企画持ち込み(四)

 十五階から見渡す景色はとても良いものだった。入店してすぐに注文カウンターがあり、そこで注文を済ます。アイスコーヒーを受け取り、窓際の席に向かい合って座った。

「で、何か用か」

「用っていうか……貴方に興味が湧いちゃってつい呼び止めちゃった」

「興味?」

「これから暫く一緒に仕事する事になると思うし、ちょっと貴方の事教えてよ」

 何だこいつ? 何で家族でも友人でも同僚でも無い奴に俺の事を話さないといけないんだ?

「何が知りたいんだ」

「貴方ってどこでも……なんていうかそんな感じなの?」

「そんな感じって何なんだ」

「えっと……敬語とか丁寧語を使わないとか」

「ああそんな話か。丁寧語ねぇ。使わないな」

「社長にも?」

「使った事ないな」

「いつから?」

「物心ついた頃には既に使ってなかったな」

「物心ついた位の子が使ってたらむしろ怖いよね! ……まさか就職の面接でも?」

「使ってないな」

「えぇぇマジ? それは流石に引くわ……よく入社出来たわね」

「そうか? 社長も役員も喜んでたぞ? 凄い新卒が来たって」

「まあある意味凄いわな……」

 末永はアイスコーヒーが入ったグラス越しに首を傾げ、そのまま見つめてくる。一体何の時間なんだ。

「本宮さんってさー、ぽいよね」

「強運?」

「普通私達、一般の方の持ち込み企画とかあんまり対応しないんだよ。今回はホンッット、偶々」

「そんなものか。そりゃラッキーだったな」

 その言葉への返事の様に小さくニコリと笑うがまたすぐに真面目な顔付きになる。

「人と関わる仕事してて敬語無しで生きていける人なんて殆どいないでしょ。貴方の会社の社長にしたってたまたまそういうのが気にいる人だったから運良く入社出来ただけじゃない?」

 そこで末永はハァと一つため息をついて肩を落とす。

「ごめんごめん。親しい間柄でも無いのにこんな事言っちゃって。本宮さんは本宮さんで努力してるんだよね、きっと」

「そんなのは当たり前だ」

「だよね。そう言い切っちゃえるのも凄いな」

 何だこいつ。俺を呼んで何の話をしたいのかと思ったが結局何が言いたいのかさっぱりわからん。俺を非難している訳では無さそうだが。

「あー私もあんた位の強運が欲しいわー」

 テーブル上に両手と顔を投げ出して突っ伏す。顔は窓を向いているが、やばい奴だなこいつ。カフェでこんなだらしない姿勢取る奴いるか?

「あのな、末永」

 背もたれから背を離し、左腕をテーブルに乗せる。

「運なんてものは無いんだぜ?」

「あら。決定論信者なの? まあ、けど」

 上半身を寝そべらせたまま言う。

「そうだな、世の中全て必然。近い考えは持ってはいるが……だがそんな小難しい話じゃない。要は考えようって事だ」

「ああ、の話ね」

「と分かっている様な事を言っているが、本当に分かっているのか?」

 すると顔だけを俺に向け、顎をテーブルに乗せたまま、

「分かってるよ。ポジティブシンキングでしょ。前に販売やってた時にめっちゃ言われたよ。飴玉が後一つしかない。そう嘆くのではなく後一つあったと前向きに考えろってね。そしたら運気上がるんだってさ」

「運気ってどんなステータスなんだよ。そんな物はこの世には無い。分かってないな、お前」

「じゃあ何で私、こんなに運悪いのよ」

「お前が一体何を持って運悪いと言ってるのか知らんが……お前の歳でディレクターなんてなかなか凄いんじゃないの?」

「私、歳なんて、言ったっけ?」

「言ってない。俺と同じかちょっと下位じゃないかと勝手に思ってるだけだ」

 不意に寝そべっていた体を起こし、姿勢をピンと張った。

「あら……私、そんなに若く見えたの?」

「違うのか。そりゃ失礼したな」

 全くもってどうでもいい。

「私、もう三十一よ。ディレクターになったのは去年だけどまあ確かに早い方ではあるかな」

「お前が言う運てのはせめてそういう時に使えよ」

「んー。だって……頑張ったもん」

「良い事は自分の努力の結果、悪い事は運のせい、そんな事言ってるからダメなんだ。どっちも自分とその周りの思考と活動の結果であり、必然だろ。そこまで分かってて運が悪いと言いたいなら言え。その方が精神的に良いという奴もいるしな」

 テレビ局まで来て一体何の話をさせられてるんだ俺は。早く帰りたい。頬杖をついた末永が不思議そうに俺を見る。

「ねぇ。さっき、そりゃラッキーだったな、って言ったよね」

「あ? ああ」

「良い事はそんな風に考えるの?」

「ん? 俺がか? 俺は考えないな。この企画は通って当たり前だろ」

 急に末永の顔が怪訝げな表情になる。

「え? じゃあラッキーだったってどういう事?」

「良い企画を拾えて良かったじゃないか。普段は一般人の持ち込み企画は対応しないんだろ? お前の言う、これがラッキーじゃないのか」

「は? えーと……は? ラッキーって、こっちが?」

「当たり前だろ。それ以外何があるんだよ」

 全く話の噛み合わん奴だ。これなら帰って高梨と話してる方がマシだな。

 大きく口を開けて呆然とした顔を見せたかと思った次の瞬間、突然ケタケタと笑い出した。なんか怖い。マジ? とかえーとか言いながらひとしきり笑って涙を拭いた。何がツボったのかさっぱりわからん。だがこういう反応にあった事は初めてでは無い。どこか俺が人と感性がズレてるんだろうが、そんな事は俺にとって大した問題では無い。

「あーおっかし。おもろいね、本宮さん」

「さっきのおっさんもそんな事言ってたな。てかうちの後輩からもよく言われるが何がのかさっぱりだ」

 そう返すとまた末永が吹き出す。揶揄っている訳でも無い様だがどうも居心地が悪い。何やらニコニコとした顔になって、

「ねぇ。さっきも言ったけど今回のってめっちゃレアケースなんだよね。もしうちが貴方の企画を取り合わなかったらどうしてたの?」

 そんな分かりきった事を聞いてくる。

「他局に行った」

「そこでもダメだったら?」

「有料チャンネルだな」

「そこでもダメだったら?」

「沢井と相談だ。彼はタレントであるが一企業の社長でもある。話は出来るだろう」

「うっわ。凄い行動力ね。それでもダメだったら?」

「企画を練り直す。ダメになる理由があるんだろうからな」

「はああ……」

 放心した様に俺を見つめて口を開けた。アイスコーヒーに口を付け、窓の外を暫く見て、再び視線を俺に移してきた。

「私は販売からこの業界に入ってまだ八年目だけど……ディレクターになってもへーこらしてばっかりだから何だか貴方が異次元の住人みたいに見えるな」

「異次元か。無いとは言えないな。俺は違うが」

「へぇ。意外にロマンチストなのね」

「ロマンチスト? 俺は現実派だ」

「フフッ」

 話が微妙に噛み合わない。末永は何だか楽しそうにしている様だが。

「ねぇ、本宮さん」

「何だ」

「もしこの企画が上手くいったら……」

「?」

「うちの会社に来ない?」

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