テストプレイ(二)

「次は能力だ。侍には鈍足スロー、兵士には敏捷クイック、射手にはフレイムを与えてある。左ボタン押しっぱなしで発動する。まずは三番と六番、やって見ろ」

 この二人は兵士であり、能力は敏捷クイックだ。左ボタンを押すとどこに発動するか決める為のターゲットマークが画面に出る。

「マークが出たな? 左ボタンは離すな。マークをスティックで動かし、発動させたい位置で左ボタンを離せ」

 能力が能力だけに二人とも自分をターゲットし、左ボタンを離す。

「動いてみろ」

 歩行が『走行』以上の速さに変わり、走行は一瞬で相手との間合いを詰めるほどのものになる。

「うおっ」

 一人が驚きの声を上げる。もう一人も声は出さないが表情で驚いているのがわかる。

「戦ってみろ」

 三番と六番の兵士は一瞬で相手との間合いを潰し、二番の射手、四番の侍はあっという間にやられてしまった。武器が近接の中では射程距離が長めの槍である事も有利に働いた。

「まあ最初はこんなものかな。慣れてくるとそんな簡単にはやられはしない筈だ。あと大事なところだがこの敏捷クイックを含め、所謂バフ系と呼ばれる能力を高める補助能力は自分だけじゃ無く敵や味方にもかける事が出来る」

「敵にかける意味がありますか?」

 四番の侍が聞いてくる。

「無論リスクはでかいが、敏捷クイックを例に取るとこれは体の運動能力を飛躍的に高める、という能力だ。つまり呼吸が激しくなる。それを利用して水中に落とした相手や炎に巻かれている相手にかけたりすると有効打となる」

「成る程……」

「他にも相手は相手のタイミングで動くのだから突然早くなると操作を誤る。現実でも自分が五倍の速さで動いてしまってみろ。ジュースをコップに入れる事すら難しい筈だ」

「そんな事まで再現出来てるんですか?」

「五味を舐めるなよ。そんな事は当たり前だ。運動能力が上がれば細かい作業程やりにくくなる」

「いや、別に舐めてませんけど、それは凄いですね」

「じゃあもう一度初期配置……そうだ。また同じ場所に行け。……揃ったな。次は二番、五番が能力を発動しろ」

 その二人は射手であり能力はフレイムだ。二人はそれぞれの相手の三番と一番をターゲットにフレイムを発動する。途端に二人のアバターは炎に巻かれる。カチャカチャと操作するが炎は全身を包み、やがて動けなくなり、リタイヤとなった。

「OK。今ので分かる通り、炎に巻かれた所で直ぐにはリタイヤとはならない。徐々に運動能力が落ち、動けなくなる。次だ。少し難しいが攻撃アクションを取りつつ能力を発動してみろ」

 射手の場合、弓を引いた所で攻撃ボタンを離すと矢を番えたまま止まる。画面にはターゲットマークが出てそこを狙う事が出来る。

 言われた通り二番と五番の二人がそのタイミングで左ボタンを押す。すると矢のターゲットマークとは別の、能力発動に対するターゲットマークが出る。そこで声を掛けた。

「ターゲットを矢にしろ」

 すると矢が燃え盛る。火矢の完成だ。

「撃て」

 火矢は炎を巻いてそれぞれが狙った場所へと煙を出しながら飛んでいく。

「こういう事も出来る。攻撃系、バフ系、デバフ系の能力を思い込みだけで使わない事だ。型通りでない使い方に勝機がある。むしろ視聴者はそこを見たい」

 うーん、ほう、などと頷きが見られる。これには加藤達テレビ側の人間も感心した様だった。侍二人に対しても同じ事をやらせ、最後にマップ上を自由に動いてバトルが行われた。


 ―

 二時間後。テストプレイは終わり、同じ会議室で意見交換会が行われた。


「いやあどうも今日はお疲れさん」

 加藤が切り出した。

「まあまだ一回目だし、ざっくばらんに意見を出していこう。とは言え製作期間もあと二か月を切っていて意見を反映させるのも後になる程難しくなっていく。貴重な機会だから皆、思った事、感じた事は言っていこう」

 加藤の真っ当な話を初芝が引き取った。

「思ってた以上にリアルなゲームでとても良かった様に思う」

 テストプレイに参加したAD達が皆、うんうんと頷く。

「まずは実際にやってみた君達に意見を聞こうか」

「はい。一番の玉井です。操作が難しそうという印象だったんですがやってみるとそうでも無かったですね。個人的にはターゲットマークはもう少し早く動いて欲しいと思いましたね」

 ターゲットマークを動かしている間、自アバターは動けないが敵は動ける為、この操作性は死活問題だろう。逆に早過ぎると操作し難いという難点にもなる。

「僕も同じですね」

「俺はあれ位でいいと思ったな」

「私はもっと遅くてもいいと思いました。合わせるの難しいです」

 皆、バラバラの意見だ。成る程な。

「二番の小出です。僕はゲームが大好きなんですが、正直リアルさは段違いでしたね。今までのリアルさってテクスチャがどれだけ綺麗かってだけだってのがよくわかりました。凄いです、このゲーム」

