Race4. 未来視の代償
「颯馬、どうしたの?」
来望はなんでもないと言わんばかりにオムライスを口に運んでいる。まるでオレが感じた違和感など存在しないと言わんばかりだが、ここで追及を止めるわけにはいかない。見た目だけは来望そっくりだが、まるで中に入っている人間が別物であるかのように思える。
「普段の来望なら感情を前面に出す喜び方はしない」
「……デミグラスのやつ久しぶりだから」
「そうだな、大体3ヶ月ぶりだし
来望がしまったという顔を見せる。そう、オレがデミグラスソースをかけるタイプのオムライスを作るのは半年に一度。本来の来望であれば、それが『久しぶり』だということにはならない。3ヶ月に1度のごちそう、それを理解しているからこそ来望は今日デミグラスのオムライスを提案したし、それをオレも受理した。
だが今日の来望はそれがまるで何年も前に食べた味かのような反応を見せた。いつからこうなっているかは分からないが、少なくとも今の来望がオレが知っている来望ではないということだけは確信を持って言えるんだ。
「ふふっ……颯馬、すごいね」
「話はオムライス食ってからでいいぞ」
「……やさしい」
来望の顔が少しだけ穏やかになった。来望好みのオムライスだもんな。冷めたら美味しくないだろうし、オレとしても美味しい時に食べてほしい。ひとまず休戦だ。オレ達はオムライスを食べ進めていく。自分で言うのもなんだけど美味しいなこれ。昔は卵の加減とかを調整するのが大変だったが手癖になればこんなものか。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした、じゃあ話を聞かせてもらおうか?」
「うん、ちゃんと話す」
食器を片付け、ざっと洗ってから改めて来望の正面に向き合う。眼帯は既に取られており、マリンブルーの瞳は両方とも真っ赤に染まっている。その様は戦闘もののアニメとかでよくある洗脳されたヒロインみたいで根源的な恐怖を感じた。
「私は来望であって来望じゃない」
「……ん?」
「今は来望の身体を間借りしている。その報酬として未来視を与えた」
「いやいやいきなりぶっ飛びすぎでしょ」
おそらく今オレは来望の身体を乗っ取っている存在との対話をしているのだろうが、口調がどことなく来望に似ているせいでどうも他人に見えないぞこれ。しかし何となく言いたいことは分かる。というか『未来が見える』なんて力、神様か超能力者かってならないと信じられないしな。
「そもそも貴女は誰です?」
「……颯馬の世界の言い方なら神様」
「へぇ……随分と変わった神様で」
「私と来望は気質が似ている。だから引き合った」
気質か。しゃべり方だけなら確かに似ている。その神様の見た目は知らないが、仮に存在するとするなら来望みたいな見た目だったりするのか? 来望は女神みたいなもんだから実は神様でしたって言われてもすんなり受け入れられそうだぞ?
「来望は私の依り代となり神へと昇華されるはずだった」
「さらっとやばいこと言ったよね今」
「でもそれは為されなかった。颯馬、あなたのせい」
来望が何らかの理由で神様に憑依された上、神様にさせられるというとばっちりを受けるはずが、オレのせいでそれが阻止されてしまったという。満を持して言わせてもらうぞ、オレなんかやっちゃいました? オレがいつ神様に対して反旗を翻したよ? 全く思い当たる節がないぞ。
「全く心当たりがないのですが」
「神への供物をつまみ食いした、キスして、ベッドに押し倒して、その後」
「あーそういう!?」
その後の行為の詳細を語られるわけにはいかないので無理やり止める。つまりは神様に純潔な来望を捧げようとしたがオレがやることやっちゃったせいでおじゃんになったと。
「……すいません」
「颯馬が謝ることじゃない。依り代を選んだ私が間違いだった。普通ならすぐ終わるのにメチャクチャ抵抗された挙げ句右目で妥協させられた」
「いや来望も何してんの?」
「未来視も競馬にしか使ってない、見た目に反してワイルドすぎ」
来望の中の神様もたじたじといった感じだ。来望はああ見えても割と振り回すところがあるからな。オレに女装させたのとかもいい例だ。
「でもやっと力が戻ってきた。だからこうして颯馬と話すことができる」
それが左目に侵食した灼眼の真相か。……にしてもこの神様さっきからオレのことを馴れ馴れしく颯馬って呼んでくるな? 神様サイドが来望に引っ張られてないか?
「3月が終わる頃には来望のすべてを乗っ取ることができる。そうなれば私は現人神として降臨することができるから」
「降臨して何する気なんですかね」
「私の求心力を取り戻す」
神様曰く、競馬に特化した未来視の力で資金を集め、それで自分を信仰する宗教団体を支援するという。……この神様敵にしても味方にしてもろくなことにならねぇぞ?
「でも、私は颯馬と来望のすべてを見てきた。過去、現在、そして
「……へぇ?」
「だから颯馬。颯馬にはどちらかを選ぶ権利がある。依り代が全てを捧げたいと願ったのは誰とも知らない神様じゃなくて貴方自身なのだから」
意外と話がわかるなこの神様。こんな人のいい神様を崇め奉れるならもう少し信者も増えていいんじゃないか?
「ひとつ。来望が完全に私の依り代になる。当然来望としての自我は消滅するが、私が完全なる『設楽来望』として颯馬に永遠の愛を誓おう。周囲の違和感はほとんど無いと言っていい」
「……もう一つは?」
「私は完全に来望の中から消滅する。来望は来望として自身を取り戻すだろう。ただし、私が憑依してからの記憶……特に私の力を使ったことに関与する記憶は来望の中から全て
「……その中から選べっていうのか」
「……ごめん。私にはこの選択肢か取れないの」
前者は来望に限りなく近いそっくりさんになるというもの。口ぶりから察するに、どこかのタイミングでこっそり入れ替わっていたことがあるのかもしれない。今の口ぶりも来望が話しているようにしか聞こえない。こいつはオレ達の過去、現在、未来を見ているといった。だから完璧に来望に成り代わることができるのだろう。
後者は元の来望に戻るというものだ。ただし、来望の能力に関与する記憶が消えるというもの。来望の誕生日から今日まで、いろんなことがあった。そのほぼ全てが競馬に関することで、それはそのまま能力に直結する。その全てを失うということをオレは看過できない。
「……期限は?」
「3月が終わるまででいいよ。すぐに考えられることじゃないと思うから」
「ああ……そうだな」
「答えが決まったら『未来を決める覚悟が決まった』って私の前で言って。それまでこの身体は来望のものだから」
そう言い残すと、来望の左目がマリンブルーのそれに戻っていった。そしてふらっと崩れ落ちそうになる来望の身体をオレがそっと支えてやる。ベッドに戻してやると、オレは突きつけられた二択の前に苦悩するほかなかった。
競馬に関する記憶の消失。これまでのオレならば躊躇いなく選んだ選択肢を今のオレにはどうしても選べない。でもそれは来望の消失を意味する。そしてこれが来望の狂言であるとも思えない。
それからオレの頭の中ではどちらを取るべきかと、無限回廊を彷徨うかのような自己問答を繰り返していた。
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