Race12. 銀白色のお姫様は階段を駆け上がる
あの日、颯馬を見た私は絵愛にそのまま引っ張られてしまったので話すことができなかった。そしてそのまま絵愛さんに連れられて絵愛さんの家に泊まることになってしまう。こういう女の子同士でのお泊まりはいつ以来だろうか?
「明日は忙しくなりますわよ」
「そうだね」
「そして必ず颯馬さんは見に来ますわ。このことは内緒にしておいておきましょう」
「うん、颯馬のこと驚かせたい」
この姿は既に颯馬の前で見せてしまっているのだが。あの後颯馬がどうなっているか不安ではあるものの、きっと大丈夫だ。あの時と違って颯馬と私はもっと深いところで繋がっているから。だから大丈夫。
そして翌日。レースはつつがなく進行し、いよいよパドックという時。私は絵愛のお母さん達と一緒にその時を待っていた。パドックの真ん中にある芝生の上で立ちながら颯馬の姿を探す。
パドックには電光掲示板があり、右目が解放されている状態でそれを見てしまうと、当然全ての情報が私の中に入ってきてしまう。だから電光掲示板を背にしているし、きっと颯馬もそれを理解している。
徐々に人が増えていく。それだけこのレースに期待する人が多いということであり、颯馬を探すのも手短に行う必要がある。私は颯馬との記憶を辿る。
颯馬は指定席を利用している可能性が高い。G1だと取るのが難しそうではあるが、颯馬ならそうするだろうという確信じみたものがあった。そしてその場所はスタンドの左側。だから……!
「……!」
「アイツ、うまくやったみたいね」
電光掲示板を背にして向かって左側。その最前列に颯馬が陣取っていた。オレがここにいるんだと静かな主張をしながら私の姿を探している。
そして私と颯馬の目が合う。その一瞬でお互いが繋がり合ったような、そんな感動を共有していた。颯馬に向かって軽く手を振ると、颯馬は今にも感極まって泣き出しそうな表情になっている。そんな颯馬を見るのが嬉しくて、颯馬に向かって届かないだろうメッセージを送った。
「颯馬、きれい?」
颯馬が泣き出した。どうやら届いてしまったようで、こちらの方が逆に混乱してしまう。
「その笑顔は反則ですわ」
絵愛がそんなことを呟いていた。絵愛のお母さんは調教師の人や騎手の人と話しているようで、私たちがその近くで回りを見渡している構図だ。そしてその話が終わったようで、こちらに戻ってくる。その時にレース関係者の人も一緒にやってきた。
私は頑張って走ってほしいとだけ伝えると、騎手の人や調教師の人ははにかみながら笑っていた。人気的にはそこまでだが、勝つという闘志は失われてなどいなかった。
その結果は見事な2着。人気を考えればこれでも上々のレースだと思う。こうして大役を果たした私は、颯馬たちと再会を果たすのだった。
◆
リムジンが到着したのは高級そうなレストランだった。オレが先に降りて、来望の手を取って車から降ろす。オレがスーツの一つでも着ていれば様になったと思うのだが……まぁ来望はとても満足そうな表情をしているしいいんだけどさ。
「わたくしのお母様が颯馬さんと悠里にもお礼がしたいとのことですわ。気にせずにどうぞ」
「こういう店ってドレスコードとか大丈夫なんすか?」
「今日は貸し切りですわ」
わーセレブだ。住んでる世界が違うって感じだな。しかしドレス姿の来望を連れて歩いていると本当に異次元といった感じだ。実は全部夢だったりしないよな?
