第一回 究極の異能力バトル開始(祖品と田上)

 ◆◇◆◇


「ちょっと待って、ちょっと待って。どこ? ここ」

 小久保が配置されたのはマップの中央、林の中にある細い川沿いにある岩場だった。周囲に目を配りそれと把握すると、

「ああなるほど。これは良い所よね」

 少し安心した口調で言った。槍を手にした『兵士』の小久保は二、三度それで突きを試みる。しっくりと来た様だ。だが岩以外に何も無い空間に不安を覚える。

「何処かに隠れたいな」

 彼女は辺りを警戒しつつ少し木々の多い方へと移動する事に決めた。「きっと周りに木があった方が襲われにくいよね」そう判断したからだった。だが移動の途中、巾着袋が落ちているのに気付き、拾う為に立ち止まった。その刹那、突然目の前をピュンという鋭い音と共に何かが通り過ぎた。

「ひえっ!」

 小久保の小さな叫びとドスッという音と共に右手側の大きな木に矢が刺さったのとがほぼ同時だった。

「ヤバいヤバい! どこから?」

 急いで林の中に逃げ込もうと巾着袋を無視してダッシュした。だが次の瞬間、

 ドスッ!

 音がしたのは自分の左側頭部だ。体の自由が効かなくなり、視界だけを左に向けるとグレーのパーカーとデニムを履いた現代人の様な格好をした男が弓を撃ち終わった様な姿勢で立っていた。

 絶命までに二秒間ある。その一瞬の内に小久保は男に向かって能力を発動した。


 男の名は祖品。スタート直後、幸運にも落ちていた弓を拾い、顔を上げると小久保が川沿いで槍を振っている場面に出会した。

「こんな近い所に誰かおるやん……気付いてへんな。チャンスちゃう?」

 そんな風に独り言を言いながら狙撃の機会を待っていたのだ。一矢目は外したものの続く第二矢で小久保の側頭部を貫いた。


 完全に仕留めたと思い込み、勝ち名乗りを上げようとした正にその時、全身から不意に炎が舞い上がる。

「うわっ! 何やこれ! 燃えてる! 能力⁉︎」

 みるみる体力を消耗し、祖品の全身が火傷状態になり、呼吸が出来なくなる。

「こっれはヤバいわ。俺の能力がで良かったわ」

 だが祖品は落ち着き払ってその能力を自分に対して発動した。周囲から突然発生した砂が彼の体を覆う。十秒程砂に埋もれていた彼が再び姿を現した時にはもう、体中を焼いていた炎は消えていた。

 彼の能力は『指定した場所に砂を発生させる能力』だった。

「怖い。これは怖いわ。慎重に行かなあかんな。でもまず一人目、倒したよぉ」

 その時、祖品の頭に直接女性の声が聞こえて来た。


(祖品さん、ファーストキルです)


 この声はマップ上の全戦士達に聞こえていた。


 ―

 甲冑を纏い、腰に帯剣している侍の彼はアンガーライズ田上だった。

「なに祖品の奴、もう倒したの? 早くない?」

 周囲は見渡す限りの平原だった。所々に木や岩はあるもののこれといった障害物はそれら以外は無いに等しい。

「まあでも俺の能力なら不意打ちさえされなけりゃ楽勝でしょ」

 前後左右を慎重に確認しながら、

「やっぱ中央だね。他の皆も集まってくるでしょ。架純ちゃんも来るかなあ。へへへへ」

 とマップ中央の林エリアを目指す事にした。


 一方、羽付き帽子に皮のベストに革靴といった、狩りをする中世の貴族の様な格好をしているのは松阪である。彼は林エリアの近くに配置され、すぐさま木陰に身を潜めた。無論、『祖品ファーストキル』のアナウンスも聞こえていた。と同時に平原のかなり遠くに人影を見つけていた。射手の彼は視力が良く、他の職業より遠くまで見通す事が出来る。

「あれは誰だろう」

 兎に角不意打ちが恐ろしい世界である事は配置されてすぐに体感した。壁が無いと言う事がこれほど頼り無いと感じた事は今までに無かった。

「近くには……誰もいない。足音も聞こえない」

 周囲の気配を探りながら体ひとつ分程の大きさの木に隠れ、先程視認した相手の様子を再び窺う。

「さっきより近付いている。来るな……こっちへ」

 平地よりは隠れ易いとはいえ、森の様に木々が密集している訳では無い。頻繁に周囲を警戒しながら、近付いてくる田上の方を盗み見る。幸い射手である彼の武器は弓だ。

「射程に入ったら、撃つ」

 その射程は全職業の中で最も長く、且つ正確だ。田上の方も何度も振り返ったりを繰り返しながら慎重に林へと近付いていた。

「来た!」

 松阪は矢を番え、木から体を出し、力の限り最初の矢を放った。

「うわっ!」

 それは見事に命中、誰かは知らないが胴体部に命中した。だが腹部ではすぐには死なない。止めの二矢目を放とうと構えた松阪の視界から田上の姿が、消えた。

「え?」

 それこそ幽霊の様に、腹部を押さえて蹲りつつあったその姿がスッ……と消えたのだ。先程の祖品のファーストキルの時と同じく、倒していたのならセカンドキルのアナウンスが聞こえる筈、つまり倒せていないという事だ。

 そして小さく、徐々に大きく足音が聞こえてくる。近寄って来ているのだ。

「う、うわぁぁぁ! 氷塊アイスマァァァスッ!」

 能力は連発出来ない。必ず能力固有のクールタイムが存在する。焦った彼は見えない敵を倒すには物量、とばかりに能力、氷塊アイスマスを発動する。だが思いの外、クールタイムは長かった。体感にして五秒ほどか。平原と林の間の無作為な位置に巨大な氷塊を空中に発現させ、落とす。衝撃音と共に地面に突き刺さり、或いは崩れ落ち、或いは割れてバラバラに飛び散った。アナウンスは聞こえて来ない。足音が近付いて来る。

「ヤバい! ヤバい!」

 松阪は逃げる事にした。どうやら相手の能力は姿を消す事が出来るらしい。服なども一緒に消えているという事は触れているものは皆消えるという事だ。

「腹を貫いているのに死なないなんて! ヤバい、ここは逃げる」

「逃がさないよぉ~~」

 耳元でアンガーライズ田上の声が聞こえた次の瞬間、松阪のアバターは地面に倒れていた。頭部を真っ二つに斬られたのだ。

 刀を横殴りに振った状態で姿を現したのは侍の格好をした田上だった。先程の松阪の一矢は射程距離ギリギリのため、田上の甲冑を貫けていなかった。


 そして先程と同じくマップ上の全員の頭に再び女性の声が響き渡った。


(アンガーライズ田上さん、セカンドキルです)


「俺二番目? やったじゃん俺! やったよ、架純ちゃぁぁん!」

 田上は松阪が持っていた弓と矢を奪い、装備した。

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