Race5. 選択

「颯馬、富士山」

「意外と見えるものなんだね」

「きれい」


 3月に入って最初の週末、オレ達は新幹線にのって名古屋へと帰郷していた。東京駅で買った駅弁を食べながら富士山を眺める。一度はこういうタイプの旅行をしたいと思っていたが、まさか来望とできるとは思っていなかった。


「……颯馬、元気ない?」

「そうか? オレは元気だぞ」

「最近の颯馬、颯馬らしくない」


 どうやら今のオレは来望に不安がられるほどに見た目に出てしまっているようだ。来望の人格と来望の記憶。その二つの取捨選択を迫られたオレは、どうすべきかとずっと悩み続けていた。こんな話を悠里さんに話しても信じられないだろうし、何よりもこれはオレ達自身の未来の問題でもある。オレが納得できるような答えを出さないといけないんだ。そんな責任感もあるのだと思う。


 そんな事情を察してか、来望がオレの右手をそっと握ってくれた。突然のことに驚いて来望のほうを見ると、はにかんだ笑顔でこちらを見ていた。


「颯馬、私颯馬のことが好き」

「……っ、何回も聞いたよそれ」

「ちゃんと口に出しておかないと分からないから」


 来望は喜怒哀楽を前面に出すタイプではない。だからこうやってオレに対して好意をストレートに伝えてくれる。そうでもしないと好意が伝わらないと来望自身が分かっているからだろう。オレは未だにそういうのに慣れていないから言われると赤面して目を逸らしがちになるんだがな……。


「ふふっ、かわいい」

「可愛くないっての」


 名古屋までの道のりは和気藹々と進んでいった。名古屋駅のホームに降り立つと、懐かしい光景が広がってくる。デカデカと見える家電量販店の壁とかは名古屋だなぁって気分にさせてくれるのがいい。


 キャリーバッグを引きながら改札を出ると、そこにはオレの両親が待ち構えていた。来なくていいって言ったんだけどなぁ。オレの父さんは今も若々しく、最近ではボクシングジムに通っているという。気前のいいお兄さんみたいな見た目は小さい頃から変わってないんじゃないか?


 一方の母さんは、いかにも主婦といった風貌である。かといっておばさんと呼ばれるような老け方はしておらず、同年代で比較すれば誇れる母だ。


「おかえり颯馬! 来望ちゃん!」

「ただいま父さん。ちゃんと来望も連れてきたよ」


 父さんは来望のほうを見ると、からっとした笑顔で挨拶をした。

 

「久しぶりだね来望ちゃん。あっちでも颯馬は元気にしてるか?」

「うん。颯馬の料理、すごくおいしい」

「そうかそうか! 来望ちゃんみたいな子が颯馬のお嫁さんになってくれたら最高なんだけどなぁ!」

「涼馬さん……?」


 母さんが父さんの名前を威圧感たっぷりに呼んで釘を刺すが、来望の表情が明らかに変わっている。あんな恥ずかしがってる来望の姿は珍しい。オレの手を握る力も心なしか強くなっているような気がするし。


「んじゃとっとと行くぞ。来望ちゃんのご両親もお待ちかねだ」


 駅前の駐車場に止めてあった車でオレ達は実家へと向かう。車内でも父さんは来望にいろいろ聞いてきて、度が過ぎそうになったところを母さんが諫めるというコンボが続いていた。こういうところで話す話題ではないと思うのだが、今が好機だったりしないだろうか? オレは意を決して口を開いた。


「父さん、話があるんだ」

「おっ、なんだなんだ?」

「オレ、来望と結婚する。大学卒業してからだけどさ」

「……だろうねぇ」


 ちょうど信号待ちになったところで車が止まる。バックミラー越しに映る父さんの顔は、どこか悲しそうに見えたが、そこには喜びも見え隠れしていた。


「来望ちゃん」

「はい」

「プロポーズはしてもらったか?」

「私からしました」

「はははっ! ったく、そういうのは女の子にさせちゃダメだろ颯馬!」


 ちゃんと段階踏んでたらオレからプロポーズしてたから! アレはオレも突然すぎてびっくりしたんだよ! と叫びたくなる気持ちをぐっと抑える。


「まぁそれも颯馬らしいわな。女々しいところもまた颯馬だ。来望ちゃんはそういうとこぜーんぶひっくるめて好きになったんだろ?」

「はい」

「ならオレから言うことはなんもねぇ。ママからはなんかあるか?」


 車が動き出す。母さんは父さんが話している間ずっと黙っていたが、そっと口を開いた。


「結婚するってことはお互いの良いとこだけじゃなくて、悪いとこも受け入れないといけないわ。涼馬さんが競馬好きなことだって結婚してから知ったのよ?」

「颯馬も競馬好き」

「まぁお父さんに似てるものね。似てるからこそきっと私がどうこう言っても聞いてくれないと思うわ」

「母さん……」

「アンタは私の大切な人の息子なのよ。もっとしゃんと胸を張って、来望ちゃんを守るんだって気概くらいは見せなさい」


 それは母さんなりのオレへの激励だ。そうだ、オレは来望を守らなくちゃいけない。燻っていた心の中の炎が再点火する。この時点でオレの決意は既に固まった。


「来望ちゃん、頼りないと思うけどうちの颯馬をどうかよろしくね」

「はい。あと、颯馬は頼りがいがあります」


 父さんと母さんが笑い合う。一体どんな気持ちを含んだ笑いかたなのだろうか。それを推し量ることは野暮だと思い、オレはもう一度前を向き直す。


「この話、来望ちゃんのご両親にもするんだろ?」

「うん、その為に帰ってきた」

「颯馬なら大丈夫だ。思いの丈をガツンと言ってこい」


 車が止まる。既にオレ達は実家に到着していた。一旦オレの荷物を自分の部屋へと戻すと、ふと1枚の写真が目に入ってきた。


「……ったく、こんな写真置きっぱなしにするなよな」


 大学へ行くために東京へ行ったその時から止まったかのような部屋。少し埃っぽい部分もあるが、ある写真立てだけは念入りに清掃されていた。それは高校の時にオレがミスコンで優勝したときの写真だ。アニメのキャラクターであるメイドに扮して出た挙げ句、よく分からないままにセリフを言わされてそのまま優勝してしまったことは今でもよく覚えている。あの後なぜか男女問わずラブレターを送られまくったんだよな……。


 この写真はその格好をしたオレと、スーツ姿の来望のツーショットだ。トロフィーを持って恥ずかしそうに笑うオレと、普段見せないような笑顔で画面に映る来望。事の顛末はともかくとして、写真の出来自体はとても良いので飾っていたのだが……この清掃具合を見ると両親も気に入ってないか?


「ったく、これだけ見たら主人と従者だな」


 無駄にキメキメなスーツ姿な来望は西洋の男装麗人みたいに見えて高貴さすら感じられる。これだけ見たらオレが守られる側にしか見えないな……。


 でも、現実は違う。オレが来望を守らないといけない。来望を幸せにしないといけない。オレ自身の選択がオレと、来望の未来を決定するのだ。それは馬券を買うことなんかよりもずっと、ずっと重い人生の選択だ。果てない選択の果てに今がある。だからオレは……!


「……行くか」


 部屋を出るオレの頭からは迷いなどとうに消え去っていた。

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