Race7. 来望は猫っぽい?

 金曜日の夜、オレと来望は二人でカレーを食べていた。金曜の夜はとりあえずカレーという癖をつけていたらいつの間にか来望も自然とカレーをせがむようになっていた。今日は一風変わったバターチキンカレーだ。こういうカレーを作るのは久しぶりだが、やはり普段のカレールーと違うカレーというのも悪くない。


「ナンが欲しくなるなこれ」

「焼かないの?」

「アレ焼く窯は置けないよ」


 調べたらあの窯はタンドール窯というらしい。そもそも賃貸の家に窯を置くとか流石にキツい。


「……なら家買う?」

「来望が言うと冗談に聞こえないんだよなぁ」


 確かに一軒家でも買えばタンドール窯だろうがピザ窯だろうがなんだって置ける。それこそ来望の力をフルに発揮してしまったら……。おそらく地元の家ならキャッシュで買えるだろう。


「あー家で思い出した、オレの父さんがたまには実家に帰ってこいって」

「……成人式で行った」

「まぁそうなんだけどな」


 オレと来望は名古屋の出身だ。だから帰ろうと思えばすぐに帰ることができる。まぁ普段は往復するお金がないから滅多に帰れないとか適当にごまかして終わりなんだが……


「行こう」

「オレ達のことはどうする?」

「話す」


 今オレ達が結婚を前提に付き合っていることを互いの両親に伝える。人生のイベントとしてはかなりの一大事だと思うのだが……なんというかサラッと流されそうな気がするんだよなぁ。オレ達の両親はお互いにいろいろと軽いところがある。報告しても一笑に付されそうだ。


「帰るのはいつにしよう?」

「……再来週かな」

「了解、うちの親に伝えておくわ」


 早速父さんにLINEで伝えると、秒速で


『来望ちゃんも一緒か?』


 との返信。まぁ父さんは普段から来望のことも気にかけてたからな。そこで嘘をつく必要もないとこちらもサクッと返信を送る。

 

『そうだよ』

『顔出しくらいはしてくれよな!』

『分かったよ』

『闇に呑まれよ!』

『あっ間違えたわ』

『草』


 父さんそういうゲームにハマってるのか。おそらく何かしらのスタンプを誤爆して銀髪の中二病なキャラクターのボイスが思いっきり部屋に響き渡る。来望が不思議そうな顔でオレのスマホの画面をのぞき込んできた。


「来望のお父さん、面白い」

「面白いか?」

「うん」


 最近はオヤジ度が強まっていて言うほど面白いとは思わないが……来望には何か面白いところがあるのだと思う。


「颯馬、明日ちょっと用事がある」

「用事?」

「うん、友達と遊びに行く」

「分かったよ、楽しんできて」


 最近はオレについていってばっかりだったからな。たまには来望自身のフリーな時間も必要だ。


「あと颯馬」

「なに?」

「新聞の読み方、教えて」

 

 ◆


 オレは近場のコンビニから東スポ(*1)と競馬専門誌(*2)、ついでにチューハイを2缶買うと、大急ぎで部屋へと戻る。中では来望がアニメを見ていた。来望がそういうのを見るのは珍しい。普段はバラエティ番組とかを真顔で見ているようなタイプだったんだけどな……。


「来望お待たせ」

「ただいま」

「読み方っつってもどのくらい教えればいいんだ?」

「任せる」


 任せるって……まぁいいや。競馬専門誌を使うのもいいが今回は東スポを使おう。単純にオレが説明しやすい。ページをパラパラとめくり、競馬欄を見つけるとその分だけ取り出す。


「……?」


 来望そっちに興味を持つな。


「……颯馬って意外とエッチ?」

「……そういう紙面構成(*3)なんだから仕方ないだろ」


 ほらこうなる。即座に取り出して競馬欄に集中すればいけるかと思ったが……場の空気が変になったところを仕切り直して説明を始めていく。


「これが馬の名前でこれが騎手の名前ね」

「上の数字は?」

「斤量っていって馬に乗っかってる重さのことだな。当然重いほど不利になる」


 ここから印の話や成績欄の見方などをざっくりと教えていく。……というかこの情報いるか? 来望にしてみれば未来を見てしまえばそれでおしまいのはず。競馬の楽しさという意味では確かに教えたものの、それは馬券を買わずとも楽しめるような意味だ。


