Race3. ふわふわオムライス
「お待たせ来望!」
「ふふっ、お疲れ颯馬」
「……なんで笑ってるんだ?」
来望から今いるカフェの場所を教えられると、オレはすぐにそこへと向かった。来望の姿を見つけると、来望はすぐにぱっと目を輝かせるが、なぜか微笑を浮かべていた。
「さっきまで絵愛さんと話してたこと思い出してた」
「何話してたんだ……」
「ナイショ」
女子同士の会話だしな。男のオレが土足で踏み込んではいけない領域というのも当然存在するだろう。
「颯馬はどうしたの?」
「悠里さんが急に用事ができたって」
「絵愛さん絡み?」
「多分」
ここで絵愛の名前が出るってことはおそらく絵愛と悠里さんが付き合っていることを来望も知っている。というかこのタイミングでこういう形で二人きりになるということそのものに何か意図したものを感じられるし。
「そういや来望、名古屋に帰るって話なんだけどいつにする?」
「いつでもいい、颯馬に任せる」
「なら明日にでもってなるんだけど」
「いいよ。お土産買っていかなくちゃね」
帰りに新幹線のチケットとオムライスの材料を買う。脳内メモに追加だ。しかしまだ時間が結構あるな。時計はもうすぐ15時という頃だ。今から帰ってもいいが少し暇を潰したい。
「来望、どっか行きたいとこある?」
「ん……あっ、あそこがいいかも」
カフェのお会計を済ませてオレ達が向かったのはゲームセンターだ。来望からゲーセンに行こうと提案されるのは先のプリクラ以来だ。あのプリクラは結局オレの待ち受けになっている。何だかんだ言ってあの時のオレの姿はオレ自身もかなり気に入っているものがあるからな。
「これ」
「メダル式の競馬ゲー?」
「やってみたい」
アレ意外とお金食うんだよなぁ。それに競馬ゲーなら据え置きのやつのほうがオレは好きなんだけど……まぁ馬券を買うシミュレーションって意味ではこっちに軍配が上がるよな。
1000円分のメダルを買ってきて来望に渡す。来望は既に席に座っていて、画面を注視していた。そして適当にポチポチとタッチして馬券を買っていく。あの未来視がゲームの競馬に適用されるかどうかは分からないが、来望の買い方は現実の買い方に似ていた。
レースが始まると、来望の馬券は大当たり。メダルがドバドバ出てきてこの時点で1000円分以上の価値があるんじゃないか? その後も適当に押した馬券が当たっていき、メダルがどんどんと増えていく。……もしかして未来視発動してる?
「……?」
「来望?」
「颯馬、私の目どうなってる?」
どうやら来望も自分の身に起きていることに違和感を覚えているらしい。来望は今日も眼帯をしている。眼帯をしているということは当然未来視を発動しないようにしているはずなのだ、
「……赤い」
「……やっぱり」
来望は自撮りするように自分の目を確認する。あの終焉の焔を象徴させるような真紅の瞳は右目に飽き足らず左目にまで侵食を開始していた。ついさっきまではその目はマリンブルーに染まっていたはずなのに、まるで赤潮でも起きたかのようだ。
オレはとりあえずこのメダルを預けると、来望を早いところこの場から引き剥がすべくゲーセンを後にした。来望は少しだけ呼吸が速くなっているようで、その表情には苦しさが混じっているようにすら思える。
「来望、無理しないでくれ」
「……大丈夫。ちょっと頭がパンクしそうになってた。片目なら大丈夫だけど……両目はつらい」
何かしらの競馬に関する情報を見てしまうとその情報の未来が見えてしまう。来望曰くそれは『現実に未来が侵食する』といった感じで、脳内で情報を処理するときに結構なエネルギーを要するという。
さすがにこれ以上無理はさせられないので、オレ達はすぐに自分の家へと帰ることにした。電車に揺られている間来望は寝ていたが、その寝顔は苦しそうで見るに堪えない。
