Race2. 交換デート!?(来望の場合)

「歌姫が舞い降りましたわ」

「……? 絵愛さんも上手」

「町内会レベルと世界レベルの上手は意味が違いますわ!」


 私と絵愛さんはカラオケに来ている。長い時間歌い続けるのは疲れるから2時間くらいしか取っていないが、絵愛さんが既に疲れているような素振りを見せている。


「来望さんの歌声ならお金取れますわよ」

「……そんなに?」

「そんなにですわ」


 絵愛さんが言うのだから多分そうなんだと思う。絵愛さんはお金持ちだからそういうすごい歌声を聞く機会なんてたくさんあったはず。そんな絵愛さんがすごいって言うことはきっとすごいのだ。歌手デビュー……というのは買い被りすぎだと思うけど、歌ってみた的な動画を出してみるのは一考の余地がありそうだ。


「そういえば来望さんに伝えておきたいことがありますわ」


 一旦絵愛さんが曲を止めて私に話をしてきた。口調から大事な話であると感じたので、私もしっかりとした覚悟をもって聞くことにした。

 

「なに?」

「長岡悠里って居たでしょう、あのいけ好かない男装女ですわ」

「ユーリがどうしたの?」

「その……わたくし、アイツとお付き合いすることになりましたわ」


 言葉に困る。断片的にしか見ていないが、ユーリとの雰囲気としては普通の友達とか部員同士とかそういうものじゃないことは理解していた。それでも付き合い始めたと聞くとちょっとビックリする。


「……おめでとう、でいいのかな? ちょっと意外かも」

「わたくし自身もそう思っていますわ。まさかあんな奴と付き合うことになるなんて」

「……好きなんだよね?」

「……そうですわね! 不本意ですけど!」


 絵愛さんは赤面してちょっとヤケになりながらそう言い切った。ちょっと可愛い。


「ユーリのどういうところが好きなの?」

「アイツ、ああ見えてもとっても優しいのですわ。サークルが分裂しているというのにアイツは毎週のようにわたくしを競馬に誘って来やがりますし!」

「うん、ユーリは優しい」


 悠里さんの優しさは私もよく知っている。他の人の幸せこそが自分の幸せに直結していそうな、そういう考え方をしている人なのだと思う。だからこそ絵愛さんみたいなタイプの人には魅力的に映るのだろう。


「後はそうですわね……見た目がすごいですわ」

「……絵愛さんもね」

「これはわたくしの正装ですわ! アイツと一緒にしないでくださいな!」


 私が颯馬に着せたような服を常用しているのはそれはそれで勇気が要ると思う。まぁ男装で思いっきりキメられるユーリもなかなかだけど。


「絵愛さん、ユーリのこと名前で呼ばないの?」

「うぐっ、それはその……名前で呼ぶのは結婚してからと心に決めてますの」

「それはよくない、ユーリカッコいいから……絵愛さん以外の人に取られちゃう」


 絵愛さんが困惑した表情で私を見てくる。……なるほどね。ユーリが絵愛さんのこと好きになる理由が分かる気がする。お世話のしがいがあるのだ。小動物的なかわいさと言っていい。


「……はぁ、本当に来望さんのような正直さが羨ましく思えますわね」

「正直になるの、難しい?」

「なんというかアイツ……いや悠里でしたわね、悠里。悠里の前だとどうしても気を張ってしまいますわ。ちゃんとした自分でないと、と虚勢を張ってしまう」

「もしかしてだけど。絵愛さんって意外と甘えん坊?」


 絵愛さんがギョッとした表情になる。図星……というか感情が表情によく出てきて面白い。ババ抜きとかすごい弱そう。でもその気持ちは分かるかもしれない。令嬢としての生活は当然家柄のことも関わるからしっかりとした目で見られたいという気持ちも分かる。故に誰かに甘えることに慣れていないのだろう。


