Race4. 黒と白の邂逅
この時期の大学は授業の全日程を終えているので、大学生にとっては貴重な長期の休みだ。月曜日からいきなり全力全開でいかなくていいという心理的安定感はとても強く、こういう休みをしっかり満喫したいと囁く悪魔。その一方でこういう時に努力できる人間が後で勝つんだみたいな話を延々としてくる天使。オレを踏み台にした天界のいがみ合いが発生している。
結局、脳内での天界バトルは悪魔の勝利。故に部屋でぼんやりと地方競馬の中継を見ていると、突然インターホンが鳴った。配達なんて頼んでないんだが……ヤバい新興宗教かなと思いつつもドアモニターを確認すると、そこには困った表情で来望が立っていた。
「はーい……って来望か。合鍵は前に渡したでしょ」
「あっ、合鍵ィ!?」
「うわっ、溝呂木さん!?」
モニターに映っていたのは来望だけだったはずなのだが、突然下からひょっこりと見知った顔がとんでもない表情で飛び出してきた。
「颯馬、たすけて」
そう言われたら助けざるを得ない。ドアを開けると、白と黒の2人の少女のご対面である。黒いほうはオレを見るやいなや、
「わたくしを騙すとはいい度胸してますわね!」
「その文句は悠里さんに言ってくれませんか?」
こんな感じでキンキンと甲高いお嬢様ボイスでオレを責め立て、かたや来望はというと、
「……」
ぼけーっとしている。これ寝起きだな。眠そうに目をこすっているし、何よりもまだ眼帯をつけていない。この状態で競馬中継を見られたら大変なことになる。中継を見るのは後回しにしないとな……
「ふわぁぁ……颯馬おはよ」
「おはよう来望。今日は大きなお客さんも一緒なんだな」
「……こいつ、なんかしつこい」
こいつ呼ばわりされる『女帝』。競馬場では女王様でもここでは『こいつ』である。それには流石に絵愛もカチンときたようで、
「こいつ! 颯馬さん今こいつって言いましたわ!」
「朝っぱらから変なのに付き纏われたらこいつって言いたくなるだろ」
「変なの!?」
変なの呼ばわりされる『女帝(笑)』。こっちもパソコン立ち上げて中継見始めてやっと頭のセットアップが終わりつつあるという時だ。そんなときに望まない来客として来られようものなら変なのと呼びたくなるだろ。
「で、こんな朝っぱらから何のようですか?」
「決闘ですわ!」
「もしもしポリスメン?」
「通報はやめてくださいませ」
決闘は犯罪である。
「まぁ決闘は冗談にしても……そこの白いのとはしっかり話をつけておく必要がありますわ」
「……こいつ、誰なの?」
「前話しただろ? サークルクラッシャーの溝呂木絵愛さん」
「理解」
絵愛とその取り巻きには迷惑をかけられている。これくらいの脚色を入れてもバチは当たらないだろう。絵愛もその自覚はあるようで、怒りに近い表情を見せてはいるものの、それを糾弾する権利はないと思っているようで押し黙っている。
「まぁここで話すのもアレなんで入ってください」
「……颯馬さんに言われるならば仕方ありませんわね」
オレの部屋には来望と絵愛。来望はオレの膝上に座りながら絵愛を威嚇している。絵愛も絵愛でちょっとビビってるし。……こう見ると来望って猫っぽいとこあるよな。全体的に可愛いところかまさにそうだろ?
「えーっと、話ってアレですよね。わたくしのほうがボケにふさわしいと」
「お笑いコンビの話じゃありませんわ! 伴侶! 許嫁のお話でしてよ!」
「……切れ味抜群」
やっぱり女帝という格じゃないよな。お笑い芸人と呼んだ方がまだ分かりやすいと思う。キャプテン溝呂木とかに改名した方がいいんじゃないか?
