UltiSB(三)

「良い話があるぜ。友人保証付きだ」

「良い話……」

 縋る様な目付きで俺を見て、だがそこで首を振った。

「やめろ啓太郎。お前は知らねぇだろうが……借金を背負った人間はその言葉で簡単に希望を抱いちまうんだ。今一番怖い言葉が『良い話』なんだよ」

「まあ詐欺師の使う言葉だしな。だが友人保証付きだとも言った筈だ」

「いや、いい。話を聞いてくれて嬉しかったよ。もう俺に関わらない方が良い」

「良い話をする前に幾つか聞きたい事がある」

「いやお前、俺の言ってる事聞いてるのか?」

「こういう時の啓太郎は相手の話、聞かへんで?」

 高梨が茶々を入れる。敬語はやめてしまった様だ。

 いや話を聞いていない訳ではない。俺からすると一々反応する意味が無い時はさっさと話を前に進めているだけなのだ。

「まず、社員は今、どうしてるんだ?」

「ちゃんと出社してるよ。ゲームの企画を練ってプロトタイプを作ったりしている。定時には帰らせているが」

 そうか。それは良かった。まだ誰も諦めてはいないって事だ。こいつも俺達の前ではこんなだが、きっと社員の前では精一杯頑張っているんだろう。

「何人いてどんな体制だ?」

「なあ、一体何を……」

「五味」

 船場が名前を呼ぶ。ただそれだけだった。五味は船場の顔を見て、そして納得した。

「体制は俺を入れて五人だ。プログラマが三人、デザインとグラフィックが一人、サウンドが一人」

 良い構成だ。言う事無しだ。

「最後だ。これが一番重要なんだが、お前ら暫くの間、自分達の作りたいものが作れなくても構わないか? その条件が飲めるんであれば金は何とかしてやる」

「……は? え? 金は何とかって……誰が?」

「俺だ。と言っても払ってやる訳じゃ無いが」

 またもや口を開けっ放しにして痴呆の様に俺を見つめてくる。

「えっと……ひょっとしてどこかからゲーム開発を請けるって事か?」

「そうだ」

「マジか! ど、どこの会社だ?」

「サクラテレビだ」

「サ、サク……はぁ? テ、テレビ局⁉︎」

 五味は両手を後ろについて仰反る。

「そうだ。知ってるか?」

「当たり前だろ! 何でお前がそんな情報を持ってるんだよ」

「これが俺から始まった話だからだ」

「……」

 最早意味がわからんと言いたげに五味は手にしていた缶ビールを一気飲みする。

「会社が続けられるのであれば自分達の事は暫く我慢する。それは約束しよう。だが……一体作るものって何なんだ?」

「それはこれからじっくりと打ち合わせようか」

 前のめりになって話を進めようとした時、フワッと薄く良い匂いと共に肩の上に軽く柔らかい物が置かれた感じがした。見ると至近距離に高梨の顔があった。俺の肩の上に顎を置いている。

「うお。何してる!」

「なあ、あたしお腹減ったわ……長なりそうやし、ピザでも頼まへん?」

 船場が手を打ち満面の笑顔になる。

「良い事言うね高梨。五味、電話しろよ。今日は俺が奢ってやる」


 ―

 それから二時間が経ち、ピザも食い尽くし、船場と高梨がコンビニで買って来た追加の酒を飲みつつ、ようやく話を全て伝え切った。

「啓太郎、お前凄いな。要するに沢井の勝ちが見てぇから企画を考えてテレビ局に持ってったって事だろ?」

「そうだな」

「頭下がるぜ……で、啓太郎。俺が一番気になるとこなんだが……金は何とかするって言ってたが、今月終わりまでもう二週間もえ。それまでにサクラテレビが一億肩代わりしてくれるって事でいいのか?」

「それは無理だろ」

「え?」

 普通ならそんな事がわからない五味では無い。借金を背負い、過度のストレスを受け続けて来たんだろう。当たり前の事が分からない程視野が狭くなっている。こういう時は冷静な仲間がいてやらないとダメだ。

「よく考えろ。テレビ局が一体どういう理屈で見た事もない零細企業の社長の借金を肩代わりするんだ?」

「いや……え? だってそれだと俺は……」

「それはお前の一方的な事情だろ。冷静になれ、と言ってるんだ」

 ようやく五味が口をつぐむ。少し考え、ニコリとした。

「本当だ。ハッハ……確かに。俺の事情だったわ」

「分かればいい。お前の借金の件は俺が何とかしてやる。と言ってもさっきも言ったが金を出す訳じゃない。返済期限を延長して貰う」

「延長? それは無理だ」

 ハハッと笑ってそう言い切った。

「今までずっと延ばして延ばして……それでも銀行の担当の人は頑張ってくれてたんだけど裁量臨店があって融資打ち切りが決定されたと言っていた。つまり銀行の本店からもう回収しろ、と言われているんだ」

