企画持ち込み(三)

 二週間が過ぎ、再び末永に呼び出された。どうやら企画を出したもののそのまますんなりGOとはならず、会議は紛糾したようだ。最終的に上層部が俺と話したいとの事で企画会議の場が設定された。ま、予想の範囲内だ。土曜ならと承諾。



 そうして再び訪れたサクラテレビ九階の会議室。


「末永から聞いたよぉ? 持ち込みで小説持って来るとはねぇ。啓太郎ちゃん、変わってるねぇ」

 鬱陶しい口調で喋ったのは制作局バラエティ部プロデューサー、加藤かとう篤史あつし。白髪混じりで五十歳は超えている様に見えるが『逃げ切りまSHOW』の企画発案者だそうだ。それが本当なら仕事は出来る奴なんだろう。

 その隣にもう一人、髭を蓄えた男がいる。赤いパーカーに白いデニムという昔のアイドルの様な格好をしている。

「俺もこんな歳だけどゲームは好きでね。君の企画、俺は賛成だ。だが実現するとなると色々と障害もある。その辺りの考えがあれば聞かせて欲しいというのが今日の趣旨だ」

 この男は初芝はつしば礼司れいじといい、同じく制作局のチーフディレクターだそうだ。歳は四十代半ば頃か。こいつもあの『逃げ切りまSHOW』製作を担当しているらしい。

「いいとも。何なりと聞くがいい」

 そう答えると二人の男は顔を合わせてニヤッと笑った。気持ち悪いな。

「いや、君の人となりは末永ちゃんから聞いてたからねぇ。その通りだなって思っちゃったよ」

「何の事かわからんが……さっさと会議を始めよう」

 末永、加藤、初芝の三人を前に横長のテーブルを挟んで背もたれにもたれた。


 ―

 掻い摘むと彼らが気にしているのはエンターテイメントとしてのゲーム性、現実性そして収益性の三つだった。逆に言うとその三点をクリアすれば番組になる可能性は非常に高いと考えられる。

「ゲーム性は確かにこの仕様と貰ったあの小説から見て取れる所もあるけど……実際にあんなに上手くいくのかな?」

 言ったのは初芝だ。

「台詞回しとかも芝居臭いよねぇ」

 半分だけ眉毛を上げた加藤がねちっこい喋り方で言う。

「確かに誇張した書き方をした。実際にとしてはあんなセリフを言う奴はいないだろう。だがあれは企画書と言った筈だ。テレビとして考えろ。番組でルール化すれば良い。例えば相手を殺す前もしくは後に必ず決め台詞的な言葉を言う、と。その方がドラマとして盛り上がるだろ」

「ああ、だから君の小説の中の斎藤も長谷もさっさと殺せば勝ってたのにって場面でセリフを言ってたんだな」

「さっきも言ったが無論事後でも良い。俺が考えたシーンで言うと事後でも同じ結果になっている想定だ。別に長谷が何も言わずに矢を放とうとしてもその前に沢井が瓦礫を当てる事は出来た」

「ウンウン。なるほどね」

 加藤がニヤつきながら言う。だが完全に納得はしていない。

「アバターは足を怪我すれば引き摺るような動きとなり歩行速度は落ちる。手を怪我すれば物を持てなくなるが精神力が高ければ無理をする事も出来る。だが無理をすると体力が減り、後に響く。つまりは現実世界と同じだ」

「そんな事までプログラミング出来るの?」

 末永が口を挟む。だがこいつには何度も実現可能だと言った。つまり疑心暗鬼の二人に聞かせる為の質問であろう。

「出来る。前回の打ち合わせでも言ったが、技術的に出来ない事は俺の企画には存在しない。諸々の事情で現在巷に溢れるゲームで実装されていないのはそれらのリアリティがゲームの進行上、デメリットにしかならないからだ」

 俺の言葉にウンと頷いた初芝が首を傾げながら聞いてきた。

「それはその……本宮さんの会社で開発出来ると思っていいんだよね?」

「うちで開発? そんな事は出来ない」

「え?」

「うちの会社はゲーム会社じゃない。俺も含めてゲームなんてのはやった事はあるが作った事なんか無い人間が殆どだ。ゼロとは言わんが」

 俺の言葉に初芝が加藤と目を合わせ小首を傾げた。

「ほー……じゃあこのゲームの開発は本宮さんの会社じゃない、どこかに委託するって事になるね……えっとそうすると本宮さんは一体何の為にこんな事を? 企画料とか?」

 ……?

 こいつは何を言ってるんだ?

「質問の意味が分からないが」

「え? いや、言葉の通りだけど。企画を出して自社で開発を請けて稼ごうとしているのでなければ一体この企画の動機は何?って話だろ」

 成る程。つまりこいつは俺がこの企画で儲けようとしていると考えている訳だ。

「企画の動機は末永には言ったが……」

「もはや呼び捨てなのね」

「このゲームでは性差、体格、年齢に関係無く頭の回る奴が勝つ」

「うん」

「俺はが見たい。現実に近い条件で対決バトルとなった時、本当に知恵のある奴が勝つのか? いや、勝つところを見たい。もっと言うと沢井が勝つ所を見たい。それが動機だ」

 また加藤と初芝の二人が顔を見合わせる。なんだ? 俺自身の目的がネックになってるのか? そんなにそれが重要ならもう少し言葉を付け足しておいてやるか。

「俺はあんた達のとこでやってる『逃げ切りまSHOW』が大好きでね。ずっと見てたんだが前回放送では正直、落胆した。何でそこでクイズやねん! と柄にも無く関西弁で突っ込んでしまった程だ。ま、これは可愛い後輩の伝染だがな」

