Race8. 決別
土曜日、電車に揺られながらオレたちは都心へと向かっていた。お互いに普段よりかはオシャレしていて、デートという割にはどこか畏まった印象を覚える。
「颯馬、今日どこ行くの?」
「水族館だよ、ほら池袋にあるあそこ」
「……たのしみ」
前に行ったのはいつ以来だろうか? それこそ高校のときまで遡らないといけないと思う。その時は高校の友達と一緒に行ったはずだから、来望と二人きりというのは初めてだろう。来望も水族館に行くということに関しては特に不満はないようだ。
「まもなく府中、府中です。東府中、府中競馬正門前へお越しの方はお乗り換えです」
「「……」」
なんとも気まずい空気が流れる。京王線で新宿に行こうってなったら避けられない宿命なのだ。オレは特になんでもないと言わんばかりにスマホを弄る。
「ユーリさん、今日も行ってるの?」
「まぁ……ぶっ倒れたりしない限りは行ってるんじゃないか?」
「そうなんだ」
会話がぎこちない。デートだというのにギクシャクした空気が流れるが、その空気を読まずに来望は会話を続ける。
「ユーリさん、普段からあんな感じ……?」
「まぁな。裏がなさ過ぎて怖いくらいだ」
「……颯馬、ユーリさんのことどう思ってる?」
「どうって……」
オレにとって悠里さんはただのサークルの先輩である。紆余曲折あってサークル内の派閥が悠里さんと部長とで二分された時、最後までオレは悠里さんについていった。それは恋愛的感情というよりかは、純粋な敬愛だ。
「なんつーか……親父に似てる」
「お父さん?」
「ああ。話し方というか競馬への付き合い方というか……ほんと親父の生き写しなんじゃないかって感じ」
「……そっか」
来望はどこか納得したような顔をすると、イヤホンをつけて音楽を聞き始めた。その格好すらクールな印象を与え、車内でも来望の周囲だけ空気が違っているようだ。
そんな来望と今日オレはデートをする。そしてちゃんとした恋人になって、その先に来望の望んだ結末を迎えるんだ。その結末はオレにとっても当然迎えられる代物のはず。でも、ならなんで。
隣に座っている来望の表情はこんなに楽しそうじゃないんだよ?
※
水族館の中は心地よい空気に包まれていて、外の寒さと比較するとまさに天国といったところだ。幻想的な空間の中ではたくさんの魚が泳いでおり、それを見るだけでもどこか癒やされるものがある。
「颯馬! あれ、すごい!」
「おー、クラゲか」
繋いだ手を引きちぎらんばかりに来望がぶんぶんと手を振る。これでは大きな子供を引き連れてきているかのような錯覚に陥ってしまうな……。
「……綺麗」
来望がうっとりとそう呟く。カクテルライトに照らされた水槽ではクラゲがふよふよと水中を漂っている。それだけなのだが、光とのコラボレーションによってある種の幻想感をその周囲に放っていた。
「颯馬、次あそこ」
「あんま慌てないでよ?」
「わかってる」
来望はクラゲを見るのに飽きたのか、次のところへとオレを引っ張っていく。オレはそれについていきつつも来望の様子に注力していた。
……どうにもオレはまだ来望のことを子供だと思っている節がある。見た目だけならばもう妖艶な大人と言えるが、これまでの付き合いから来望はああ見えても抜けているところと思い知らされているのだろう。だから周囲から見てみればかなりちぐはぐなカップルに見られているだろうな。
「……! ペンギン!」
何か目新しい生き物を見つけると来望は目をキラキラさせながらそちらの方へと向かっていく。楽しそうな来望を見ているというのも悪くない。むしろ、普段の鉄面皮な来望を見ているよりかはずっといいだろう。ここまではしゃいでいる来望を見るのも久しぶりだ。
こうして様々な展示を楽しみ、お土産にちょっと大きめのペンギンのぬいぐるみやお揃いのストラップとかを買ってなどとしているうちに日は沈み、既に池袋の街は夜の喧噪を見せていた。
「今日は楽しかった?」
「うん。颯馬とお出かけするの久しぶりだから、うれしい」
行きに見せていた表情とは裏腹に、今の来望はとても楽しそうな表情でこちらを見ている。目のキラキラ感とかが凄いことになってるし。
「それじゃ早いとこ帰ろっか。あんまり遅くなると危ないし……」
「……やだ」
改札口へと向かおうとするオレの足を来望は無理やり止める。オレの腕にがっしりとしがみつき、テコでも動かないとはこういうことを言うのだろう。
「……帰ったら、またひとりぼっち」
「ならオレの部屋に泊まればいいんじゃ」
「……そういうことじゃない」
どこか来望の表情が紅潮している。それは今日のディナーにお酒を頼んだからとかそういう理由ではないとオレの第六感が告げている。そしてそれを理解して口にしたとき、これまでのオレたちのままではいられないこともまた直感的に理解した。
「
来望の表情が変わる。それは完全にオレをものにしようという宣戦布告。今日の夜に永劫に変わらない事実を刻みつけるという宣言に等しい。オレの思っていた以上に来望はもう大人になっていた。まるで走馬灯のようにこれまでの来望がフラッシュバックしていく。
弱虫だった幼少期、本を読むのが好きだった小学校時代、学年でトップクラスの成績を残し同級生に愛されていた中学校時代、そして高校時代まで変わらずにオレのことを兄のように慕ってくれていたことも。
「……本当に、いいの?」
来望は首を振ることでその解答を示した。正直さっきから心臓の高鳴りが止まらない。それはオレたちの関係の変化に対する恐怖が正しいと思う。それでも来望が見せてくれたように、覚悟を決めなければならないのだ。
「……来望」
「颯馬……?」
「行こう」
これは区切りだ。『ラムちゃん』から『来望』への区切り。子供だったオレからの決別。その意志を固く持ちオレは来望の手を固く握ってオレは歩き出した。
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