Race11. 銀白色の少女はなぜ鉄黒の女帝に立ち向かうのか

 それは颯馬とプリクラを撮った日まで遡る。颯馬を可愛い女の子へと変貌させたとき、私は絵愛さんの表情に違和感を覚えていた。むしろ絵愛さんの行動そのものに対する違和感だ。私としては絵愛さんが来たことにかこつけて颯馬を女装させたかっただけなんだけど。


 でも、あの表情は颯馬に何かしらの感情を抱いているものだった。でもその感情は私にとって敵対するものでなく、憐憫を感じさせるものだった。いつも一緒に遊んでいる友達を取られたからイタズラしにきたみたいな、そういう子供じみた感情。だから私は1つの提案をすることにしたのだ。


 そのためにゲームセンターへと向かい、先に颯馬に私と絵愛さんとでプリクラを撮った後に私と絵愛さんが一緒に入る流れを作る。颯馬は女装しているから、過度な干渉をしてこなかったのもプラス要素だった。突然私に連れられる形でプリクラの機械へ連れて行かれた絵愛さんは文句を言う。


「……ちょっと貴女!」

「……?」

「首を傾げないの! わたくしにこんなことをさせて一体何の目的ですの!?」


 何が目的。私はただ絵愛さんの感情を知りたいだけだった。でもその感情の向かう先というのは1つしか浮かばなくて。


「絵愛さんと友達になりたいから」


 私はそう口走っていた。当然絵愛さんは驚愕といった表情で私を見ている。


「貴女正気ですの!? わたくしは貴女から颯馬さんを取ろうと」

「知ってる。でも、絵愛さんはそれだけじゃないと思うから」


 右目を覆っていた眼帯を外す。ルビーみたいな煌めきを放つ灼眼を絵愛に向けるが、そこに未来は見えない。私の目は本当に競馬に関する未来しか見えないようだ。一方の絵愛さんもその目の色を確認すると、驚愕の余り声すら出なくなっている。そんな空気をつんざくように私は声を出す。


「早く撮ろ?」

「そっ、そうですわね」


 絵愛さんも気を持ち直したようで、その後は普通にプリクラを撮った。颯馬と撮ったときは眼帯をつけたままだけどこういう撮り方も悪くないと思いつつ、プリントアウトを待っている。少しだけ絵愛さんの緊張もほぐれてきたように感じるので、絵愛さんに私の右目の真実を教えることにした。絵愛さんならば秘密を教える意味というのを理解してくれるだろうという期待が大きかったのかもしれない。


「絵愛さんになら私の秘密、教えられる」

「……秘密?」

「私の右目には未来が映る。特に『競馬』に関する事象はハッキリと」

「……!」


 絵愛さんは競馬サークルに入るほどの競馬ファンだと颯馬から聞いている。だから私の右目の価値というものを十二分に把握しているはずだ。


「その上で、絵愛さん。私と競馬勝負をしてほしい」

「つまりわたくしに負ける勝負をしろと?」

「そんなつもりはないよ?」


 私は眼帯で右目を塞ぐ。灼眼は可愛らしいピンクの布に覆われ、その目がどのようなものであるかを知ることは難しい。


「これなら何も見えない」

「……なんでわたくしなんですの? 貴女には……もう一緒になるべき人がいらっしゃるではありませんか」

「絵愛さん、ユーリと一緒にいるとき楽しそうだった」


 ユーリの一計で颯馬とより仲を深めた日。その日に私はちょうどユーリと絵愛さんが一緒に歩いているところを見ていた。後ろ姿しか見えなかったけど、ユーリと一緒にいる絵愛さんはとても楽しそうに見えて。でも今日絵愛さんに初めて会ったとき、どこか余裕のなさそうな表情を見せていたのが気になった。


「私が好きな人は颯馬だけ。でも、友達は何人いてもいい」

「……そうですわね。わたくしが友達と呼べるのは悠里だけよ。まぁアイツがどう思ってるかは知らないけど」

「だから私が二人目になる」


 絵愛さんのことは私は好きなほうだ。きっと絵愛さんも昔は颯馬に対して何かしらの好意を抱いていたのだろうし、その好意がいずれ私を侵食することがあるかもしれない。


 それでも私は絵愛さんと友達になりたいと思った。それは絵愛さんに対する憐憫でもなんでもなくて。


「ひとりぼっちで競馬を見るのは……きっと寂しいから」

「……はぁ、分かったわよ。なら次の土曜日にしましょう」


 私の最後の言葉が決め手になったのか、絵愛さんはどこか諦めた表情で私の提案を承諾した。その後私は絵愛さんとLINEでやりとりをしたり、颯馬に競馬について教えて貰ったりと土曜日に備えていく。金曜にお酒を飲んだ後、かなり甘えてしまった記憶があるが……これは割愛。正直私も恥ずかしい。


