UltiSB(一)

 週明けの在宅業務。


 テレワークで船場、高梨とチャットをしている。

「えー凄いやん啓太郎! で、どないすんの?」

「あ、俺、広海りんちゃんに会わせてくれよ」

「アホか。テレビ局なんて行く訳無いだろ」

 カタカタと無表情でキーを打つ。と言っても普段からあまり表情は変えないがな。

「何や勿体無いな。行ったらええのに」

「何だお前。俺が居なくなって欲しいのか。この一年、どれだけお前を鍛えてやったと思ってるんだ」

「ほんで私も連れてってや。ADでええから」

「お前一人で行ってこい」

「えーひどい! 啓太郎のくせに!」

「いや、お前ら先輩の前で転職の話すんなよ」

「固い事言いなや船場さん。自分も広海りんちゃんに会わせてって書いてるやん」

「話を合わせてやっただけだ。啓太郎が辞める訳がないと思ってるからな」

「えー。何やそうなん。みんな夢無いのう」

 船場は俺の事は良く分かっている。人生で初めて気が合う、というのを実感したのはこいつが初めてだ。


 そうして何事も無く一週間が過ぎ、いつもの様に在宅業務をしていた時、突然個人用スマートフォンの着信音が鳴り響いた。

 末永からだった。



 ―

 末永との通話を終え、再びチャットに戻る。

「テレビの人、何だって?」

「開発をゲーム会社のどこに依頼しても応じてくれないってさ」

「ああ、言ってた交渉の件か。どんな条件を出したんだ?」

「期間は今からスタートで半年間、開発費は人件費のみ、サービス展開後の著作権料は十パーセント」

 そのチャットに船場が即座に反応する。

「でかい会社はそれじゃダメだろうな」

「そうだな」

「何でなん?」

 純粋にこう聞いてくる時の高梨は要注意だ。

「お前、おおよそ分かってるんだろ?」

「人件費のみってとこ?」

「それもあるが」

「どちらかと言うと開発期間の方がネックだな」

 船場も鋭い。まあ伊達に長年この業界にいない。

「そうだ。いきなり今日から、で体制が組めるとこもないだろうな」

「で、お前にどうしろと?」

「委託先を探して欲しいとさ」

「ほー」

「どうすんの啓太郎」

 高梨の書き込みを前に少し考えていた。一人、思い当たる奴がいる。だがあいつは今頃大忙しだろうな……同期入社で三年で辞めたあいつ。と思っていると船場からのチャットが画面に映る。