店の中に入ると既に絵愛のお母さんと思しき人物が待っている。後から絵愛に聞いた話だが、お父さんはこの日京都に行っているという。まぁ馬主だもんな。
「わたくし絵愛の母ですわ。今日はわたくしの馬を応援してくださりありがとうございます」
「いえとんでもない! それよりも来望がご迷惑をお掛けしていないか」
「そんなことはありませんわ。来望ちゃんの姿は間違いなくパドックで目立っていましたし、何よりも幸運を運んでくれたと認識していますわ」
こうして世間話をしていく中でコース料理が始まり、どんどんと料理が運ばれてくる。シェフがその料理の説明をしてくれるものの、とても高級であるということしか分からない。口に運ぶと、確かに美味しい。美味しいのだが……なんというか食べてて罪悪感があるな。
「颯馬、これ美味しい」
「そうだな」
「でも颯馬のオムライスが一番」
そういうことをここで言うのはこっぱずかしいからやめてほしい。
「颯馬さんって料理もできますのね」
「まぁ……男の自炊なんで大したものじゃないです」
「本当は絵愛と結婚して欲しかったのだけど」
突然の爆弾発言だな! 一体絵愛はオレのことをどう吹聴していたんだ!?
「冗談ですわ。颯馬さんは来望さんのことを大事に思っていらっしゃるのですね」
「そうですね。来望は大事な幼馴染で……オレの彼女なんで」
こういうことを面と向かって言うのは恥ずかしいな。来望も赤面して俯いてるし。絵愛や悠里さんはオレのことを冷やかすような目線で見ている。この人らも仲いいな!?
「お待たせ致しました。メインディッシュのサーロインステーキになります。焼き加減はどうなさいますか?」
「お任せ致しますわ」
「ミディアムで。悠里もそれでいいですわね?」
「お嬢様のお望みのままに」
ステーキの焼き加減とか全くわからん。一番美味しい食べ方はシェフが一番知っているだろう。それならば選択肢は一つだけ。
「オレもお任せします」
「レア?」
来望はレアを選択した。生な感じのが好きなんだろうな。家でステーキを焼くときが来るかもしれないからしっかり記憶しておこう。
「颯馬ちゃん3月はどうするつもり?」
「来望と一緒に実家に帰ります。来週中山行ってからそのまま帰宅って感じですかね」
「なるほどねー、じゃあそこまでのどっかで日にち空けてくれないかな?」
「まぁ構いませんが」
「了解。詳しいことは後でLINEするわ」
ステーキが焼けるまでの間、悠里さんがオレに約束を取り付けてきた。
「私もついていっていい?」
「んー……設楽さんはついていかない方がいいかも。サークルの話とかがあるからね」
「わかった」
意外とすんなり引き下がるが、引き下がったタイミングで今度は絵愛が話を振る。
「ならその日はわたくしとお出かけ致しましょう」
「絵愛さんのこと好きだからいいよ」
「……颯馬さんが惚れる理由も分かりますし来望さんに勝てるビジョンが見えませんわ」
なんか納得されてるし勝手に引き下がってる。来望の魅力を分かって貰えることはいいのだがこうも分かって貰えると逆にビビるな。
肉の焼ける音が響く。目の前で切って焼かれるステーキって医者モノのドラマくらいでしか見たことがないからすごく新鮮だ。結婚したら二次会はここでやるのもありだな……
楽しい時間は過ぎていき、いよいよお開きだ。絵愛のリムジンで家まで送ってもらうと、オレ達は住み慣れた普通のアパートへと帰ってきた。
「魔法にかかったみたいだったな」
「でもこれは魔法じゃない」
ドレスの裾を摘まみながら階段を上がる姿は高貴なお姫様のそれである。このドレスも記念にくれるというのだから太っ腹だ。
「颯馬」
「どうしたら、む……!」
オレの部屋の前、そこでオレは来望から唇を奪われた。キスなんて何回もしているというのに。やっと来望とのキスにも慣れてきたんじゃないかと思っていたのに。そのキスは今までのキス以上に不思議な気分にさせられるものだった。
「私の王子様は颯馬だけだから」
「っ……そういうのは反則だって」
「じゃあ……また明日ね?」
「あ、ああ……」
まるで魂が抜けたかのように部屋へと入りベッドへと墜落する。
「(めっちゃ大人じゃん……)」
その日の夜は来望のあのいたずらな表情が永遠に反芻していた。なんなら夢にも出てきた。来望の変化に感嘆しつつ、設楽来望という少女のあまりにも深いポテンシャルに彼氏であるはずの自分自身が一番驚いている。
絶対に来望のことを手放したくない。その意志を固めるべくオレは行動を始めることにした。
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