「面白そうかい?」

 初芝が尋ねた。

「コンテンツが少な過ぎるので実際には幅がもっと広がるんだと思うと十分に遊べるものだと思いますね。つまり今日の所は面白いよりも凄いが勝ってますが、ちゃんとしたものだったら面白いと感じると思います」

「指摘や改善点はないか?」

「動きについては言う事無いですね。岩にも木にも登れるし、自由度が段違い。強いて言うと今流行りのソシャゲや放置ゲーが好きな人、金で強くなるゲームばかりやってる様な人にはウケないでしょうね」

「君、局の人間なのに言ってるのはゲーマーの意見だな。ハッハッハ」

 加藤が笑う。まず加藤達が気にしているのは番組として成立するか? なのだからゲームが売れるかは別の話なのだ。だが五味にとっては貴重な意見ではある。

「三番の横井です。私はゲーム自体やらないので操作、難しかったですし、あまり面白さも感じなかったです。なので番組に呼ぶタレントはゲーム好きに絞った方が盛り上がると思いました」

「成る程。そりゃそうだね。他には?」

「思わず声が出てしまう事があるので、番組としてやる時はそれぞれ個室が良いと思いました」

「あー……そうだな。確かに各部屋にカメラを置いて一人を追いかける方がいいな。その辺は『逃げ切りまSHOW』と同じスタイルだな」

 俺もその方が良いと思っていた。余裕があれば聞き手と会話しても良いかもしれない。

「四番の古橋です。五回位死んだけどまあまあ面白かったですね。本宮さんが言ってた水中とかがあったらもっと良かったのかもしれないけど、普通のMMOとかと違って同じ平地も大きな勾配じゃなくて微妙な起伏があるし、壁で絶対進めないってのが無いし臨場感は満点です」

「ほう。言う事なしって感じか?」

「いや、動きは滅茶苦茶リアルなんすけど、いわゆる格ゲーほど戦闘に特化した色んな技が有る訳でも無く、無双ゲーみたいな爽快感が有る訳でも無く、FFみたいに召喚獣を集める楽しさやロープレの強くなる楽しみが無い。モチベーション、ってかこのゲームをやろうとする意義をどこに持ってくか? って感じっすね」

 はっきり言うな。だが尤もだ。

「ほう。真っ当な意見だな」

「五番の西浦です。同じ様な印象だけど番組って事を考えるとあまり重要では無い気もしました。私は番組目線でやってたので目的を番組が与える事でそこは解消されるのかなと思いますね」

「目的とは例えば?」初芝が言葉を拾ってアイデアを引き出す。

「一位になった人に賞金、副賞。一番面白かったバトルを審査員賞みたいな形で褒賞を出すとかですね」

「なるほど」

 加藤が無表情に頷く。

「六番の小林です。操作もキーボードじゃなくてコントローラを使う事によって難しくは無いし、タレントさん達に事前に練習時間を与えればいいゲームになると思いました」

「そうだな。練習時間はいるだろうな」

「あと番組目線で言うとマップが広くてただ走ってる時間もそこそこあるのでそう言った編集は必要だと思いました。それと本宮さんがやりたい能力バトルという様に描けるのかはなかなか難しそうな気はしました」

「と言うと?」また初芝が聞き返す。

「『逃げ切りまSHOW』の様に個人にフォーカスを当てて編集していく事になると思いますが、その時点で各自の能力が視聴者にはバレざるを得ない。能力バトルって俺も好きなんですけど、誰が何の能力か分からない所に醍醐味があると思うんです。徐々に明かされる能力の秘密、それが分かった時の衝撃、そしてそれを自分の能力と頭脳で突破していく、そこにカタルシスや面白味が生まれる。それを人がやる番組でやるとなると……見せ方がちょっと思いつかない感じですね」

 感心した様に加藤が背もたれにもたれる。

「んー! なるほどね。そもそも啓太郎ちゃんの企画の実現性が困難って訳だね」

 製作に関わっている人間らしい良い意見だ。

「どう思う? 啓太郎ちゃん」

「そうだな。能力バトルにおける面白味は大方俺も同意見だし、とても参考になる意見だった。だがそこは見せ方の問題だ。作る時に一緒に考えよう。今日の所は折角五味がいる事だし、番組でやるとなった時のゲーム性に主眼を置いた議論にしてくれ」

「番組を作る時、で間に合うの? 編集の時点でって事だよね?」

 昨晩とは打って変わって落ち着いている末永が言った。

「間に合う。少なくともそこはゲームに取り込むべき要素ファクターでは無い。現時点でも能力名を画面表示している訳でもないしな」

「わかったわ。じゃあその時という事にしましょう」


 そうして多くの有用な意見が出され、この日のテストプレイは無事に終わった。

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