収録(三)

 それから一時間程の間にスタジオ内の風景は一変する。多くの人達が忙しそうに目紛しく動き、ステージの様な場所は無くなり、以前のテストプレイの時の様にデスクが人数分置かれ、PCが並び、コントローラ、ヘッドセットが配置された。


「次、何すんねやろ。ワクワクするなあ」

「いきなり本番で出来るゲームじゃないからな。この日までにAD達がテストプレイを重ねたのと同じ様にタレント達に前もって練習させておくんだ」

「へえ。じゃあある程度はここで皆の腕が見えるんやな」

「そうだな」

 ゲームに慣れてない者もいるだろう。沢井が心配だ。知識の習得に人生の大半を費やしているのであればゲームなどやった事がないかもしれないからだ。


 そしてテストプレイが始まった。初回のテストプレイで俺がやった様に五味がマイクを通じてタレント達と会話しながら操作方法や世界観の説明をしている。別に俺がやっても良かったのだが、末永から「流石にタレントさん達に命令口調やタメ口はマズい」と言われ、満場一致で五味がやる事になったのだ。彼らがゲームの練習をしている間にもADと思しき連中がバタバタと走り回っている。

「皆、忙しそうやな。何かやってんのかな」

 高梨がキョロキョロと見回しながら言う。というかいつまで手を繋いでるんだ。

「おい、もう手、いいだろ」

「えーー。あったかいのに。しゃあないなあ。離したるわ」

 高梨の手が離れた瞬間、確かに手が寒くなった。このスタジオが特段寒い訳では無いのだが。何故か一瞬人肌が恋しくなる様な奇妙な感覚を感じるが何事も無かったかのようにすっと上着のポケットに手を入れる。

「彼らはこの後始まる本番の準備をしているんだ。本番では皆個室でゲームする事になるからな」

「えーー! ほなあたしら、全然見られへんの⁉︎」

「そうだな。個室毎、つまりタレント一人にカメラ三台、アナウンサー一人、ADが一人か二人張り付く。全て撮って後で編集する、みたいなやり方だそうだ」

「ざーーんねーーん! じゃあもうあたしらおっても無駄やなあ。見たかったなあ、啓太郎の企画」

 つまらなそうに口を尖らせる。それには全く同感だ。俺も見たかった。

「一応副調整室で全体のカメラの映像を見る事は出来るそうだがどっちにしても音声は無理だろうな」

「入らしてくれるかな」

「どうかな。顔見知りでもいれば良いが」

 だが走り回るAD達の仕事の邪魔をする訳には行かない。暫くは大人しくタレント達のテストプレイの様子を見ていた。


 それから一時間程経っただろうか。基本的な動きを練習させるだけでは無く、視聴者を興奮させる頭脳バトルを成立させる為に五味は様々な手解きをしていた。

 わざと見える穴を掘って相手がジャンプする直前に鈍足スローをかけて落とす。相手が木に登っている時にフレイムで木を燃やし飛び降りざるを得ない状況にし落ちて暫く動けない所を弓で確実に頭を狙う。フレイムで体に火がついた時に凍結フリーズサンドで消化する、等々だ。

 ちょくちょく休憩を挟みながら更に2時間が経った。タレント達は各個室に案内された様だ。

「ああ、もう始まってまうやん……」

 焦れた高梨がその場で足踏みを始める。その時だった。

「本宮さん、え……と、高梨さん!」

 不意に声を掛けられて振り返ると末永だった。

「末永さん!」

 喜色満面で名前を呼び、高梨が末永に抱き着いた。身長百五十半ば程の高梨が百七十センチ近い末永と並ぶと大人と子供程の差がある。

「うわっ……どしたの?」

 戸惑いの表情を見せて高梨の頭と俺の顔を交互に見る。

「末永さん、あたしもゲーム見たい!」

 末永は一瞬驚いた顔をした後直ぐに笑顔になる。

「良かった。そう思って呼びに来たんだけど」

「ほんとか! 助かる末永!」

「貸しだよ?」

 ニヤッと笑って悪い顔付きで言う末永だが今はどうでも良い。

「分かった」

 二つ返事で答え、副調整室に入らせてもらった。

 中は稀にテレビで見る事の出来る機材が詰まった部屋、そのものだった。

「うわぁ……ここってホンマにこんなんなんやな」

 俺も初めて入る。五、六人が椅子に座りヘッドセットを付けていて画面には全カメラの映像と思われる内容が映し出されていた。至る所にミキサーのボリューム調節の様なものがある。タレント達全員にマイクがつけられており、別々の個室で喋る仕様となっている為だからか、音声は全く聞こえない。だが映像を見せて貰えるだけでも助かった。とにかく編集前の生の映像を見ない事には五味の会社でゲームサービスを始めても売れるかどうかが分からない。編集で切り取った部分を上手く継ぎ接ぎして良い番組となってもゲームとして間延びしている様であれば改善しなければならない。そこは五味を巻き込んだ俺の責務だ。

 既に初芝が中にいた。俺と目が合うとウインクをしてくる。頷いて感謝の意を示したのだが初芝が笑った。どこかおかしかっただろうか。

「静かにしててね」

 末永が小声で俺と高梨に言った。無論こんな所で燥ぐつもりは無い。

「はい、じゃあスタート一分前!」

 初芝がマイクに向かって指示を出した。いよいよ始まる。ラグを防ぐ為、テレビ版の『UltiSBアルティエスビー』はスタートボタンを自分では押さない。五味が管理コンソールから操作する事で全員が一斉にスタートする。管理コンソール画面もここで見る事が出来た。まあ番組としては絶対に使う事は無い映像だと思われる。音声が入り、五十秒前……四十秒前……ADと思われる誰かのカウントダウンが聞こえて来た。

 今回は種族と能力はスタートと同時にランダムで決まる仕様となった。今日は能力の中に時間停止が無いのでケンコシの希望は通らない。それぞれどんな職業、能力となるのかは始まってみないと分からない。

 五味が凝視している筈の管理コンソールをカメラを通して俺も見ていた。十、九、八、とカウントが続く。始まる。遂に始まってしまう。興奮が抑え切れない。食い入る様に画面を睨み付ける。

 カウントの声が無くなった数秒後、ゲームがスタートした。

 管理コンソール画面には全員の職業と与えられた能力が一瞬で画面に表示された。沢井はどうだ。沢井は何の能力を得た?

「うわっ凄いやん。これ沢井、優勝するんちゃう?」

 高梨が小声で言った。俺も見つけた。震えてしまった。こんな事があるのだろうか。


「来た……『自分の時間を巻き戻す能力』」

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