テストプレイ(一)
明けて土曜日。無事にテストプレイの日を迎えた。
昨夜はとにかく大変な目に会った。
泣くわ飲むわ怒るわ飲むわ叫ぶわ飲むわ抱き着くわの末永をとにかく宥めてタクシーで家まで送り届けた。末永はタクシーに乗り込むと住所を運転手に伝えた直後に寝てしまう。仕方無くバッグから鍵を取り出しマンションの部屋まで連れて行った。
彼女の部屋はお洒落に着飾った外見からは想像出来ない程散らかった汚い部屋だった。兎に角雑誌類とビールの空き缶が散らばり床が見えない。足の踏み場が無いとは正にこの事だ。末永を抱えて何とかベッドまで辿り着き、その上に寝かせ、枕元の小さなテーブルにペットボトルの水を置いてさっさと帰る事にした。
だがその瞬間、腕を掴まれた。
―――
「本宮さぁん」
「何だ起きたのか」
「ううぅぅ、本宮さぁんごめんなさぁい」
見る見る泣き顔になり、布団から真っ赤な目だけを出す末永を見ていると怒る気にもならなかった。
「分かった。許してやる。もうこんな飲み方するなよ」
「うん、しない」
「じゃあな。俺は帰るからな」
「泊まってかない?」
「泊まらない」
「ここ局に近いし、楽だよ?」
「そういう問題じゃない」
「分かった。ごめんね。有難う」
「ああ。また明日な。鍵、掛けろよ?」
末永は突然真っ赤な目を大きく開いて固まる。
「ハッ……そうだ。明日、テストプレイ……」
「おい、まさか忘れてた訳じゃないだろうな」
―――
そんな訳で這々の体で自宅に帰った時にはもう夜中の二時だった。末永と二人で飲むのはもう懲り懲りだ。だが憎めない奴でもある。今までこいつの事を異性として好きとか嫌いとか思った事は無かったがほんの少し情が湧いてしまったのは否めない。恋愛感情では決して無いが。
―
大きな会議室に通された。
五味と社員の江田、サクラテレビの加藤、初芝、そして二日酔いなのかゲッソリしている末永の他に知らない男女が六人いた。サクラテレビのADらしい。彼らが今日のテストプレイヤーだと紹介された。
彼ら用のPCも個別のテーブルの上に六台準備されている。『
実際のプレイとなるとそれぞれの画面が見える事はこのゲームを成り立たなくする。そこは考えないといけない所だ。今日はそこはあまり関係ない為、横並びで二列に配置した。
江田がセットアップと確認をする間、五味から前提条件の説明がなされる。
・職業は侍、兵士、射手が実装されている
・能力は
・フィールドは第一回放送で想定されている平原地帯であり七割方構築済みである
・ショップ、状態異常は未実装である
・武器は剣、槍、弓が実装済みである
・PCでのみ動作するがコントローラを使う事が出来る
・アクションは制限されており、計画されているいくつかのアクションは未実装である
これらの前提条件の上でテストプレイの結果の判定を行うのだ。
「事前に伝えてはいるが、この前提条件から分かる様に今日この場で判断出来る内容としては『動きが納得いくものであるか』、『世界観が想定通りか』、『第一回放送のフィールドとして問題はないか』などに限定される。ゲーム性は実装が進めばガラッと変わり得る」
言葉通り、既に事前に伝えている為ここに異論は無い筈だ。俺が最もチェックしたい『頭脳戦が可能か』といった部分はもう少し実装が進まないとダメだろう。
「ま、とにかくやってみようよ。それから意見交換会と行こう」
言ったのは加藤だ。初芝も頷く。
「そうだな。江田。サーバー起動は出来ているな?」
「OKです」
リアルゲーム工房には何度か足を運んでいてこの数ヶ月の間に社員達とは親睦を深めている。中でも江田はソフト開発だけでは無く運用技術にも長けており優秀な奴だった。
「皆、画面にゲーム画面は映っているな?」
一から六までの番号が振られた各テーブルに座らせたAD達に向かって確認する。
「はい」
「映ってます」
「まずはテストプレイに入る前の練習だ。コントローラのスタートボタンから職業選択画面に入れ」
コントローラは PlayStation のそれに似たものだ。