 土曜日の朝、颯馬のベッドで目を覚ますとLINEに通知が入っていた。確認すると絵愛さんからだ。


『9時にあんたのアパートの前に車を停めるから準備しておきなさい』


 9時。時計を見ると8時58分。寝過ぎたとあたふたしつつ、着の身着のままで荷物を整えて部屋を飛び出す。そして9時ジャストに黒塗りのリムジンがやってきた。


「ごきげんよう来望さん、とりあえずまずは乗ってくださいな」

「うん」


 ……競馬場に行くんだよね? 絵愛さんは海外の舞踏会に出てくるセレブみたいなドレスを着ているし、おそらく絵愛さんのお母さんと思しき人も乗ってるし。私はあまり表情に出さないタイプだと言われるが、この状況にはさすがに困惑の色を隠せない。


 リムジンに乗り込むと、開口一番に絵愛さんのお母さんみたいな人がぺこりと頭を下げる。突然のことに困惑しつつ私も頭を下げる。


「娘がお世話になっております。わたくし、絵愛の母親ですわ」

「設楽来望です」

「ふふっ、そう固くならなくてもよろしいですわ」


 ……すごい。絵愛さんにそっくりだ。やっぱりセレブな人だと見た目もセレブになるのだろうか。この場に私が存在することそのものが場違いなんじゃないかと内心震えが止まらない。


「お母様、来望さんならきっと華になりますわ」

「……そうね。馬のイメージとも合う。突然で申し訳無いのだけと来望ちゃん、貴女にはわたくしの馬のイメージガールになってほしいのですわ」


 絵愛のお母さん曰く、明日のG1に自分の馬が出走するという。その馬のイメージに合っているからということでパドックに立ってほしいというのだ。馬の写真を見ると、それは私の大好きな芦毛の馬だった。名前は『シルバープリンセス』、銀色のお姫様。私の好みにドンピシャの素晴らしい馬だと思う。


「この眼帯、大丈夫ですか?」

「その話も聞いているわ。見た目に関してはカラコンを使って整えるけど、右目がたまに視覚過敏になるのよね?」

「はい」

 

 どうやら未来が見えることは話していないらしい。これも絵愛さんの誠意の1つだろう。絵愛さんが目で合図を送ってきているように感じたので、それに便乗する。


「ほんの少し我慢できる?20分くらいで終わると思うから」

「……それくらいなら」

「感謝いたしますわ」


 かくして『シルバープリンセス』のイメージガールになってしまった私は、衣装の調整やらなんやらを兼ねてまず絵愛さんの自宅へと向かう。邸宅というほどの大きさではないが、一般的な家よりかはずっと大きい家で足がすくむ。


 用意された衣装はまるでウェディングドレスのような純白のドレスだった。過度な装飾こそないものの、随所に施された意匠は見る人にお姫様という印象を抱かせるには十分だろう。


 左目に赤色のカラコンを入れてドレスを着ていく。使用人と思しき人も感嘆の声を上げるようなクオリティに仕上がったらしく、絵愛の母親も納得の仕上がりだ。


「じゃあ次は明日のシミュレーションをしておきましょうか」


 かくして次は東京競馬場へと向かう。リムジンの車内で私と絵愛さんが並んで座ると、童話の世界のようだと自分でも思ってしまう。


「素晴らしいですわ来望さん」

「……絵愛さんも可愛いと思うよ?」


 ちょこんと座っているその姿は西洋人形のような可愛らしさだと思う。そうなると私も西洋人形? それはそれで……悪くないかな?

