2nd. 銀白色の少女はなぜ鉄黒の女帝に立ち向かうのか

Race1. 少女のエール

 朝から騒動があったものの、オレと来望は最終的に絆をより深め、府中のターフを一緒に眺められるようになっていた。それは今までのオレにしてみれば考えられないことである。やり方はとても強引ではあるものの、悠里さんには感謝しないとな。


 パドックを見に行くと、来望の表情が少しだけ緩む。その目線の先には、1頭の白馬が歩いていた。気性が荒く、手綱を引く厩務員さんが困っているような馬も存在するが、その馬は堂々と歩いており、引っ張っている人も手を焼いていないように見える。


「あの馬が気になる?」

「カッコいい」

「わかる。……スノーラブって名前なんだな」


 なかなかロマンチックな名前である。名前だけならこのレースの中では一番好きだ。オッズとしての人気もかなりある。

 

「……応援したい」

「なら馬券を買って応援するってやり方もあるよ?」


 来望が疑問符を浮かべたような顔でこちらを見てくる。一旦パドックを見るのを切り上げ、建物の中へと入る。近くにあったマークシートを取ると、オレは慣れた手つきでマークを進める。そしてお金と一緒にマークシートを入れると、1枚の馬券が発行された。


「こういう感じでね」

「……? あっ……」


 来望はその馬券の意味に気付いたようだ。応援馬券(*1)、それは単勝と複勝を同時購入する買い方だ。その大きな特徴として、馬券の上側に『がんばれ!』と印字されている。コアな競馬ファンだけでなく、競馬ビギナーの人でも買いやすい馬券のひとつだとオレは思う。


「私も買う」


 来望も同じように買おうとしてマークシートを手に取る。そしてこれまた慣れた手つきでマークシートを記入していくが、その手が止まる。そしてこちらを向いてオレに質問を投げかけてきた。


「……? ここでいいの?」

「そうそう、その『単+複』ってやつ」

「お金は……100円でいいの?」

「厳密には200円だけどな」

「……1000円からじゃないと買えないと思ってた」


 そういえば未来視を最初に行使した時は全部1000円で買ってたな……。


「なんでそう思ったんだ?」

「私が行ったところ、1000円じゃないと買えなかったから」

「あー……場所によってはそういうところもあるな」


 そんなところあったか? 今って大体100円単位で売られてたと思うんだが。


 こうして同じように応援馬券を買い、ついでに飲み物を補充しつつ席に戻る。しばらくすると場内に荘厳なBGM(*2)が流れはじめた。


「あれ、スノーラブだ」

「なかなかいい走りっぷりじゃん」

「かっこいい」


 馬場に入ると、スノーラブは勢いをつけてスタート地点の方へと駆け出していく。砂煙を上げながら走るその姿には未勝利馬ながらもどこか風格を感じさせられる。何か大きな仕事を果たすのではないかという期待感に溢れる走りっぷりに、オレも少し高揚してきた。


 そしてレースが始まると、スノーラブはその期待に応えるように序盤から先頭に立つ。その勢いのままに最後の直線に入ると、後ろを突き放してどんどんと加速していく。


「……すごい!」


 来望の目のキラキラがより強まったような気がする。終わってみれば後続を10馬身以上引き離す大差勝ち。2着以下も人気馬での決着になったので馬券的な美味しさは少ない。しかし、来望にとってはとても刺激的なレースだったようだ。


「……やった」

「すごいな来望」

「うん……颯馬の気持ち、わかる」


 ……来望の右目はレースの結果が見える未来視に目覚めている。だからギャンブルという側面で見ればこれ以上無いチートなのだが、同時にレースとしての楽しさもまた潰している。故に、来望は今可愛らしい眼帯でそれを封じているのだ。物理的に目が塞がっている限りは結果が見えないので、これならば楽しみを損ねないという算段だ。


 しかし来望はこれを行使したいとも考えているようで、オレの手元には小倉競馬場の全12レースの馬券が既に存在している。そしてそれは、その通りに勝つことを宣告されたウィジャ盤でもあるのだ。現に小倉の1レースは記された3頭によって決着している。


「……この前のも含めて後で払い戻しとかないとな。来望、この馬券はどうする?」

「いい。これは取っておく」

「じゃあオレも取っておこうかな」


 来望はそう言うとさっきまで握りしめていた馬券を財布の中へとしまった。最初に当たった馬券を大事にしたいという気持ちはなんとなく分かるな。そうして確定のチャイムが鳴ると、来望は不思議そうな声でオレに話しかけた。


「……これ、この前テレビで聞いた」

「あー……アレ無駄にクオリティ高かったよな」


 払い戻しチャイムをピアノで弾くだけで面白いのは反則だろ。


「っと、別の馬券が当たってるし払い戻ししてくるよ。来望はここで待ってて」

「ん」


 来望はさっき買ってきたスポドリを飲み始めた。オレもさっさと払い戻しに行こう。馬連の1点買いが当たっている。階段を上がり、払い戻し機のあるエリアまで歩く。そして扉を開けた目線の先にいたのは見知った顔だった。


「……?」


 この場に存在することそのものに違和感があるような凛とした顔つき。ゴシック調に纏められた服がその違和感をより助長させる。鉄黒に染まった長い髪は揺れるその姿はまさに人形だ。周囲が明らかに引いた形ではあるものの、払い戻し機でお金を受け取るという行為に威厳を感じるなどあり得るだろうか?


 だが、オレにとってそんな人形のような少女がこの場に存在することに違和感を覚えない。なぜなら『彼女』にとってそれこそが正装。西洋人形と日本人形が融合したかのような格好でこの場を支配する少女。それはオレがよく知る相手であり同時にまたオレ達にとっての因縁の相手でもある。


「……あら、貴方もいらっしゃいましたのね。颯馬さん」

「お久しぶりです、『女帝』サマ」

「……貴方にだけはそう呼ばれたくないですわね」


 呆れるようなため息をつく少女。彼女こそがオレの所属していた競馬サークルを二分する大騒動を起こした張本人。それは『オタサーの姫』などと形容されるサークルクラッシャーとは一線を画するカリスマ。そのカリスマの下にメンバーの思想は真っ二つに分かれ、分断されることになる。


 常に余裕の笑みを忘れない少女の名は溝呂木みぞろぎ絵愛えあ。多摩中央大学競馬サークルの現部長にして、サークル一の慧眼の持ち主。

 

「……じゃあオレはこれで」

「あら、『元カレ』にしては冷たいんじゃないかしら?」

「……オレ、あんたの彼女になったつもりないんすけどね」


 そして、オレの元カノを自称するヤベーやつである。


 ■


*1 ちなみに、応援馬券はものによってはとんでもない値がつくことがある。たとえば、後に三冠を達成する馬の新馬戦の応援馬券が存在するのであれば、かなりの高値で売れるだろう。

*2 本馬場入場の時のBGMである。このBGMは関東、関西、ローカル場で異なり、さらに一般競走、特別競走(○○特別みたいな名前のレース)、重賞競走でバリエーションが異なる。ただし、新馬戦のみ全場共通。

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