 しかし今オレが教えているのは馬券に直結するような話。来望にとってはほぼほぼ必要の無い知識だろう。そんな知識を今更教えてどうなるというのだろう。


「ざっとこんなところだな」

「うん。これだけ知れば大丈夫」

「それにしても来望から珍しいね?」

「……ちょっとね」


 少し含みのある言い方だ。でも、なんだか表情が少し柔らかくなった。なんというか、慈愛みたいなものが生み出されているような。


「颯馬」

「なに?」

「予想っていろんなことを知らないといけないから、大変」

「そうだな。でも当たったときはすごく嬉しいぞ?」


 昔の来望ならその意味を理解することはできなかったと思う。でも今の来望ならその意味の断片を理解することは容易だ。


「颯馬、お酒飲も」

「……飲んで大丈夫?」

「お酒強いから」


 あれ以来、来望にはお酒を一滴も飲ませていない。なんならお酒を使う料理すら出していないくらいだ。一抹の不安こそ感じるものの、まぁ大丈夫と判断し買ってきたチューハイを渡す。そんなに度数のないやつだから大丈夫だと思うが……


「颯馬、乾杯」

「乾杯」


 缶を軽くぶつけた後に開栓。小気味のいい音を鳴らして開かれた飲み口からは爽快なレモンの香りが漂う。それを軽く飲むと、少しだけ心地の良い気分になる。


「……そうみゃあ」

「……来望?」

「えへへ……ごろごろ……」


 来望はお酒が弱いらしい。ってこれは弱いってレベルじゃないぞ!? これ以上来望にアルコールを与えると大変なことになる。なので来望の缶からお酒がこぼれないように机の上に置こうとすると、


「あー……そうみゃ、わたしのおさけ」

「もう禁止! 絶対弱いじゃん!」

「よわくにゃいもん……かえしてー」


 ふらふらした目線でこちらを追っている。呂律が回ってないし、手もふらふらしてるし。缶を無理やり奪い取るとまだほとんど飲んでないし。完全に弱い人じゃん。やっぱりあの大暴走って来望がトリガーだったんじゃ?


「そうみゃー」

「ネコじゃん」

「……ねこ? そうみゃねこすき?」

「好きか嫌いかで言えば好きだな」


 と犬派か猫派かだったら猫派だよねみたいな話をしたかと思いきや、突然来望がオレに飛びかかってきた。


「うみゃー……」


 と文字通りの猫撫で声をだしながらオレの頬にゴシゴシと自分の頬をこすりつけてきた。……まさか今の来望は猫になりきっている? いつものように来望の頭を撫でてやると


「うみゃ~」


 とちょっと嬉しそうな声に変わった。まぁ猫になるだけマシだな……これがキス魔になるとかだったらオレの気がもたない。


「……すぅすぅ」

「寝ちゃったか」


 しばらく撫でてやると気持ちよさが勝ったのか、寝息を立て始めた。来望をお姫様だっこの形で抱え上げて、オレのベッドでとりあえず横にさせる。


「ったく……」


 机の上のお酒を片付けていくうちにオレの酔いは覚めていく。明日はたまには一人で競馬場に行くのもアリだな。そんなことを考えながら、来望が寝ているベッドを見る。シングル用だから二人で寝ると気持ち狭く感じるが、寝られないわけではない。まして来望は小さいし何とかなるんじゃないか?


 来望を起こさないように慎重にベッドの中に入る。そして来望を抱える形でオレも横になった。


「こういうのも久しぶりだな……」


 来望の家族と一緒に旅行なんかに行ったとき、小さい頃の来望は怖がりだったからかオレの布団にいつの間にか潜り込んで寝ていたなんてこともよくあった。その頃から来望の猫っぽさが見え隠れしてたんだな……。


 来望は気持ちよさそうな顔で寝ている。そんな表情を見ていると、こちらもどこかほっこりした気分になる。


「……おやすみ来望」


 部屋の電気を落とし、オレも目を閉じる。こんな幸せを守っていけたらいいな。


 ■


*1 東京スポーツは『日付以外合っていない』と言われるようなスポーツ紙と呼ばれているが、こと競馬に関してはガチである。その特徴として、ローカル場を含む全レースの情報を詳細に記載している点であろう。未勝利戦などは専門誌のほうが情報量が多いが、メインレース等に絞れば専門誌に匹敵する情報を期待できる。

*2 競馬専門誌とは競馬ブックや競馬エイトなどの、競馬の情報を専門に扱う情報誌のことである。一般のスポーツ紙と比較して、載っている情報の量や精度は段違いだが値段が高い。

*3 東京スポーツは値段の割に競馬情報が詳細なので重宝する人も多いが、競馬の情報が載っている隣で18禁な内容が平然と載っているカオスな新聞でもある。小さいお子様がいる家庭では注意が必要だ。

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