収録(一)
あれから三度のテストプレイを経て遂にその日が来た。
五味と社員達は予定通りの日程でテストプレイでの意見も反映させつつ、見事に『
十月第二週の水曜日。今日は第一回放送の収録日だ。第一回は年末特番として深夜帯に放送される事が決まっている。俺は有給を取り、スタジオ入りした。何故か高梨も一緒にいる。「いやそんなん見に行くに決まってるやろ」だそうだ。
忙しそうにセッティングする五味とリアルゲーム工房の社員、それにサクラテレビや制作会社のスタッフ達の邪魔にならない様にスタジオの後ろで高梨と並んで見ていると末永が声を掛けて来た。
「本宮さん!」
「末永か」
「もう来てたのね。あ、えーっと……こちらは?」
「ああこいつは「初めまして! 啓太郎の後輩の高梨紬です! 啓太郎のサポートついでに見学に来ました! 今日はよろしくお願いします!」
俺の言葉を遮ってでかい声で挨拶する。全くやかましい奴だ。高梨を見つめる末永が妙に浮かない顔をする。
「後輩の高梨、さん……あれ。その名前、どこかで聞いた記憶が……」
「ん。どこかで言ったか?」
「なになに啓太郎。あたしの事、テレビ局の人に売り込んでくれたん?」
にこやかに笑う高梨だがその様な記憶は一切無い。一体どこで末永にこいつの話をしたのか。
「聞いた。絶対聞いたよ」
俺が末永としっかり話したとすればあの居酒屋の時だが、あの日は末永が酔い潰れて大した会話にならなかった筈……あ!
「あ!」
こいつも同時に思い出したらしい。
―――
「い、いやそれはお前が『私どうかな』って聞くから……仕事の評価を俺にしてくれって事だろ?」
「はぁ? 一体この世の誰が仕事の評価して欲しくて『私どうかな』なんて言うのよ!」
「俺の後輩の高梨という奴だ」
「いたのかそんな奴! ええい高梨!」
―――
あの時だ。
みるみる末永の顔がキツく強張っていく。
「あ、ああ。お、思い出したわ。可愛くて仕事が出来るって貴方が褒めてた子ね?」
顔を引き攣らせながら言う。
「は? そんな事言っ……「あー忙しい! じゃまた後でね本宮さん! 高梨さんも!」
待て。なんて面倒な事を……何で誤魔化す必要があるんだ? まあ説明するのが面倒臭いのは確かだが。視線を感じ、ふと高梨を見ると目をキラキラとさせ、俺を見上げていた。
「啓太郎……陰であたしの事褒めてくれてるなんて……めっちゃ嬉しいわ……」
見ろ、こいつは褒められるのが大好きな奴なんだ。褒めて伸びるタイプというより褒められると増長するタイプだから厄介だ。
「でもいつそんな話したん?」
「テストプレイの前日だったかな。末永が話があるって言うから二人で飲みに行ってそん時に……」
「はぁ?」
「なんだよ」
「二人っきりで、飲みに行ったん⁉︎」
背伸びして詰め寄ってくる。
「いやゲームの事でって言うから……」
「そんなん口実やろ。啓太郎と飲みたかっただけや!」
「おおお。よくわかるな、お前」
「何で分からんねん。ほんっま何ちゅうか……啓太郎、仕事はめっちゃよう出来んのになぁ……そういうとこやで?」
「何がそういうとこなんだよ」
「で、何で私の話になったん?」
仕方無く全てを話す羽目になってしまった。
「ほほう……そうか。あの姉ちゃん、啓太郎の事が好きなんやな」
「まあそういう事らしい。今もかどうかは知らんが」
「はあ? さっきの態度見とったら分かるやろ……」
心底呆れた顔付きで俺を見る。同時にやたらと距離を詰めてくる。
「で、こっからが大事なんやけど……」
「なんだよ」
「啓太郎はどうなん?」
「え?」
「啓太郎は末永さんの事好きなんか? って聞いてる」