来望の部屋に着くと、そのまま来望をベッドに寝かせる。念のため100均で買っておいたアイマスクをつけてやると、来望はすやすやと寝息を立てて寝始めた。そっと布団をかけてあげると、表情も少し穏やかになったようでオレも安堵する。
そして寝ている間にオムライスの準備をするべく買い物へ向かうが、それでも来望のことが心配だ。来望の未来視。余りにも強烈な力には代償が伴うのは当たり前のことなのかもしれない。それでもこれまで右目を隠せばなんとかなっていたものが今になってこうなるなんてという思いがふつふつと湧き上がる。
「一番苦しいのは来望だよな」
本人が望んだか望んでいないかは分からないが、今の来望は苦しそうだということだけは分かる。この状態で実家に帰って大丈夫なのかと一抹の不安が湧くが、こういう時こそ来望のご両親に頼るのも悪くない選択だと思う。
来望の部屋に戻り、キッチンを借りる形でオムライスを作る準備をしておく。熱があるわけではないし、食べにくい料理ではないからオムライスを作ることに問題は無いと思う。それに、こういう時こそ来望の好きなものを食べさせてやりたい。
まずはチキンライスを予め作っておく。来望は鶏もも肉多めでコーンがたくさん入ったチキンライスが好きだ。ベジタブルミックスのコーンでは足りないのでさらにコーンを投入。こういう作業も慣れたものだ。デミグラスソースは市販のソース缶を温めておいて。これで下準備が完了だ。
オムライス、それも来望が大好きな半熟オムライスの肝はオムレツだ。スプーンで切れ込みを入れて展開するタイプのオムライスは通常の固いオムライスよりも作るのが難しい。高校の時に必死に練習したときは1ヶ月オムライス生活みたいなこともあったな、懐かしい。
これに関しては時間との勝負だ。卵液の周囲が固まった瞬間にそれで一気に包み込む。手早く、正確に行う必要のあるプロの技だ。菜箸とヘラを活用しつつ一気に仕上げていく。そして予め円形に盛っておいたチキンライスの上に乗っければ完成だ。
「ん……颯馬?」
「おはよう来望」
「あ、オムライス……」
「食べたいって言ってただろ?」
ちょうど二人分のオムライスの準備が終わったときに来望がオレに抱きつくように起き上がってきた。机の上に置かれたオムライスを見ると目の輝きが徐々に戻っていき、ふらふらとオムライスのほうへと歩いていった。
「颯馬、切っていい?」
「いいぞ」
「ふふっ」
子供みたいな笑顔を浮かべながら来望が半熟オムライスの画竜点睛を行う。スプーンでさっと切ってそれを開く。その瞬間の来望の顔を見るのと一口目を食べるときの来望の表情を見るためにこのオムライスを作っているのだ。
「きれい」
「ソース掛けるぞ」
濃厚な香りが部屋に漂う。市販のソースではあるものの、今日はちょっと高級めなやつを選んできたんだ。当然香りとか味とかも違うものがある……はず。
「颯馬っ、食べていい!?」
「……? いいぞ」
「いただきまーす!」
茶色にコーティングされた卵の城にスプーンを入れる来望。目の色こそ赤色に変わってしまっているものの、その無邪気さは来望らしさを感じ……ない。
「おいしーい!」
「作ってよかったよ」
大きく口を開けてオムライスを食べ、恍惚の表情を浮かべる。そんな表情を浮かべられると確かに作ってよかったと思う。でも、それは『オレが知っている来望』ではない。
来望はこんな誇張的な感情表現をしないんだ。美味しくても少し顔がほころぶだけだし、美味しいという言い方も普段のものと変わらない。それでもそのわずかな所作の中に感じるオレの料理への敬意、それをオレはずっと感じ取ってきたし、来望もそれでいいと思ってくれていたはずだ。
そんな来望とずっと一緒だったから、オレは来望の違和感に気付くことができた。だからオレは確かめないといけない。そんな使命感に駆られていた。
「来望」
「……?」
「お前は……誰だ?」
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