「単刀直入に伺いますが……お二人は付き合っていらっしゃいますの?」
「うん」
オレが答えるよりも先に来望が食い気味に答える。ここは来望に任せてしまってもいいだろうな。
「結婚を前提に?」
「当然」
ぐぬぬという表情を見せる絵愛。自然と来望の頭に手が伸びるオレと撫でられて満更でもない顔を見せる来望。状況としては絵愛の圧倒的不利だがどう切り返す……?
「ご存知かと思いますが颯馬さんは競馬好きですわよ?」
「知ってる」
「ハマりすぎて借金まみれになるかもしれませんわ」
「ならない」
「そう言い切れる根拠はありますの?」
「颯馬、競馬場をレストランだと思ってる」
気まずい沈黙。いやまぁ確かに昨日はそうだったけれども! というかその言い方だとあらぬ誤解を受けるぞ! オレの好物は馬刺しではないからな?
「……貴女も颯馬のことよく知ってる。颯馬がそうならないって分かってるはず」
「そう言われると返す言葉がありませんわね……」
「ふふ」
……やっぱりこの女帝チョロいぞ。分裂前はもうちょい威厳があったと思うんだが……井の中の蛙になって女帝パワーが衰えたか? これでは女帝の名を返上したほうがいいという事態にもなりかねないぞ。
「ですがわたくしにはこれがありますわ」
手にしたのはいくつもの写真……だがその写真とはオレだけが目を覆いたくなるような画像の数々であった。
「……!」
「溝呂木ィ! お前っ、お前それはほんとに無いわマジで」
「女帝は失敗を恐れないのですわ!」
前言撤回、溝呂木絵愛は女帝である。ばらまかれた写真、それはオレがサークル内での出し物でさせられた女装写真の数々である。それも完成品だけでなく、製造過程まで映されている恐怖の初回限定盤。てかよくもまぁこんな写真撮ってたな、そして今の今まで残してたな!?
「……うわ」
前回悠里さんにさせられた女装姿をみて少し興奮気味だった来望も引いている。そのレベルでヤバい写真なのだ。前回が光ならこれは闇。到底人様にはお見せできないグロ画像を決戦兵器として持ってくる女帝、溝呂木絵愛。いろんな意味で危険だ。
「わたくしの要求が受けられないときはこの写真を颯馬さんの所属するサークルの新入生歓迎で使わせますわ」
「……卑劣」
妨害工作じゃねぇか。サークルが二分しているので、今は別のサークル扱いになっているのを悪用してきやがった。
「仮にサークルを抜けるならばこの写真を大学中にばら撒きますわ」
「……外道」
来望も怒り心頭といった感じで身体をぷるぷる震わせている。手段を選ばない絵愛の悪辣なやり口は来望でも許容できないラインがあるのだろう。
「……許せない」
「ふふっ、多少は要求を呑む気になりましたわね?」
「颯馬のポテンシャルはこんなもんじゃない」
「「は?」」
オレと絵愛が同時に素っ頓狂な声を上げる。ポテンシャル? そういう話じゃなくない?
「そこは普通勝負を申し込んだりする場面ですわよね!?」
「颯馬をこんなブスに仕立て上げた罪、万死に値する」
普段の来望からは絶対に発せられないような単語のオンパレードである。
「颯馬」
「はっ、はい」
「来て」
来望に引っ張られる形で部屋を追い出される。そして同じように絵愛を部屋から追放してオレの部屋にカギをかけると、
「待ってて」
「えっ」
と絵愛を一人寒空の下に追放したままオレは来望の部屋に引きずり込まれた。見慣れた部屋の光景ではあるが、こんな形で来望の部屋に入るのはあまりにも新鮮で部屋の印象にも全く別のものになりかねない。
「座って」
用意された椅子に座らされると、来望はクローゼットから二着の服を取り出した。どちらもフリルが大量についた可愛らしい衣装であるが、一方は白を基調としたいわゆる甘ロリ系で、もう一方は黒を基調としたいわゆるゴスロリ系の服である。こんな服を来望が来ているところは見たことがないし、来望の体型にしては服のサイズがでかい。
「颯馬、どっちを着たい?」
この日、オレは初めて心の底から来望に対して畏怖を感じることになる。
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