の職業は聖職者というものだった。
「これが私の能力です。敵味方問わず、傷を治す事が出来ます」
「凄い、架純ちゃぁん!」
「田上さんもどこか痛いとこ有りますか?」
「ええ! 優しい! 治してくれんの? さっき沢井君に殴られまくってさぁ、頭にダメージ残ってるんだよね」
「分かりました。頭ですね。そのまま座って怪我してる所を見せて貰えますか?」
「えええ、やだよ。頭頂部は見せたくないよ~~って大丈夫か。はい」
素直に座り、兜をとった。
仰向けに寝転がった有本がニコリと微笑んだ次の瞬間、田上の目の前からその姿が消えた。
「え?」
ガン! ガン、ガン、ガンガンッ!
田上が膝をついた。背後から頭部を攻撃されている。先程沢井に与えられたダメージに加えて致命傷となった。有本に乗せられてつい今し方能力を使ってしまった為、透過で逃げる事も出来ず、ただただ、
「酷いよ架純ちゃぁん」
そう呟く事しか出来なかった。
祖品、三百ポイント。
有本架純、百ポイント。
指川莉央、百ポイント。
五人がリタイヤとなり、残るプレイヤーはいよいよ三人となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます