Race6. 写像の向こう側

 オレ達は近所のゲーセンに引っ張ってこられた。近所といっても電車に乗るあたりがアレなんだが……というかこの格好で電車に乗ると周囲の視線を痛いほど感じる。


「来望……これ大丈夫か?」

「……かわいい」


 あっダメだこれ。来望はオレが周囲の視線に晒されてタジタジになっているところにかわいさを見出している。この状態の来望に何を言っても意味が無いだろう。


「颯馬さんもよくやりますわね」

「それが来望の望みなら……」

「忠義の将軍じゃないのですから」


 絵愛には同情される始末だ。こうして電車に揺られて10分ほど、終点の八王子まで流されると、そのままオレは駅前のゲーセンに引っ張られることになった。中はとても広く、入り口すぐに音ゲーの筐体を見つけると少し興奮する。


「颯馬さんって音楽ゲームの類いもやりますのね」

「昔の話です」


 しかし来望はそれらを無視してどんどんと奥へ突っ切っていく。オレと絵愛はそれを追いかけるのだが、


「あわわ」

「危なっかしいですわね……わたくしの手にお捕まりになって」

「恩に着ます」


 来望に振り回されているのもあってか、さっきまでの争う気持ちはとうに消え失せ、今この状況をいかに乗り切るかで結束していた。呉越同舟とはこのことである。


 来望がやってきたのはプリクラコーナーである。大学に入る前は何度か来望と行った頃があるが、それ以降は行った記憶が無いな。大概こういうところって男だけだと入れないからオレにしてみればほぼほぼ無縁なのだが。


「一緒に撮ろう」


 なるほど女装プリクラ。こんなクオリティで次歩けるのはいつになるか分からないからな。まぁありっちゃありだろう。だが、来望はここでまた予想外の一言を繰り出す。


「先撮っていいよ」

「「えっ」」


 先に撮る? オレはてっきり来望とだけ撮るものだと思っていたが……絵愛とも撮るのか? マジで? 来望の許容範囲がデカいのか狭いのかよく分からない。

 

「……? 絵愛さん、撮りたそうな顔してたから」

「べっ、別にわたくしはこのような写真など」

「行きましょう」

「え、あのっ、引っ張らないでくださいまし」


 オレは絵愛の手をそっと取ると、筐体の中へと導いた。中は目が疲れそうな程に白色のライトで照らされており、盛るぞという気持ちが全面に押し出されている。


 オレはカバンから財布を取り出し小銭をどんどんと入れていく。絵愛は状況をまったく掴めていないようで、困惑の表情を浮かべるだけだ。


「荷物置きましょう」

「いや颯馬さん貴方状況分かってますの!?」

「……? 撮るんですよね、プリクラ」


 改めて確認すると、少しだけこちらから目線を逸らした。おい。泣くぞ? しかし表情をよく見てみると少しだけ頬の部分が赤くなっているようにも見える。これはただ恥ずかしがっているだけか?


「……もうお金を払ってしまったのですからわたくしも腹を括りますわ」

「理由が後ろ向きすぎる……」

「わたくし、このような機械は初めてなので……ちゃんとエスコートお願いしますわね?」

「善処します」


 つっても指示に従ってポーズするだけなんだけどな。まぁそのポーズが男がやるにしては結構恥ずかしいポーズも多いわけで……こんな格好してるなら尚更。


 なんかよく分からない空気のまま撮影が終わると、そのまま落書きやらなんやらの時間になる。今では撮った写真をそのままデータとして保存もできるようで、時代の進化を感じるな。


