Race7. 深緑の独演
オレと来望との関係はオレたちが赤ちゃんの頃から始まっていたという。実家が隣同士というのもあるし、何よりも小さい頃からオレたちは本当の兄妹のように仲睦まじかったらしい。それは遠くからでも目を引く来望の銀白色の髪も原因の一つだった。
来望の髪の色は遺伝であり、その色でトラブルになることも少なくなかった。小さい頃はその特異性からいじめの標的にされることも多々あったが、その度にオレが来望を守り、励ましていた。
「そーま、らむってへんなのかな?」
「へんじゃないよ!」
そんな時にオレは、週末にやっている競馬中継の録画を来望に見せていた。オレの父さんは筋金入りの競馬ファンで、たまに競馬場に連れて行ってもらっては疾走する馬たちの姿を見て感動したものだ。
でも来望は違う。来望はそんなことに全く興味はない。だから来望は首を傾げながら画面を凝視している。でも来望の髪と同じような白い馬を見つけると、途端に目を輝かせてこちらを見ながら嬉しそうに話すのだ。
「あのおうまさんまっしろ! らむといっしょだ!」
「そうだぞ。いろはちがっても、すっごいはやいんだからな!」
そしてその馬がレースに勝ったりすると、まるで自分のことかのように飛び跳ねて喜びを表現していた。髪の色による周囲との違いに、来望は段々と恐れなくなっていた。むしろそれを誇りにすら思うようになっていったのだ。
成長していくうちに、オレは一人で競馬を見るようになっていた。馬券がどうこうという話よりも、ただ懸命に前を追って走る馬たちの姿に自分を重ね合わせていたのだ。母さんからは呆れ顔で見られることもあったが、父さんと一緒に見ているときはとても楽しかったと記憶している。
オレにとって競馬とはただのギャンブルではない。儲けがどうとか、そういう話は二の次だ。でも、来望にとってはただのギャンブル。そして来望はギャンブルを破壊してしまう。競馬の面白さのほとんどを灰燼に帰してしまう力を手に入れてしまった。そんな彼女に『競馬の面白さ』など本当に伝えられるのか?
否、それは不可能だ。結果が分かっているスポーツなど見ていて何も面白くない。犯人が分かっているサスペンス、出現ポイントが分かっているホラーゲーム。その不確定性に重きを置くものから不確定性を取り除けばそれはただの予定調和にすぎない。
だから来望が『怪物』になってしまった時点でオレが取るべき選択肢など限られていたのだ。
「……一応断りの連絡を入れておかないとな」
悠里さんには今週末にも競馬場へのお誘いを受けている。だが、それも断らなくてはならない。LINEを起動して今週末の件について断りの連絡を入れると、
『急用? ならしゃーないね』
と素直に連絡が返ってきた。すいませんと返信を入れてオレはベッドに横たわる。悠里さんには申し訳ないことをしてしまうが、仕方のないことだ。
「ラムちゃん、これでいいんだよね……?」
部屋の灯りを消して目を閉じる。これでいいんだと自問自答しながら……。
その日みた夢の内容は鮮明に覚えている。オレは見慣れた場所に一人で立っていた。そこは本来ならば馬たちが駆け抜けるはずの深緑の舞台。500メートルにも及ぶ長大なカーペットをオレは一人で歩いていた。
「颯馬」
「……ラムちゃん?」
聞き慣れた優しい声がどこからか聞こえてくる。周囲を見渡しながら声の行方を捜すと、ちょうど観客席のほうから聞こえていた。
「ラムちゃん!」
その方へ振り向こうとした瞬間に突風が吹き荒ぶ。一瞬見えた来望の姿は、風になびいた髪がゆらりと漂い、芸術性すら感じさせた。でも、来望の姿に感じる違和感。それは、来望の
「……」
来望はオレの姿を一瞥すると、そのままスタンドの中へと戻っていく。それは期待外れに終わった馬券を持っている人たちが次のレースに関心ごとを切り替えるかのようで。
「ラムちゃん! 待ってよラムちゃん!」
観客席の方へと走り寄るが、見えない力に阻まれその先へと向かうことができない。嗚咽するオレに関心を抱くものなど誰ひとり存在しないかのように、静寂が完全に支配する。たったひとり、スポットライトすらない舞台の上でオレの声だけがただ響いていた……。
「ッ……! はぁ……はぁ……」
それが夢だと認識したときには既に朝になっていた。夢でよかったと安堵しつつも、夢とは思えないリアリティに戦慄を隠せないでいた。
「……朝飯作りに行くか」
うんと背伸びをしつつ、来望を起こしに行くべく立ち上がる。夢の内容に気を取られていると思わぬケガをしてしまうかもしれない。いつも通りの自分でいこう。そう自己暗示しながらオレの一日はまた過ぎていった。
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