UltiSB(二)
駅から徒歩で十分程。大きなマンションに辿り着く。途中、前を歩く船場を見つけて合流した。何か荷物を持っている。
「何を持って来たんだ?」
「ん? いや、今日は飲むだろうと思ってな。酒と摘むもの持って来た」
成る程。そういうものか。偉いなこいつは。
「そうか」
「さすが皆から慕われてる先輩やなぁ。啓太郎も見習わなあかんで」
「お前に言われると腹立つが、その通りだな」
築二十年程は経っていそうな少々古びたオートロックマンションの入り口で五味の事務所の番号を押し、少し待っているとドアが開く。三〇一号室が奴の会社『リアルゲーム工房』の事務所だ。
エレベーターを降りて右へ曲がると五味がグレーに塗装された鉄の扉を開け、半身を出して待っていた。
「すまねぇな本宮。あ、やっぱり船場さんも来てくれたんですね。有難う御座います……そこのお嬢さんは?」
「初めまして。啓太郎の後輩の高梨紬でっす」
「高梨さんか。よろしく。ま、みんな入って下さい。汚い所だけど」
顔色が悪い。というか、やつれているな。
中に入ると机とPCと椅子、細々としたサプライ用品が乱雑に置かれているが誰もいない。椅子の数を見るに五、六人は社員はいそうに見える。ゲーム業界で定時を守っているのは大したものだ。あ、いや、待てよ。ひょっとして……
「まさか女性が来ると思ってなかったから汚ねぇままだけど、ま、座ってよ。あ、高梨さんは服が汚れるといけないからそのクッションのある椅子に座って。そこ女性社員のとこだから」
「はぁい」
「で、何があった、五味」
「まあ待てよ啓太郎。まずは飲もう、五味」
船場が酒を出して勧めると不意に五味の目に涙が浮かぶ。自分でそれに気付いたのか、後ろを向いてゴシゴシと腕で拭き、
「いやぁ、さすがっすね船場さん! 有難う御座います。頂きますわ」
明らかに空元気という奴だ。社長ともなると苦労も多いんだろう。
しばしLOWの話や高梨の話をする。頃合いを見て話を切り出した。
「さて、何があったんだ? いい加減話せ」
「ああ、そうだな……」
「言いにくい内容なのは察するがはっきりと言え」
二重の幅が広く、垂れ目がちな大きな目で俺の目を見てフゥとため息を吐いた。目線を落とし足元辺りを見る。
「経営が、ヤバくてね」
「だろうな」
「分かるか?」
「こんな規模のゲーム会社がこの時間に誰もいないからな。偏見かもしれんが」
「いや、お前の推察通りだ」
立ち上がって椅子の背もたれを触りながら部屋の中を歩く。
「お前が忙しくなって会わなくなってから二、三個は当たってたよな。その後あまり見なくなって心配はしてたんだ」
「あー見ててくれたんすね、船場さん」
暗い中にも喜色を浮かべてそう言った。
「もうダメかもしれねぇす」
「と言うと?」
俺が聞き返すと五味は床の上にストンと座って背中を丸めた。こんな五味の姿は初めて見た。
「銀行から借りた金が返せない。今月返済出来なければ差し押さえ、つまり倒産だ」
「ほう。やっぱりそんな事か」
「そんな事だと!」
立ち上がって激昂し、俺に近付いて凄む。が、そのまま俺の目の前でまた床の上に胡座をかいて座った。
「すまん。お前はそういう物の言い方をする奴だったな」
「気にするな。で、いくらなんだ?」
「一億」
「よくそれだけ銀行が貸してくれたな」
「船場さんが言った通り、丁度ゲームがヒットした直後でな。そういう時に銀行はやたらと投資を持ち掛けてくるんだ」
「何に使ったんだ?」
「一年掛けて3D描画とマップ、シナリオ、キャラクターエディットが出来るエンジンをフルスクラッチ(新規開発)してたんだ」
何だ、真面目に投資してたって訳か。
「で、出来上がったのか?」
「ああ。だがそいつを利用して作ったゲームが悉く売れなくてな……どうやら独り善がりだったらしい」
ふーむ。だが今時レンダリングにしろ、マップエディットにしろ多少のライセンス料で、ツールによってはある程度フリーで使えるものも有る筈だ。何でわざわざフルスクラッチなんかしたんだ?
「投資をし始めてから殆ど売り上げが無くなってな。借りた金はそのまま社員達の給料になった。だがもうそれも限界だ」
船場が恐らく五味が座っているのであろう一人用の机へ行き、机の上のA4サイズの紙を手に取った。
「Eden Games……」
船場が読み上げると五味がハッとした表情を見せる。
「ひょっとしてお前、買収持ちかけられてるのか?」
肩を落とす五味を船場がジッと見つめる。
「鋭いっすねぇ船場さん。何でそんな事わかるんだよぉ……」
「これスウェーデンのゲーム会社だろ? 最近小さな会社をやたらと吸収合併しているとこだ。最初は技術力を持つ所に絞っていたが最近は独創的なアイデアのゲームを売る会社に目を付けているようだ」
「船場さん、すっごぉぉ」
高梨は両手を膝に乗せて感心している。全くアンテナの張り方が凄い。素直に尊敬に値する奴だ。
「その通りっす。借金は肩代わりしてくれるらしいっす。でもそこに行ったら俺はおしまいだ。社員達も反対している」
「好きなものが作れなくなるから?」
高梨が少し首を傾げて優しく言う。
「そうだ。それが出来ないならこの業界にいる意味は無い」
「それはその通りだな」
紙をポイっと放り投げ、そのまま船場は頭の後ろで両手を組み、五味の椅子に座る。
「すまんなこんな話をして。だが覚悟しろと言っといたからな」
ポタリと涙が五味の足の上に落ちた。相当悩んだ様だ。
「気にするな、想定の範囲内だ」
「何だって?」
五味が顔を上げる。
「元気付けに来たと言ったろ?」
俺がそう言うと船場と高梨が目を合わせ、笑い合う。
「な、何なんだよ……今更LOWになんて戻っても……」
「戻ってくんじゃねえよ。お前の居場所はあそこじゃなく、スウェーデンでもなく、
船場がニヤリとしながら言った。五味はポカンと口を開け、俺に視線を戻した。
「良い話があるぜ。友人保証付きだ」
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