「そう……ですわね、きっとそうなのかもしれませんわ」

「ならユーリに甘えてみたら?」

「……ユーリは迷惑だと思わないでしょうか?」

「そうじゃなかったら恋人にならない」


 絵愛さんに活気が戻っていく。心の中のつっかえが取れたようで、晴れやかな表情を見せていた。


「ありがとうございます来望さん。貴女が友達で本当によかった」

「そう? それはうれしい」

「さて、わたくしも何か歌いましょうか」


 その後に絵愛さんが歌った曲はガチガチのラブソングだった。感情が乗った歌声は聞く人を圧倒させるものがある。……絵愛さんも普通に上手だと思うんだけどな。


 私たちはカラオケを存分に楽しむと、近場のカフェで休憩をとることにした。そこでも女の子同士の会話が弾む。


「前々から気になっていたのですがなぜ颯馬さんに女装をさせようと思ったのですか?」

「颯馬、見た目が可愛いからよく女の子に間違われる」

「確かにサークルでもそんなところがありましたわね。そうでなければ悪ノリでも女装させようとは思いませんわ」

「高校時代は凄かった、文化祭でメイドさんしたんだけど……見る?」

「当然見ますわ」


 私はスマホからメイド姿の颯馬の写真を探してそれを表示する。のぞき込むような形で絵愛さんがそれを見ると、顔色がさっと引くのが目に留まった。


「いや……女の子ですわね」

「でしょ」

「女子よりも女子ですわ」

「翌年はミスコンに出たんだけど女子を抜いて颯馬が優勝した。見る?」

 

 絵愛さんがものすごい勢いで首を縦に振るので、私は承諾とみなしてその時の写真を見せる。この時はアニメのキャラクターになりきるような形にしたのだがそのハマり具合がなかなか殺人的だった。


「これアレですわね、ゼロから始めるなんとかって作品のメイドですわよね?」

「うん。アピールタイムで原作にあったセリフを言ってた。……すごく可愛かった」


 恥ずかしがって赤面してるところとか、ちょっと噛んでるところとかがヤバいってことで男子からの票がほぼほぼ全部颯馬に流れてしまったのだ。


「こういう衣装って来望さんが用意しましたの?」

「ううん、クラスの人が用意してた。それ見て羨ましいなって」

「だからあんな服が出てきたんですのね」

「あれは颯馬専用。もう一つ甘ロリなのもある」

「……見てみたいと思うわたくしが居ますわ」

「その時は4人でダブルデート」


 性別の概念がメチャクチャになりそうなデートだ。ユーリが男装しなければただの女子会だし、ユーリが男装したらそれこそ意味が分からない状況になる。それはそれで楽しそうだと私は思うけど。


 そうやって会話が弾む中、私のスマホが震える。確認すると、颯馬からのメッセージだ。

 

「颯馬、こっちに来たいって」

「ってことは……アイツ元からそういう目的でしたわね」


 何か諦めたような形で絵愛さんがスマホを見ている。またユーリが何かやらかしたのだろう。絵愛さんは振り回されっぱなしということになるが、絵愛さん自身はそこに甘んじることに対して大きな不満を感じていないように思える。


「わたくし悠里を迎えに行かないといけませんわ」

「うん、じゃあここでお別れ」

「来望さん、短い間でしたけどありがとうございました」

「うん、とても楽しかったよ。あと、ユーリのこと幸せにしてあげてね?」

「来望さんも、ですわよ?」


 二人して笑い合う。かたや女の子っぽい男の子、かたや男の子っぽい女の子。それぞれが想い合う相手に似通う点があるというのは私たちが友達になれたのも当然だなと感じられる。


 絵愛さんは軽い足取りでカフェを後にする。私は颯馬に今居る場所を伝えると、颯馬からすぐに行くと音速で返信が飛んできた。そういうところはマメだなぁといつも思う。


 こうやって颯馬を待つわずかな時間すら待ち遠しい。そう思えるくらいに私は颯馬のことが好きなんだ。そんな感情を再確認すると、ちょっとだけ頬の周りに熱を感じられた。


「次は女装させよう」


 次は颯馬にあの甘ロリ衣装を着せてここに来ようと心に決めた。

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