 

「絵愛にしては珍しいわね。私に頼ってくるなんて」

「来望さんにはとびっきりの世界を見て貰いたいだけですわ」

「あらあら、本当に来望ちゃんのことが好きなのね」

「なっ……ママ!」


 図星を突かれたようで、普段の絵愛の余裕綽々な口調が崩れる。絵愛さんにもこういう可愛らしいところがあるんだ。私の顔から微笑が浮かぶ。それにまた絵愛さんが突っ込んでと、和気藹々とした感じで車は走っていく。


 私たちが通されたのは馬主席と呼ばれる場所で、普段見ているところよりずっと上から見られるまさに特等席だ。絵愛の母親は挨拶があるとのことで席を外し、私たち2人で席に座りながら競馬を見ていた。


 レースは既に10Rまで進んでおり、次のレースがメインレースと言ったところか。私は懐にしまっておいた眼帯をつけて情報を遮断する。目の前で見るときはこうするという颯馬との約束だ。


「その……今日は突然のことで申し訳ありませんわ」

「ううん。絵愛のお母さん、面白い人」

「あれでも敏腕の企業経営者ですわ」

「セレブ」

「馬主をできるような人は皆そうですわよ?」


 だとすると当然浮かぶ疑問。絵愛はなぜここじゃない場所で競馬を見ているのか?


「絵愛さん、なんで下で競馬見てたの?」

「競馬を好きだからこそ、ですわね。ここでは絶対に感じられない熱気。その熱気を浴びることがわたくしにとって生きていると実感できることですわ」

「……颯馬に似てるかも」


 颯馬も同じようなことを言っていた。競馬場にしか感じられない熱気がある、その熱気を来望にも教えたいんだと。だから本質的に絵愛と颯馬は私にとって同じなのだ。同じくらい大事な人だと。


「……ところで、颯馬さんとはどんな関係なんですの?」

「うーん……許嫁?」

「ということはやることやってますわね!?」

「多分?」


 絵愛さんがはぁとため息をつくと、どこか切り替わった表情で私に向き直る。


「競馬勝負、でしたわよね。ここに来た理由」

「うん」

「なら次のメインで勝負しましょう。1万円を上限に買う、それでいいですわね?」

「いいよ」


 バッグから新聞を取り出す。私のペンには芦毛の馬に強調してチェックが入っていた。このレースには芦毛の馬が4頭も出てくる。どの馬にも頑張ってほしい。それなら買う馬券は1つしかない。


「買ってきた」

「……これはまたすごい買い方ですわね」


 手元にある馬券4枚、その全てが芦毛の応援馬券2000円分だ。一方の絵愛さんはモニターを眺めながらその上で新聞との吟味を繰り返している。こういう必死に考えている人のことを茶化すのもどうかと思うので、私は外の様子を眺めながらその時を待つ。


 結局絵愛さんは3連複のボックスで勝負をしたようだ。人気している馬もあるが、あまり人気していない馬も同時に指定しているのを見ると、やはり経験量の差があると感じられる。私の微妙な表情を感じ取ったのか、絵愛さんが優しく語り始めた。


「……ギャンブルなどその時の運ですわ。当たるも八卦当たらぬも八卦と言うでしょう」

「それでも絵愛さん、すごいと思う」

「そうですわね。でも一番大事なのは『馬と騎手を応援する』ことですわ。まぁ、今の来望さんを見ていればそんなこともうとっくに分かっていそうですけど」


 ふふっと笑う絵愛さん。その笑みには余裕さと、何よりも誰かと一緒に同じ話題を共有していることに対する楽しさが見えてきて。だから私の表情もいつの間にか綻んでいた。


「この顔、颯馬さんにも見せたいですわね」

「……撮った?」

「ええ。見てみます?」


 いつの間にか絵愛さんに写真を撮られていたようだ。その写真を見ると、私の顔はとてもいい表情をしていた。


「後で送っておきますから。今はレースに集中ですわ」


 そうこうしているうちにレースが始まる。3分以上に及ぶ熱戦は最終的に芦毛2頭による決着になっていた。私は声こそ上げなかったものの頑張って走っている馬たちにキラキラした視線を送っていた。その時に眼帯が外れていることに気付かないまま。


「その馬券、印刷しに行きましょう。記念になりますわ」

「うん」


 レースが終わって払戻金が確定したときに絵愛さんは真っ先に印刷を提案してきた。記念になるのはいいことなので、絵愛さんについていく形でエレベーターを降りる。そして見慣れたフロアに辿り着いた時に、私の目はある一つの方向を向く。


 それは誰でもない私の最愛の恋人、颯馬の姿だった。

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