企画持ち込み(一)

 ◆◇◆◇


「どうしたぁ長谷おさたにさん。三人リタイヤに追い込んだ割には不甲斐ないじゃないか」


 暗い廃墟の一室だった。

 長谷と呼ばれた男は左肩から血を流し尻餅を付き、男の声がする方を睨む。弓を左手に持っているものの壁に背を預けている為にそれを使う事は出来ない。

「クソッ……その声は……さ、斎藤さいとうか……」

「おっ。正解でーす。殺しに来たよぉ?」

 ヌッと入り口の方から背の高い男が一人、唇を舐めながら姿を見せる。

「!……お前……侍かっ!」

「はーい、それも正解」

 斎藤の姿は頭髪こそボサボサにしているが黒い袴を着、左の腰には大刀を帯びていた。視線を長谷にピタリと合わせニヤリと冷たく笑う。

「ずっと、見ていたのか」

「クク。危ないから遠くからだけどな。お前の獲物は弓、能力はハッキリとは分からんが今までの殺し方を見る限り氷結フリーズもしくは高精度狙撃ハイ・シュートだろぉ?」

 長谷は自分の左腕と左足にグルグルと巻きついている粘着質の糸を見、チッとひとつ舌打ちをした。

「クックック。まあ俺が先にお前を見つけちゃったからなぁ。お前の武器が弓である以上、もう俺のの能力には勝てないよ?」

 斎藤が腰の鞘からゆっくりと剣を抜き放つ。長谷は動く右足を動かし少しでも壁の方へと逃げようとする。だが既に壁を背にしている以上、逃げ様が無かった。

「ええぃっ!」

 右足を大きく蹴って真横に飛び、何とか弓を構えようとするが左半身に絡まる糸の強度は長谷が思っている以上だった。

「無駄だ長谷ィィ!」

 伸ばした斎藤の左腕から放たれる糸は粘着質の液体を帯び、光りながら一瞬で長谷の全身を縛り付ける、筈だった。

「ぐあっっ」

 地面に這いつくばったのは、斎藤の方だった。

 しかも不自然に。倒れたと言うよりも自ら地面に突っ込んだ、というのに近い。ミシミシッと音を立て更に減り込んでいく。

「クッ……ハッ……お、まえの、能力は……」

 長谷を襲った糸は彼の体に巻き付いた後、そのまま朽ちて溶ける様に消えていった。

「俺の能力? それは……」

 左半身の拘束も解け、ようやく体の自由を取り戻した長谷が立ち上がり、斎藤を見下ろした。

「死んでいくお前が知る必要は無い」

 残るプレイヤーはこの長谷ともう一人。


 一方の沢井……


 ◆◇◆◇



「ちょっと待って。私は……一体何を見せられているの?」

 ウェーブのかかった長い黒髪に派手目のメイクをした女が顔を上げ俺に言った。彼女が髪を振る度にトリートメントの匂いが鼻を擽る。

 彼女の名前は末永すえなが千紗里ちさとと言い、サクラテレビのディレクターをしている。無論知り合いな訳では無い。今日、初めて会った。

「あんたが企画書が欲しいと言ったんだろう」

 足を組み、踏ん反り返って黒いプラスチックホルダーのついた紙コップに口を付け、ホットコーヒーを啜る。

「だよね? だよね? 私は企画書がいるって言ったよね?」

「立派な企画書だろうが」

「どこがなの。企画書持って来いって言ったのに何でこんな三文小説読まされてるの?」

 ここはサクラテレビ九階にある会議室だ。先週、番組の企画について提案があると電話したら企画書を持って来いと言うので折角丁寧に作り上げて持って来たというのに一体何が気に食わないと言うのか。

「何が不満なんだ」

「いや、そりゃ私達が普段使ってる企画書のフォーマットは知らないにしても」

「当たり前だ」

「そもそもどの視聴者層をターゲットにしてるとかさ、クイズなのかバラエティなのかロケなのかとかさ。まず企画の概要があって、具体的にどんな内容で進めていって、誰がメインを張るのか、とかさ」

「なるほど。なら、最後まで読め」

「最後まで読んだらわかるの?」

「当然だ。企画書だと言ったろう」

「ホントかしら……」

 ブツブツ言いながら再び俺が持って来たに目を通し出す。



 ◆◇◆◇


 一方の沢井。


 東田、祖品の二人のプレイヤーをリタイヤに追い込んだものの直前の祖品そしなとのバトルで重傷を負っていた。不意打ちから祖品の能力、爆発エクスプロージョンをまともに受けてしまい、体の至る所からの出血で急速に体力が失われていた。

「これは……ヤバい。近くの、セーフポイントへ……」

 周囲を警戒しつつ地図を確認し、ゆっくりと進み出した。


 セーフポイントにいるプレイヤーは保護バリアによって攻撃を受けない。そこでは怪我や毒等の状態異常の治癒が行われ、体力も持続的に回復される。但しこの恩恵は一人にしか与えられず、三十秒経てば自動的に消えてしまう。消えたセーフポイントは一定時間の後、再びマップ上の何処かに出現する。


 そのセーフポイントに向かっている途中、足音のような音が沢井の耳に届く。

「……!」

 側にあった大きな瓦礫の裏に急いで隠れる。ところがその数秒後。

 突然その瓦礫が粉微塵に吹き飛ぶ。一気に視界の開けた場所に置かれ、逃げる場所を探す。瓦礫に何をされたのか、攻撃は全く見えなかった。爆発エクスプロージョンにしては範囲は限定的だ。相手の能力を探ろうとした沢井の十メートル程先にヌッと姿を表したのは、長谷だった。と同時に!