 その言葉に初芝が頭をポリポリと掻く。

「あれはぶっちゃけ体力勝負の番組だからね。知能派タレントさんが活躍する見せ場を作るのが難しいんだよね」

「それは分かっている。だからそれに代わるものを考えてきたんだ。無論何度も頭でシミュレートはしている」

「そのシミュレートの結果、いけると踏んだって事で良いのかな?」

「当然だ。実際にやってみたら修正すべき部分、改善すべき部分は出て来るだろうがそれはやってみてからだな」

 テレビの大掛かりなセットでも実際に組んでみてAD達が試してみたら最初の想定と全然違った等の話を聞いた事がある。加藤と初芝の二人は何度も頷く。末永はそれを見てホッとしているのが見て取れる。

「あとは収益なんだが開発予算が分からないと判断が難しい所だが採算は取れるかな」

 聞いて来たのは初芝だ。そんなテレビ会社の事を俺に聞くのも変な話だと思うが……別にここで俺がそんな事は自分達で考えろと言っても特に何も起こらないとは思える。そしてさっきの聞き方は俺がそう言うかも知れないという前提での聞き方だ。確かにそうだよね、で会話は終わりそうだ。ならここでハッキリと言っておいてやろう。

「取れるさ。俺が思う内容が実現出来ればな」

「根拠を聞いても?」加藤がペンを回し、視線を手元のノートに映しながら話す。

「皆、見たいんだよ。知識じゃなくて本当に頭が回る奴らの知恵が。著者が頭を振り絞って作った創作ではない、本当のドラマが。その表現の場が対決バトルであり、更にそこで自分のが勝てば盛り上がらない筈が無いだろ。この企画は老若男女、皆それぞれの視点で楽しめる。まあ『』過ぎると向かないけどな」

「他には?」

 頬杖を付いて俺を見る加藤が口を挟む。

「番組が成立し、視聴率が取れる様になった所で少し仕様を一般向けに変えてゲームサービスを開始する」

「同時にやっちゃえば少しでも収益が上がるのでは?」

「いや、先にタレント達がドキュメンタリーなドラマを作り上げ、話題を作った方がいい。テレビを見た人はあれを自分でもやりたい、と思う筈だ。まあ番組がチュートリアルみたいなもんだな。それが無いままあの仕様でゲームをリリースしても多分ヒットしない」

「そんなもんかね」

「多分な。このゲーム自体は据え置き型ゲーム機でもPCでも出来る。著作権収益をちょっと低めに調整すれば良い」

「ん? それだとうちのランニングの儲けが落ちるよね? こういった数字は決まってるしなぁ……」

「その代わり開発費用を削らせて貰う様にすれば良いだろ。開発期間内の人件費だけは持つ、とかな。月額千円のサービスを十万人がやったらそれだけで月一億だろ。開発会社の言い値で開発費用イニシャルコストを出すんならサービスの著作権料はしっかり取れば良い。あんた達がどっちのリスクを取るかだ」

「開発費用ってどれくらいかかるものなの?」

「知らん。俺は作った事ないしな。感覚だがフルスクラッチだと軽く億は下らないんじゃないか?」

「おお。それはなかなかの額だな」

 また二人で顔を見合う。仲の良い事だ。てか末永は仲間外れにされてるのか? 可哀想に。



 ―

 それから半時間程話しただろうか。似た様な疑問ばかりで少々辟易してきたので率直に聞いてみた。

「……で、どうなんだ? ゲーム性、現実性、収益性と全て答えた筈だが」

 初芝は腕組みをしながらゆっくりと背もたれにもたれ、真っ直ぐに俺の目を見てきた。数秒して口を開く。

「うん。俺は良いと思うよ。加藤さんもそうだろう。クイズでも単純な謎解きでもない頭脳バトルは実現したかった内容ではある。編成も入れてもう一度局内で揉む。一応企画を通す前提で動くよ」

「そうか。賢明な判断だ」

「アッハッハ。啓太郎ちゃん、おもろいな~」

「うちの後輩みたいな喋り方をやめろ」

「じゃ末永ちゃん、後は宜しく」

「聞けよ」

「分かりました」

 加藤は末永の返事にニコリとし、会議室のドアを引いた所で俺に手を振る。初芝も席を立ち、二人が出て行った。



「はぁぁぁぁ……取り敢えず一安心だ」

 末永が両手を上げ、心底ホッとしたかの様に大きく背伸びをする。

「一安心なのか?」

「ええ。あの二人がやる気になったのなら止める人はいないしね」

「そうか。じゃこれで帰るぞ」

 立ち上がり、椅子の背に掛けていたコートを掴む。ふと末永を見ると何を考えているのか、ジッと俺を見つめてくる。

「ねぇちょっと……お茶でも飲みに行かない?」

「ん? 別に構わんが」

 何か企んでいるのか? あの二人に何か言われたか? ……いや、そんな感じにも見えないな。

「経費、なんだろうな?」

「あはは。それでいいよ」


 流石は地上波のテレビ局。

 派手な造りの自社ビルの中に食堂とは名ばかりのレストランやお洒落なカフェがある。十五階、ビルの角側にあるカフェに末永と向かった。

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