侍、兵士、射手の職業を二人ずつ指名して割り振る。武器はそれぞれ初期設定の剣、槍、弓だ。若い男のADの後ろにつき、全員に説明をする。
「それぞれマップ上のどこかに配置された筈だ。縮小マップは画面左上。自分だけが光っている。他者の位置はわからない。近付くと足音などが聞こえるから注意しておけ」
ここは一部屋なので全員がスピーカーから音を出すと分かりにくい。そこでヘッドセットを用意した。俺の声はタブレットのアプリからゲーム内の全員に聴こえる様に特別に実装して貰っている。このアプリは全員の状況が一元管理出来る様に作られており、この機能はいずれ番組になった時にナレーション、時間連絡、クエスト連絡など、何かに使える筈だ。
「体力などのゲージは表示されない。画面上のアバターの動きで察知しろ。カメラは何種類かプリセットされているからまずは自分がやり易いカメラ位置を設定しておけ」
フィールドは平原で視界が良い。所々に樹木や岩、土地の隆起などがあるものの初期配置の状態で全員、他者を視認出来ている筈だ。本番ではランダムにするか固定にするかは未定だが今日はテストプレイをやり易くする為何度やっても同じ配置となる様に固定した。
このフィールドではマップ中央に林の様なエリアを配置している。本来、平原で殴り合うよりはここで奇襲を掛けたり隠れながら戦う方がやり易くはなる。そうする様に仕向けたフィールドだ。脳筋プレイなら平原で鬼ごっこからタコ殴りすれば良い。
「皆設定は済んだな? まずは簡単にバトルしてみようか。一番と五番、二番と三番、四番と六番、それぞれお互いが見えているな? 4番もっと右を見ろ……そうだ。よし、全員、向かい合う位置まで寄れ」
操作は左手でスティックを方向に倒せば歩く。右手で下のボタンを押しながらだと走る。この辺りは然程難しい操作では無い。六人が向かい合う形で立ち止まる。
「攻撃は右のボタン押しっぱなしだ。職業と所持している武器にあったアクションが発動する。やってみろ」
皆、ほぼ同時に攻撃アクションを取る。侍は剣を斜めに振り、兵士は槍を突き出す。この職業の四人は距離が足らず空振りだ。射手の二人はその二職より力を入れて弓を引くという動作が入る分、発動に時間がかかるもののこの距離では十分に殺傷力のある矢が放たれる。五番の矢を受けた一番が肩を負傷、二番の弓は外れた。
「一番、動いてみろ」
スティックをカチャカチャと動かし、攻撃アクションを出したりしてアバターを動かす。
「攻撃の反応が少し遅いですね」
「負傷するとそうなる。負傷部位によって差があり、足をやってしまうと移動が困難になり、肩や腕を負傷すると攻撃アクションや威力に影響する。頭と心臓をやられれば一撃でリタイヤとなるが相手が元気な内は少し狙いが外れ易く補正されている。どこを狙うかも戦略の一つだ。江田、初期配置に戻せ」
「はい」
直ぐに全員が最初にいた位置に戻る。同時に一番の負傷はリセットされた。
「もう一度さっきと同じ相手と向かい合え」
六人のアバターが移動し、先程とほぼ同じ位置へと移動し、立ち止まる。
「敵がいる間はターゲットという概念がありその方向に対して平行になる様な動きを取る。それが嫌なら左手人差し指の奥側のボタンでキャンセルされる。プレステで言うL2ボタンだな。複数の敵がいる場合、左手人差し指の手前のボタンでターゲットを変える事が出来る。移動しながらの攻撃をすると攻撃アクションが少し変わる。縦に切ったり横に薙ぎ払ったりな。それぞれ自由に戦ってみろ」
侍と兵士はお互いに近付き、攻撃を繰り出す。射手は少しでも相手から離れて攻撃をしようとする。動いている時の姿勢によって攻撃アクションが変わる為とても動きがリアルだ。特に人間なら手を出すが危ないと思って引っ込めるといった行動、つまりキャンセルのアクションを普通にするが、これを表現しているゲームは俺の知る限りは無い。普通は連続アクション中のキャンセル可能な位置でのみ可能だ。『
十分もかからずに直感的な動作は習得した様だ。
では次に行こうか。
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