「そうか。まあでもお前の会社の将来性が見込めるならその限りじゃないだろ」

「将来性? 今更そんな……え、む……待てよ……」

 五味が考え込む。少しは落ち着いてきたらしい。高梨も話について来ているようだが心配そうな顔付きだ。

「大丈夫なん? 啓太郎……ダメでした、じゃ済まへん話やで?」

「勿論、それも有り得る。その場合は例の銀行ドラマみたいに銀行内で変な派閥争いとか俺達に見えない要素が絡んでいる場合だろう。その時はどうしようも無い。払わなきゃならんだろうな」

「分かった!」

 突然、五味が大声を出した。

「びっくりしたぁぁ」

 高梨が心底驚いた様にガタッと机を揺らし、両腕で自分を抱く。五味はそんな事には全く構わずにプルプルと震え出す。

「啓太郎、お前本当に凄い奴だな……つまり銀行にはうちが当面サクラテレビの仕事を請ける事を伝え、番組が軌道に乗ってゲームが一般にリリースされればうちの会社の収入はあっという間に増える。だが俺が言っても銀行は全く聞く耳持たないだろう」

 漸く五味の頭が回って来た様だ。元々こいつも頭のキレる奴だ。

「そこで俺がサクラテレビを動かしてやる。肩代わりは無理だが事情を話せば企画のロードマップを銀行に説明する位はやってくれるだろう。もうGOは出てるんだからな」

「その収益性が見込めたら期限延長は出来る。もし出来ひんかったら……」

「その時は払わなきゃならん、つまり同じ事を他の銀行に言って新規に融資を受けるつもりだな?」

 高梨の後に被せる様に言った船場にウンと頷いた。

「銀行は一つじゃ無い。今のがダメなら次だ。テレビが後ろについて『逃げ切りまSHOW』に並ぶ企画で使うゲーム開発をするって言ってるんだからどこか受けてくれる筈だ。ただ俺の想定では今の銀行のまま延長出来ると踏んでいるがな」

「だがまずその番組が成功すると納得させないとダメだな」

 五味はあれこれと気になるところが出て来たらしい。だが冷静になれた証拠でもある。

「それはお前が俺の仕様通りに作ってくれれば大丈夫だ。成功する。他にも懸念は幾つもあるが、まあ俺に任せておけ。とにかくお前は俺が実現したい世界を作ってくれれば良い」

「その『絶対に成功する』って信念が昔の俺にはあったんだが一度失敗すると弱気になっちまうんだよな」

 涙汲む五味が俺の両腕を掴んで言う。

「有難う、本宮。有難う船場さん、高梨さん」

「元気出たか?」

「ああ。貰ったよ」

「そうか。来て良かったよ」

 五味がその大きな、垂れた目を潤ませて近寄ってくる。

「本宮、抱き締めてキスしていい?」

「倒産しろ」

「キャー! BL! リアルのBLや!」

 高梨が何故か嬉しそうに騒ぐ。

「俺の為なんかにここまでしてくれてキス位じゃ足りないと思うんだが」

「取り敢えず離れろ」

 渋々五味が元の位置に下がる。

「俺の為なんかと言ってるがそれは勘違いだ」

「え?」

 余りにも上手く事が運び過ぎて流石の俺も興奮して来た。

「これはむしろ俺の為だ。今のお前のこの状況、船場がそれを俺に教えてくれた事、その前にテレビ局で企画が通っている事、これらは全て必然、なるべくしてなった事だ」

 両手を広げて声のトーンを上げた。

「全ては俺の為だ!」

「はぁ?」

「プッ、啓太郎、おもろ~」

「全ては俺の野望、沢井が知恵を振り絞って勝つ所を見る、その為だ!」

 五味がまたポカンとする。そのまま船場に視線を移す。船場は小さくハァと溜息を吐き、力無く笑い返す。

「後は任せておけ五味。テレビ局にも条件で譲歩させないとダメだ。俺が交渉しておいてやる。お前は俺が出した仕様を満たす事だけ考えろ」

「分かった。有難う本宮」

「こちらこそだ。助かる五味」

 その日は久し振りに二十三時近くまで話し合い、高梨を家まで送ってから帰った。

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