Race6. 両親への報告

 オレと来望の家は隣同士である。マンションならともかく、一軒家で隣通しで仲が良いってなると何となくより幼馴染だなぁって気分になる。来望の家の前には既に来望がいて、オレの姿を見るとちょこちょことこちらに走ってきた。


「颯馬、大丈夫?」

「うん、こうなったらなるようになれだ」

「……颯馬、いい顔してる」


 迷いが晴れたという意味だろう。来望から見てもその意味を理解してくれている。なら今のオレは誰にも負けたりはしない。隣に来望がいてくれるなら、どんな苦境だって立ち向かえる。


「ママ、ただいま」

「おかえり……って颯馬くん、大きくなったわねぇ」

「ご無沙汰してます」


 来望の家に入ると、来望のお母さんがお出迎えしてくれた。来望のお母さんも来望と同じような白銀色の髪をしていて、授業参観なんかだと特に目立つ。染めているというわけでもなく普通に地毛だと言っていたから、来望の髪色はお母さんからの遺伝だろう。


「パパは?」

「自分の部屋にいると思うけど」

「わかった。颯馬、行こう」


 オレは来望に引っ張られる形で来望のお父さんの部屋へと連れていかれる。その様子を見て来望のお母さんは『昔と変わらないねぇ』って笑ってた。小学校ぐらいまではオレのほうが引っ張ってたはずなんだけどな?


「パパ、入っていい?」

「来望、帰ってきたのか。入りなさい」


 ドアを開けると、机の向こう側でまるでオレ達が来るのを待っていたかのように来望のお父さんが待ち構えていた。見た目は厳しそうな顔をしているが、オレにもすごく優しくしてくれるとてもいい人だ。


 しかし今日は厳しそうな空気感とでも言えばいいか。普段の優しさは鳴りを潜めている。それに萎縮しちゃいけないと自らを奮い立たせながら来望のお父さんを見据えた。


「座りなさい」

「はっ、はい」


 お父さんに促される形で座る。自然と正座の形で座ってしまうほどにここの空気がピリピリしている。


「お父さん、お話があります」

「なんだい」

「オレ、来望と結婚したいです。来望をオレにください!」


 そのまま土下座の形になる。ただ床目を見ながらお父さんの返事を待つだけだが、その声は未だに発せられない。


「パパ、颯馬と結婚させて。お願い」


 来望もまた同じように土下座を始めた。その光景に折れたのか、やっとお父さんの口が開く。

 

「……そもそもお前達はまだ大学生だ。勉学に励むべきだと思うが?」

「大学を卒業してからの婚約を考えています」

「そこまで来望のことを愛し続けられるか?」

「愛し続けます! オレの人生全部を賭けて来望を幸せにします!」

「それが来望の夢を潰すことになってもか?」

「覚悟の上です」


 どんな手段を使ってでもオレは来望のことを守るのだと覚悟を決めた。来望が未来視に目覚めてしまってからの出来事がオレを変えてくれた。今の自分だからこそ、オレはこうしてこの場に対峙していられるんだ。


「……来望、本当に颯馬でいいのか?」

「颯馬じゃなきゃ嫌」

「顔を上げてくれ。……颯馬くん、成長したね」


 空気が和らぐ。顔を上げた先にあったのは、いつものような来望のお父さんの姿だった。ちょっと苦笑しているようにすら思えるその姿に、少し拍子抜けしてしまう。


「涼馬……颯馬くんのお父さんから話は伺ってるよ。まったく、俺はこういうキャラじゃないんだがねぇ」

「父さん……」


 なるほど、父さんがやけにノリノリだったのはこういう訳だったんだな。……ハメやがったなあのクソ親父! 心臓止まるかと思ったぞ。


「俺としても是非とも来望の婿になってほしいと思っていたんだ。颯馬くんのような意志のあるしっかりとした者になら来望のことを任せられる」

「……! ありがとうございます!」

「来望。颯馬くんにあまり迷惑をかけるなよ? 妻になるということは無責任な信任は許されない。時に己の間違いを顧みて、時に夫の間違いを諫める。夫婦になるというはそういうことだ」

「うん」


 来望はただそう頷いただけだが、お父さんにはその意志が伝わっているようだ。ここは親子の以心伝心というところもあるだろう。


「まぁ小さいときから来望は颯馬くんのことが好きだったからねぇ! どこの馬の骨とも知らん男ならまだしも、颯馬くん直々に頭を下げられたら断れんよ」

「……パパ」


 かくして来望のお父さんにも承諾を取り付けることが出来た。落ち着いたので二人で部屋を出て階段を降りると、そこには来望のお母さんが待ち構えていた。


「颯馬くん、少し男らしくなったんじゃない?」

「そうですかね?」

「心の芯って言うのかな? そういうのって外見だけじゃないとおばさんは思うわ」


 オレの頭を撫でながらお母さんはそんなことを言っていた。来望のお母さんにもいっぱいお世話になったからな。オレにしてみればもう一人の母親と言ってもいいだろう。


「来望、今日は颯馬くんの部屋泊まりなさい」

「えっ、でもママ今日は」

「どうせ隣同士なんだからご飯食べてから行けばいいでしょ? 来望の好きなオムライス作ってあげるから」

「オムライスならっ! オレが作りますから……!」

「あらあら、それなら仕方がないわね」


 来望のお母さんはあっさり引き下がった……というかオレにお膳立てしてくれたのほうが正しいか。オレのオムライスは来望のお母さん直伝だ。少なくとも大学入学直前のお母さんの味には近づけたと思っている。今比べられたら正直勝てるかどうか微妙だ。


「ママ、行ってくるね」

「いってらっしゃい。颯馬くん、やることやっちゃっていいからね!」

「やりませんから」


 衆人環視の中でやることやれるほどオレの度胸は据わっちゃいない。というか実家に帰って早々やることがそれってどうなんだ?


 その日の夜、オレは燻っていた問題に一つのピリオドを打つことにした。部屋に鍵をかけたから親が入ってくることはない。オレは決意を固めて来望に話しかける。


「来望」

「……颯馬?」


 来望の瞳に炎が宿る。真紅に染まった瞳孔が虚空を射貫くと、すぐにオレの方を向いた。ああ、それでいい。オレは今、お前と決着をつける必要がある!.

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