「……この落書きって必要ですの?」

「最近はしないって話も聞きますね」


 まぁ出てるデータだけ見るとこれだけでもメチャクチャ『盛れてる』からな。そもそもデフォルトで目が気持ち大きめになってるおかげでもうとんでもねぇことになってるし。


「適当に名前でも書いておきましょう」

「これぱっと見どっちがどっちだか分からなくないですか?」

「身長でギリ分かるくらいですわね」


 こうしてメチャクチャ仲が良い感じの会話ではないものの、つつがない話をしながらも何とか撮影を終えた。その様子を見ていた来望はどこか満足げな表情を浮かべている。


「写真はわたくしが切っておきますから次はお二人が行ってきてはいかがです?」

「そうするつもり」


 今度はオレが来望に引っ張られる形で筐体の中へと移動する……が、


「そんな引っ張ったらあぶなっ……!」


 バランスを崩すと、そのまま来望を巻き込んで転びかねない。何とか筐体の壁にもたれるような形でバランスを維持する。そう、維持するところまではよかったのだ。


「……! 颯馬、はずかしい……!」


 体勢がもつれた結果、オレは来望を壁際に追いやった上、顔の横に腕をドンと置く構えになっている。


「かっ、かかか壁ドンですわ!」

「やりたくてやったわけじゃない……!」


 絵愛が騒ぎたくなる気持ちも分かる。来望の顔はさっきの絵愛の顔以上に真っ赤になっているし、オレも真っ赤になっているし。絵愛は絵愛でびっくりしてハサミを落としている。壁ドンってのはイケメンがやるから映えるのであって、今のオレみたいな女子っぽい見た目の男子がやっても正直微妙だと思うんだがなぁ……。


「……! ここ、天国?」

「残念ながら地球だぞ」

「……颯馬の声、確かに地球」


 来望を解放すると、すぐに正気に戻ってくれたのは良かった。フリーズモードでずっと居られたら家に帰るのも大変だからな。その後も普通に撮影を行っていくのだが、最後のカットで事件は起きた。


 プリクラにおいては大概こうこうこういうポーズを取ってね的なことを指示されるものが多い。小顔っぽく見せられるポーズだとか、ポーズそのものが可愛らしいものだとかそういうのだ。しかしこの筐体は最後の一枚はフリー、すなわち自由なポーズを指定される。

たとえばさっきの絵愛との場合は、


「えっ、フリーってなんですの」

「……なんか溝呂木さんっぽいポーズで!」


 という雑なフリの結果、女帝というか悪役令嬢というか……なんかそういう感じのポーズで取るハメになった。それはそれで面白いからまぁいいんだが……


 さてここからが本題。そのフリーの撮影になったとき、来望がちょいちょいとフリルをつまんできた。こっちを向いて欲しいという意図を感じ取ったオレは特に何の疑問もなく画面から目を離して横を向く。


 その瞬間、来望の左手がオレの腰に回され、右手がオレの頬に優しく添えられる。そしてカウントダウンが始まるやいなや、


「んっ……」

「え、ちょ……!」


 と、見事にオレ達がキスをしているところを写真に収めたのだ。その瞬間の来望の勝ち誇ったような顔に、オレは何か言う気力すら失われる。正直オレも来望からキスをされて嫌な気分にはならない。むしろ嬉しさすら感じるのだが、今のこの格好の時にやられるとちょっとびっくりする。


「来望、最初からこれが目的だったの?」

「かわいい颯馬、見たかったから」


 メイクの方向的にはかわいいというよりはクールだとかカッコいいとかじゃねと思いつつも、来望がオレのことを可愛いと言ってくれるならそれでいいだろう。しかし衝撃はこれだけでは終わらない。


「絵愛さん、一緒に撮ろ?」

「はぁ? 颯馬さんと一緒に撮れなら理解できますがなぜ貴女となんか」

「お近づきの証」

「……そう言われると断れないではありませんか」


 なんだかんだ行って絵愛は優しいよなぁと思う。そういう優しさと厳しさの両面に惹かれる人も居るんだろう。双子と呼ぶにはいささか顔が似ていないが、従姉妹の戯れとでも思うとそこそこ微笑ましく見られる。実際、撮影前後を比較すると少しだけ二人の距離が縮まったような気がする。本当に気持ち半分みたいなところだけどね。


 結局この後は有名な芸能人が監修したというタピオカ屋に行ったりだとか、たまの外食ということでそこそこ高級そうなレストランに行ったりとかで現地解散。


「……結局あの人何しに来たんだ」

「わかんない。早く帰ろ?」

「そうだな」


 来望はそう言って早く帰ることを促しているが、何故かその目は絵愛の方を未だに向いているような……なんとなくそんな気がした。来望は絵愛に対して何か思うところがあるのだろうか?

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