「……」
これは面倒な事になった。今日は収録の日だぞ。集中して見守りたいのに。
「末永さん、めっちゃくちゃ綺麗からなあ……? スタイルええし、めっちゃええ匂いするしなあ……? そんな人が啓太郎の前でそんな可愛いとこ見せたんやからなあ……? ギャップ萌えってやつ?」
いちいち語尾を上げながらにじり寄って来る。思わず後退してしまう程の迫力だ。
「さあ啓太郎はどう思てんねんやろなあ?」
「何でお前にそんな事……」
「な、何ででもええやんか! 後輩として知っとかなあかん事や!」
「知らなくて良いだろ! ……あ!」
「何や、そんなんでこの紬ちゃんは騙されへんで!」
「見ろ、松阪晃司だ」
「ええ⁉︎」
背が高く短髪がよく似合う、戦隊員物出身のイケメン俳優だ。方々に頭を下げながらも背筋良く歩き、スタジオ内のステージになっている所の手前で手を前に組んで止まる。テレビで見たことのある芸能人を間近で見ると実感が湧いて来る。
「ふわぁ……おっとこまえやな……」
高梨が松阪に見惚れている。ホッ。恐らく皆、入り時間なんだろう。ならここからは芸能人オンパレードの筈だ。これで高梨の追及から解放される。
「ふわ! 啓太郎! 有本架純ちゃんや! 可愛い過ぎるぅ~~!」
「そうだな」
確かに女優のオーラが出ている。松阪の隣に立ち、何か話し合っている。二人は正月ドラマか何かの番宣かな。
「す、凄いもんを見てるであたしぃ~~」
「また来たぞ」
スタジオの出入り口から二人入ってきた。前を歩くのはひょろっと背が高くオールバックのお笑いコンビ霜降り花嫁突っ込み担当祖品、その後ろから入って来たのは同じ事務所のケンドーコシナカだ。
「おおお! 祖品にケンコシ! スゲェ!」
お笑い好きでもある高梨が興奮する。いつの間にかポケットに入れている俺の左腕にしがみ付き、ギャーギャーと飛び跳ねて騒いでいる。
続いて入って来たのはアンガーライズ田上だ。細く猫背な感じはテレビで見るのと同じだが歩き方は普通だった。
「あ、アンガ田上」
心なしか高梨がトーンダウンしているのは気のせいだろうか。
「あ、来た!」
思わず俺の声が上擦った。
沢井聡司。東大卒のクイズ王で、俺の尊敬するタレント。彼が頭脳をフル活用して最高の能力バトルを見せてくれる事を期待してこの企画を考えたのだ。彼が登場した事で一気に胸が高鳴り、ここまでの苦労が消え去る思いだ。
「沢井やん。良かったな、啓太郎」
俺を見上げて高梨がニコリと笑う。自分でも恥ずかしいほど興奮している様だ。うん、と言うのが精一杯だった。その俺の恐らくは紅潮しているであろう顔を暫くジィーッと見ていた高梨だったが、また俺の二の腕辺りに頭をくっつけてタレント達が集まっていく様を眺め始めた。
「あ! さっしーも出んねや!」
指川莉央。元アイドルだが頭の良さを買われて今やバラエティに引っ張りだこだ。そのすぐ後ろから腰低くお辞儀をしながら入って来たのはお笑いコンビ、アクシズの小久保香世。元OLというキャリアを持つ異色の芸人だ。
「八人、揃ったな」
皆、スタッフ達や番組出演者同士で礼儀良く挨拶しながらにこやかに談笑している。
スタッフの女性が彼らに何かを説明している。末永に聞いた段取りではまず一人ずつ椅子に座ってこのゲームにかける意気込みを聞いていく筈だ。恐らくその説明だろう。
「何やろな、何が始まんねやろな?」
子供の様に燥ぐ高梨を見て、心なしか俺も胸が高鳴って来た様だ。
そして一人目がカメラ前の椅子に座った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます