企画持ち込み(二)

 末永は折角作って来てやった企画書をバサッと無造作にテーブル上にぶち撒けた。どうやらこの頭の固い奴に分かり易く教えてやらなければならないらしい。

「え、分からないのか?」

「え? あれ、私がおかしいの……ってそんな訳あるかぁ!」

「まあ落ち着け」

「あたしは忙しいんだよっ! 全く……だから素人の持ち込みなんて断れって言ったのに……」

「と言ってもかけてるコストの割に大して数字が取れなくなってきた『逃げ切りまSHOW』や『闘いまSHOW』に変わる次のヒット企画が欲しいんじゃないか」

「何であんたがそんなに偉そうなのよ!」

 全く、テレビの番組を作っているディレクターがこれだけ落ち着きの無い奴とはな。いつも冷静な俺は落ち着き払って再びコーヒーを一口含む。

「ま、俺は一視聴者だからな。『逃げ切りまSHOW』が何故数字が落ちて来ているかの説明など簡単だがな」

「ほー。言ってみなさいよ」

 末永は腕組みして背もたれに背を預ける。ようやく聞く態度になった様だ。

「まあそれはともかく」

「言えや!」

「それよりも今回の企画だ。それを練る中で勝手にヒントを探れば良い」

「どこまでも偉そうな奴ね。まあいいわ。じゃあこれが一体何なのか教えて頂戴」

 テーブルの上でバラバラになった俺の企画書を集め、トントンと角を合わせて俺の前にバンと音を立てて置いた。腕を組み、末永はまた背もたれにもたれ掛かる。

「これは番組の内容だ」

 その言葉に末永は驚いた表情を見せる。

「これが番組? ……どういう意味?」

「今の番組でリアルに体力を使うやつでは女と子供が圧倒的に不利過ぎるだろう?」

「何よ突然……それは、うん。確かによく議論になってるとこだけど」

 体が小さい方が有利なクエストを作っている事からしてそうでは無いかと思っていた。だがどれだけそこで活躍した所で結局彼らは勝ち残れない。上手く隠れ切れれば良いが、一度追われてしまえば逃げ切る事はほぼ不可能だ。

「俺が考えるこの舞台では能力を上手く使える奴が勝ち残る。つまり頭の回る奴が勝つ。そこには性差は存在しない」

「……」

「子供は多少不利かも知れない。人生の経験不足という意味でな。だが中にはそれすら乗り越える猛者がいるかもしれん。天才小学生現るとかあんた達の好きそうなゴシップだろ?」

 末永は顎に手を置き、俺の目の前に置いた企画書をジッと見つめ出す。

「でも、そこに書いてある、能力……とかいう奴をどうやって表現するの?」

「ゲームだ」

「はぁ?」

「ゲームだよ。本当の意味でのロールプレイングゲームだ」

 末永が突然頭を抱え、首を振り出した。

「ゲームって……タレント達がただゲームをやっているのを映せというの?」

「今はEスポーツに代表されるようにテレビでゲームをしているのを放送してもおかしな時代では無い」

 末永はハッとした表情を見せる。

「フン。あんた達、『Eスポーツ』とかそんなバズワード、大好きだろ?」

「まあ……確かに上の方々は良く口にはするね」

 どの企業もそんなもんだ。とかく世間に乗り遅れるのを恐れる。ならばそれを利用しない手はない。グッと身を乗り出す。

「知能派タレントに率先してプレイしてもらい、リアルな人間ドラマを見せる事で次の展開に繋げるんだ」

 言ってる事は理解しているが、どうも納得がいかない、そんな顔だ。テレビで『ゲーム』する事に抵抗があるようだ。

「あんたはさっき、タレントがただゲームをやっている、と言ったがそうでは無い。常に死と隣り合わせで現実に近いリアリティを持つこのフィールドでやるんだ」

「……」

 何やら考えている様だ。ここは向こうから疑問をぶつけさせる方が話が早い。

「確かにそこにリアリティが有ればドラマになる気はするね。リアリティとは具体的に言うと?」

「バトルに必要なものだ。フィールドのリアリティの再現性とアバターの行動の自由度、プレイヤーの本気度によりこれは面白くなる」

 末永は持って来たノートをようやく開く。ペンを取り、何かを書き始めた。

「ここには地球と同じ重力が存在する。全てのモノには質量がある。捨てたアイテムは無くならず存在する。それは死体や打った弓矢であっても同じ。スコップがあれば地面を掘れる。穴が空いていると走った時にこけやすくなる、壁に刺さっている弓矢に気付かず当たってしまえば怪我をする、等の必然の作用が起こる世界を作る」

「そんな事が本当に出来るの?」

「出来るとも」

 短く答える。だが技術論はしない。言っても分からないだろうしな。

「ライター、ロープ、罠、特殊能力などのアイテムが落ちている事がある。毒が存在する。矢尻や剣の刃に塗る事が出来る。不器用だと自分で毒になってしまう」

「ま、待って待って」

 捲し立てる俺の言葉を遮ってメモを取る。良い傾向だ。これで話が前に進む。暫くの間コーヒーをチビチビやりながら待つ。不意に鞄から太いペンの様な物を取り出し、スイッチらしきものを押した。

「……録音しても良いかしら?」

「構わないよ。その方が間違いなく伝わるだろうしな。まあさっきの俺の企画書に根本的な所は詰まってるんだが」

「ごめんなさい。あれからは読み取れないわ」

「仕方無い。説明してやろう」


 ―――

 視界が存在する。光源が存在する。場合によって、例えば屋内の光など、光源は複数の時もある。


 時間の概念がある。全てはリアルタイムで進む。常にメニューボタンから選択肢を出すことが出来、任意のアクションを選ぶとそれに意味があろうとなかろうと行われる。例えば杭を打つ、矢を打つ、縄を括る、木の枝を折る、能力発動、爆弾設置等。つまりやり方によってはトラップを仕掛け、そこに誘い込む事が可能である。『トラップを仕掛ける』という安易なアクションでは無く、リアルにトラップを仕掛ける事を想定して動く事が出来るという事。


 NPCもしくは番組サイドのPCが運営するショップがある。ここは安全地帯であり、戦闘行為は出来ない。相手のステータスに変化を及ぼす行為も出来ないし能力の発動ターゲットにも出来ない。

 ―――


「一通り、この辺りがフィールド共通の仕様だ」

「具体的にフィールドってどこなの?」

 末永の表情は最初と打って変わって真面目な顔付きに変わっている。

「フィールドは廃墟都市、山岳、ジャングル、氷河、溶岩、洋館などの種類があり、フィールド固有のルール、特性が存在する。フィールドには上下左右ループ型と固定型がある。屋外フィールドの場合、天候の概念が有り取れるアクションが僅かに変わる。またアクションの結果も異なる。例えば雪で走ると転けやすい、とかな」

 末永はメモを取っていたペンを唇の前でクルリと回し、何かに気付いた様な顔をした。

「成る程……『逃げ切りまSHOW』だと安全性が確保出来なければ撮影自体が中止になるけど、この企画はそれも戦略の一つとする訳ね」

「アバターと言う概念がある」

「ねぇ、貴方に寄り添ってるんだから会話して?」


 ―――

 アバターとはプレイヤーの分身である。

 定められた職業から選択する。職業によりステータスが異なる。ステータスは数値では見えず、性別による差異は無い。

 怪我をすると運動能力が落ちる。例えば流血状態となり、処置をしないと失血状態となり、やがて死ぬ。つまりリタイヤとなる。体力の危機があると生存本能からある特定の、職業固有のステータスが上がる。急所に攻撃を食らうと死ぬ。体力が無くなると倒れて動けなくなる。体力は激しく動かなければ徐々に回復する。


 呼吸が必要である。

 一定時間内に食事をしなければ空腹状態となる。

 持ち運べる大きさと重さの総計がある。


 基本的な動作はいつでも可能。アイテムや能力と場所や条件が適合すると特殊な動作が可能となる。

 ―――


「待って。分かった分かった」

 手のひらを俺に向ける。

「何が分かったんだ?」

「必要なリアリティの要素を追求している事はわかったって事。でもこれってさっきも聞いたけど現実に表現出来るの?」

「出来るさ。これ位ならな。いや、既に部分的に実装されてゲーム化されている内容でもある」

「え、そうなの?」

「しかもかなり古くからな。ただ、そう言ったゲームは流行らない。何故なら所謂モンスターのだからだ」

「分からないわ」

「分からないか? 要はプレイヤー達はそんな事を考えるのが面倒なんだよ。狩りがしたいのに空腹状態とか目の前に良い装備がドロップしてるのに数ならともかく、重さと大きさで二、三個しか持てないとかフラストレーションが溜まるだろ?」

「うーん。なるほど。でもこのゲームでも一緒じゃないの?」

「何も分かってないな。このゲームは狩りをする相手は同じ人間であり、知恵の出し合いである。このゲームにはレベルとか経験値とかの概念は存在しない。アバター単体が強くなる事はないんだ」

 そこで末永が手を打つ。やっと理解した様だ。

「成る程……成長するのはプレイヤー、か。あ! あんたがさっき言った『本当の意味でのロールプレイングゲーム』の意味……つまり成長するのは操作している人間って事ね!」

「続いて能力についてだが」

「お願いだから会話して!」



 ―

 一時間後。


 末永がを作り、俺は適宜そのサポートをする、という事でこの日はお開きとなった。

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