「啓太郎。五味ごみを覚えているか?」

 船場もあいつが浮かんだらしい。なら連絡を取る価値は有りそうだ。

「俺も考えていた」

「あいつはゲーム会社をやってただろ。最初は良かったが俺の知る限り一昨年辺りから いない筈だ。渡りに船かも知れん」

「連絡してみる」

 さすがは船場だ。辞めた後輩の動向も見守っているらしい。偶々かも知れんが大した奴だ。

 スマートフォンで宛先から五味の名を探しているとまた高梨が書き込んでいた。

「五味って誰?」

「啓太郎と同期入社の奴だ。三年勤めたがゲームを作りたいと辞めてしまった」

「へー! ピッタリやん」

「退社と同時に起業してるからあいつが社長の筈だ。暫くは啓太郎と三人で飲みにも行ってたがあいつが忙しくなってもう数年会ってないな」

「社長さんかぁ。彼女おるんかな……」

「ほんと、節操の無い奴だな」


 画面に出てくる文字列を読みながら五味を呼び出しているとやっと電話が繋がった。

「本宮だ」

『おう……久しぶり』

 やけに暗い。こいつは腹立つ程陽気な奴だったが。気になるな。

「どうした。何かあったのか?」

『いやお前が掛けて来たんだろうが』

「声が暗すぎる。用件の前にそっちが気になる」

 そう言うと暫く無音が続く。何かあった様だな。

『……今日、会えるか?』

「大丈夫だ。他にも連れて行って構わないか? 俺だけの方がいいか?」

 また少し五味が時間を置く。

『お前が連れてくる位だから気が合うんだろう。良いとも。だが俺が落ち込む位の内容だから覚悟しろよ?』

「分かった。どこが良い?」

『ちょっと外だとな……事務所まで来てくれるか?』

「良いとも。仕事が終わったら行く」

『分かった』

「元気付けに行ってやる」

『ハハハ……じゃあまた後でな』

 そこで通話を切った。まあ良いこともあれば悪い事もある。全てを予測して動く事など不可能だからだ。今日はとにかく元気付けに行ってやろう。そう決めてチャットに向かう。

「五味と連絡が取れた」

「どうだった?」

「何か様子がおかしくてな。暗いトーンだったから何かあったんだろう。今日、あいつの事務所に行くが一緒に行かないか?」

「分かった」

「OK!」

 お前も来るのか! と思ったもののこいつはこいつで考えの深い奴だ。いても良いかも知れないな。

「よし。定時後、現地集合だ。高梨には後で住所を送る」

「え。待ってや。あたし会った事も行った事も無いねんで! それは余りにもちゃう?」

 む。高梨でなければ真っ当な意見だが……こいつこんな事言う奴だったか? 初見でも平気で打ち解ける奴だと思っていたが。少なくとも最初から俺にはそんな態度だった気がする。

「待ち合わせてやれよ啓太郎。同じ路線だろ」

 高梨への助け舟が出た。

「分かった。じゃ後で乗る電車を連絡する。それに乗ってこい」

「OK!」



 ―――

 夕方のラッシュ時。電車の中は混雑なんてものじゃ無い。人と距離を置きたい人間には苦痛でしか無いだろう。俺は気にもしないが。自分が嫌なものは他人も嫌だ。それが分かっていれば我慢するしか無いのだ。

 俺の最寄り駅から五つ目の駅に着いた。ここが高梨の最寄駅だ。混雑の中でも分かりやすい様に、最初から開く側の扉の側に門番の様に立っておいた。扉が開き十人程が降りる。乗って来たのはたった一人、高梨だけだ。

「やあ啓太郎。先週振りやな」

 訳の分からない事を言いながらニコニコと笑顔を振り撒いている。デニムの上に黒いニット、その上から茶色のコートを着ている。よく分からんが意外とお洒落な奴なのかも知れん。ひょっとしたら本当に五味の彼女になりに来たのかも知れないな。

 扉が閉まり、後ろのサラリーマンに押されながら俺を見上げてニコリとするので門番の場所を譲り、手摺りを持って人の波から遮ってやる。

「え。啓太郎って、そんな事、すんの……」

 突然語尾に近付く程小声になり、呆気に取られた顔付きで見上げて来た。

「そんな事すんのってどういう事だよ」

「ええ? いや、こんなん好きな女性ひとにするやつやん。照れるわ」

「この行動にそんな定義があるのか? 初耳だな。お前態度はデカいけど体は小さいしひ弱だろ。だからこうしてるだけだ」

「また無表情且つボロクソにまぁ……啓太郎らしくて助かるけど」

 電車が動き出した。ここから五味の事務所がある駅まで二十分程だ。だが二駅ほど先でラッシュは解消する。それまでは守ってやらねばなるまい。

「なあ、あたしって……どう?」

「どうって何がだ」

「いやーあたし入社してもうすぐ一年やん? 先輩の目ぇから見てあたし、どうなんかなぁ思て」

「お前は筋が良いと思う。頭も良い」

「……!」

 突然高梨が顔を真っ赤にする。何だ? 照れたのか? こいつでもそんな感情あるのか。

「顔、赤いぞ?」

「いやーはは……お恥ずかしい。何か腹立つなぁ。啓太郎にやられっ放しやん」

「何がやられっ放しなんだ。評価を求められたから答えただけだろ」

「そういう啓太郎やから、褒められたら嬉しいんやんか……」

 なんか調子が狂うな。悪い面も言っておいてやろうか。正確な評価にならないからな。

「仕事は問題無いが……普段の素行は鬱陶しい、というのも付け加えておこうか」

「えーー! なんやそれ! 酷い! 良い意味でやろ?」

「良い意味で鬱陶しいなんて無い。言葉通りだ」

「うう……酷い。酷い先輩や」

 それから二駅が過ぎた。一気に乗客が降り、ようやく車内が空く。席に並んで座り、高梨の話を聞きながら時間は過ぎた。

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