UltiSB(四)

 翌朝、すぐに末永と連絡を取った。


『はーい』

「話はついた」

『え? ええぇ? 嘘! たった一日で⁉︎』

 でかい声だ。耳が痛い。

「もう少し小さな声で話せ。但し、だ。二つ頼みがある」

『待って待って。その前に。その会社は信用できると思って良い?』

「技術力は問題無い。ヒットしたゲームもある。社長の五味という男は、お前達が俺を信じたのならそれと同じレベルで信じてくれれば良い。但し、だ」

『?』

「お前んとこも発注前に与信審査位するだろう? その信用レベルで言うと最悪だろうな」

『はー。つまり経営状態が悪いって事ね』

「そうだ。それを踏まえて条件を言うぞ。一つは少し発注条件を変えて欲しい」

『お金なら変える余地はあると思うよ。期間は多分無理だけど取り敢えず言ってみて』

「なら大丈夫だな。人件費プラス間接費と少し利益を乗せてやってくれ」

『お幾ら?』

「三千二百万」

『え? そんなに安いの⁉︎ 多分、てか絶対大丈夫だと思うよ』

「まあ小さな会社だからな」

 話が早くて助かる。彼らにすれば『逃げ切りまSHOW』に並ぶヒットを取るためと考えれば微々たる金額だし、何より早くスタートしたいだろうからな。

「もう一つはその会社は俺の元同僚がやってる会社なんだが銀行に一億の借金があってな」

『さっきの話ね』

「そうだ。その返済期限が今月末なんだ。それを過ぎると財産の差し押さえだ。俺が延長してくれる様に銀行と話をするから手伝ってくれ」

『はえ⁉︎』

「おかしな声を出すな。それ位やってくれたって良いだろう。プロジェクトを前に進める為に」

『いやあまりにも規格外の事ばかり起きるから……で、具体的に私達に何をして欲しいの?』

「銀行はきっとお前達が本当に発注したのか、そしてその番組やゲームの収益性が見込めるのかを知りたい筈だ。そこで発注書や番組のロードマップと数値目標を資料として準備して一緒のテーブルについて欲しい」

『いや資料はまあ、あるけども……前代未聞ね』

「だが開発費用よりも期間がネックになっているこの案件だとこれしか無いと思うが。発注先が倒産しても困るだろ?」

『まあそうね。加藤さんと相談してみる』

「頼む。頼りにしてる」

『……ハイハイ。しかし貴方も色々首突っ込んで大変ね』

「大変? 沢井が勝つ所を見れるのであればこんなのは屁でも無い」

『はぁ。ホント、尊敬するわ。じゃあまた連絡するね』

「頼む」


 その翌日、俺と五味、加藤、初芝、末永で顔合わせを行い、スケジュールの調整、実現性の認識合わせを行った。財務状況も正直に話した上で正式に発注を出して貰い、最後に対銀行用の作戦会議を練った。

 五味の会社『リアルゲーム工房』の顧問という事にして貰い、銀行に話を通し、サクラテレビで話をする運びとなる。

 生憎、加藤から『啓太郎ちゃんは来ない方がいいよぉ? 銀行ってお堅いからねぇ』と言われた為、俺は参加しなかったが、末永と五味の話だとどうやら上手く行ったらしい。俺が作戦会議で伝えた『発注先は五味の会社でなくてはならない殺し文句』が効いたようだ。

 返済期限は無事三年延びた。まあ、想定通りだ。


 四月に入り、開発がスタートした。

 使用するツールは五味が借金して真面目に作った新ゲームエンジン『Garbage』。これがテレビ局、銀行をも落とす決め手となったものだ。最初に五味から話を聞いた時、何故フルスクラッチなどしたのかと思っていたが理由があった。五味が作りたかった世界は俺が目指す所と完全に一致していた。