 ヒュンッ! ドスッ!

「ぐあっ!」

 沢井の左肩が撃ち抜かれる。思わず転びそうになる所を執念で後転、直ぐ様立ち上がり、背後にあった廃ビルへと走った。

「ダメだよ沢井さん、早く死んでくれ。重力グラビティ!」

 沢井の体重が一気に三倍になり、先程の斎藤がそうであった様に地面に打ち付けられた。

「うがっ!」

 顔面を強打し、更に流血状態が酷くなる。益々失われる体力の中、何故かグルグルっと横に回転し、何事も無かったかの様に立ち上がり、屋内へと逃げ込んだ。

「何っ! ターゲッティングをミスったか? いやそんな筈は……重力グラビティが効かない?」

 長谷が弓を下ろし驚きの表情を見せた。この廃墟都市のフィールドではほぼ無敵の能力を誇る重力グラビティだった。苦戦したのは不意打ちされた斎藤だけで他の三人は楽勝だった。

 長谷の目の前にはボロボロの三階建ての廃ビルがあり、沢井がその中に逃げ込んだという事は少なくとも外で戦うよりも屋内の方が有利な能力という事だ。

「フフン。あんたの土俵には乗らないぜ? このまま死んでもらおうか」


 ―

 沢井が逃げ込んだ廃ビルの中は崩れたロッカーがいくつかあるだけでガランとした空洞だった。

「追って来ているか? ……いや、大丈夫だ」

 後ろを見て一息付く。

「俺がこの中に逃げ込んだのは屋内の方が俺が有利だから、と考えている筈だ。今のうちに距離を取らないと拙い」

 この時、沢井は丸腰だった。最初に持っていた短剣は祖品の爆発エクスプロージョンによって塵となっていたのだ。

「弓だ。まともにあれと戦っても勝ち目が無い」

 そこでまずは視界が限定される屋内に逃げ込んだだけだった。

「長谷さんの能力は……待てよ」

 そこでふと不安が募る。長谷の能力は重力。対象の質量を重くする。先程隠れた瓦礫が粉々になったのは自重が強度を超えたからと考えられる。

「……」

 辺りを見回し耳を澄ます。ミシッ……ミシミシ……という軋む音が鳴っている事に気付く。

(まさか……ひょっとしてこのビル、ごと……?)

 そう思い至った瞬間、

 ドゴォォォォンッ!

 轟音と共にビルが内側に崩れ落ちた。沢井の頭上に降り注ぐ瓦礫の山!


 ―

「ハッハ―――ッ! 終わりだ沢井さん! 俺の重力グラビティは最大最強の能力だ!」

 長谷はビル自体に重力グラビティをかけ、丸ごと破壊した。辺りは粉塵が舞い上がり視界が悪くなる。だがそれでも瓦礫の山から這い出ようとする沢井の腕が見えた。

「何と。悪運の強い……いや、沢井さんの何かの能力かもしれない。確実に仕留める必要があるな」

 慎重に沢井が逃げ出そうとしている場所へ弓を構えながら近付いた。


 ―

 まさかの威力だった。今までこれ程の規模の破壊力を持つプレイヤーと出会った事が無かった。

「ヤバい……死ぬ……」

 いくつか直撃した瓦礫のせいで最早沢井の体力は失神寸前の所まで来ており、体も自由に動かなくなっている。一気に視界が暗くなり瓦礫に埋もれた事がわかる。

 それでも何とか空いた空間を利用し、瓦礫の外に腕が出た。

「よし。ここから一旦逃げるぞ。まずは何とかしてセーフポイントへ……」

 頭上を遮る瓦礫をどかし、何とか外に出ようと体を捻っている所に再び強烈な重力を感じ、体が瓦礫へと突っ込んだ!

「ガッ!」

 更に出した手の甲を踏まれる感覚がした。

「あああああ!」

「ハッハッハ! 痛いかい? 沢井さん」

 重力に逆らい、必死に顔を上げると目を剥いて笑う長谷が弓を引いて構えているのが見えた。無論狙いは自分の頭だ。この距離でのヘッドショットは外れないだろう。そして当たれば即死だ。

「この破壊から逃れるとは運の良い奴だ。だがこれで終わりだ。これで楽にしてやるっ!」

 キリキリと沢井の頭に向かって弓を引く。その長谷に向かい、沢井は疲れ果てた顔でこう言った。

「いや、楽になるのは長谷さん。あんただ」

「……え?」

 ドガッ!

 突然長谷の頭を瓦礫が直撃する。

「アガ……クハッ」

 一瞬、睨む様な視線を沢井に浴びせた長谷だったが、やがて動かなくなる。長谷のリタイヤ、そして沢井が唯一、生き残ったプレイヤーとなった。

「フゥ。もう死ぬ寸前だったよ……長谷さん。俺の能力は……フェザー。『質量を軽くする能力』だ。さっきのビルの崩壊で山程落ちてくる瓦礫の多くを羽ほどの質量に変え、空中に待機させていたんだ」


 沢井が勝利した。


 ◆◇◆◇



「……」

「どうだ。分かったか?」

 読み終えたらしい末永に声を掛けた。


「いや、だからこれは何なのよ!」

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