 巷に溢れる3Dゲームのフィールドは基本的に迷路の様なものだ。つまり通行可能な道と通行不可能なとで構成されている。壁はテクスチャマッピングでビルや樹木、岩肌などに模され、臨場感を演出している。壁は絶対に壊せないものであり、触る事すら出来ず、迷路ベースだから経路探索アルゴリズムを使って自動移動が出来る。

 だが『Garbage』は違う。もっとリアルなものだ。例えば現実世界で街に出ると壁はあり、一見迷路の様だ。だが壁は硬度以上の衝撃を加えれば壊れるし、壊れた先には何かがある。森にしても。人の家には入ってはいけないという法律があるから入らないだけで入ろうと思えば簡単だ。

『Garbage』はこれを再現出来る。フィールドは何も無い平地から作り込まれる。ある程度はオートでそれっぽいオブジェクトが配置され、壁の様に見えても壊す事は出来、その先の世界がある。このエンジンによって隠された空間を創り出す事が出来るのだ。

 無論、重力の設定やそれが影響する範囲、オブジェクトの硬さなど細かく設定出来、フィールドの地面ですらオブジェクトの1つで扱われている為、落とし穴でさえ作れてしまう。

 最初に『Garbage』の仕様を聞いた時は思わず震えてしまった。五味は俺にとても感謝していたが実は俺の方が感謝していたのだ。まさにこれこそ俺が求めていたエンジンだった。五味はこれを使って所謂、ファンタジーなゲームに仕上げてしまったがそれが為に受けなかった。俺もやってみたがこの仕様の良い所が活かされておらず、面倒に感じる部分も多かった。だが森の中や水中のリアルさは経験した事が無い程のものだった。

 これがあれば俺が描いていた世界は作り込める。


 八月。

 あれから四ヶ月が過ぎ、ゲームの正式名称が『Ultimate Superpower Battle』と決まった。番組内では『UltiSBアルティエスビー』と呼ぶ。USB にするとややこしいからだそうだ。まあ別にその辺りに拘りは無い。好きに名付ければ良い。

 おおよその基本的な組み込みが終わりつつある中で末永から電話が掛かってきた。


「なんだ?」

『そろそろテストプレイしたいんだけど』

「そういう事は五味に言え」

『あら。貴方、五味さんの会社の顧問じゃなかったかしら』

 そうだ。そんな設定があったな。銀行に話をする為だけの役職だったが、無論そんな事は承知の上でかけてきているんだろう。

「ま、別に構わんが。予定日は正確に決まったか?」

『今月中にはやりたいんだ。いつがいいか決めて頂戴。中途半端な出来でやっても意味が無いし』

 御尤もだ。

「分かった。日はこちらで決めよう。また連絡する」

 末永との通話を切り、そのまま五味に連絡を取る。先月位から毎週水曜に社内リリースをしているとの事だった。つまり毎週、何がしかの動くものがあると言う事だ。早速予定を決め、今週末とした。テストプレイは早い方がいい。俺と認識がずれていると後戻りが発生してしまう。動くものがあるなら動作確認は早いに越した事は無い。

 直ぐに末永に折り返す。


「話はついた」

『ほんっと早いわね』

「時間をかけても意味が無いからな」

『それはそうだけど』

「今週土曜日でいいか?」

『こっちは問題無いよ』

「じゃあな」

『あ、ちょ、ちょっと待ってよ』

 また突然大きな声を出す。

「耳が痛い。大きな声を出すなと何度言えば」

『あ、ごめんごめん。だって余りにも淡白に切ろうとするからさ……』

「用事は済んだろう」

『まあそうなんだけど。あ、あのさ……金曜の夜って……空いてる?』

「金曜の夜? 特に予定は無いが」

『あ、あ、そうなんだ。えーっと……その……ちょっと、会えないかな』

「飯でも行くのか? 何か相談事か?」

『あ、ディナー、いいわね! ……そうそうゲームの事で相談事!』

 このタイミングで? 土曜じゃダメって事か? 翌日会うのに前日二人で会いたいという事は、五味や加藤達に知られたく無いって事か。

「分かった。経費、そっち持ちなんだろうな?」

『……』

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