Race2. 来望の夢、颯馬の意地

 脳内がパニックに陥る。そりゃそうだろ? 妹のように可愛がっていた超可愛い幼馴染からいきなりプロポーズを受けたんだからさぁ! これで混乱しないやつは相当肝が据わってる。ことの事実を確認すべくオレは来望に対してもう一度問いかける。


「……よく聞こえなかったなぁ」

「私、颯馬と結婚したい」


 やっぱりプロポーズじゃないか。あまりにも過程をぶっ飛ばし過ぎている。こういうのってまずは恋人同士になってから着々と仲を深めていってみたいなとこ……あるよな?


「颯馬、結婚」

「1回落ち着いてくれ」


 こちらの身体を揺すりながらオレに対して結婚をひたすら要求してくるので一旦落ちかせるべくオレの部屋へと連れて行く。おもちゃを買ってもらえない子供じゃないんだからさ……


 オレの部屋に入ると来望は慣れたように靴を脱ぎ、ふわふわとした足取りでいつもの定位置……オレのベッドの上に陣取るかと思いきや、普通にテーブルの横に座っていた。オレは来望に向かい合う形で座る。


「で……なんで急に結婚なんて言いだしたの」

「お金」

「理由が生々しいな」

「そうじゃない。私がお金、稼げるようになったから」


 何かバイトでも始めたのだろうか? 結婚を意識できるようなお金の稼ぎ方といったら……一瞬嫌な音楽が流れる。歌舞伎町とか秋葉原を走るトラックから聞こえる無駄にアップテンポな曲。それはオレの想像をかき立てるのに十分だった。


「ラムちゃんにそういうバイトは早いと思うなぁ!」

「……? 違う。バイト、興味ない」

「じゃあ一体どうやって」


 その疑問に来望は眼帯を外すことで答えた。右目は相変わらず赤熱色を放っていて、オッドアイの来望もまた可愛いと思う。


「私の右目ね、未来が見えるの」

「……はい?」

「未来が見えるの、私の右目」

「前後入れ替えろってことじゃなくてね?」


 ついに来望がおかしくなってしまった。中二病の気は無かったはずなんだけどなぁ……


「えっ……ほんとに見えるの?」

「見える。見えるからあのLINEを送ったの」


 来望は自信満々に言い切った。オレはそれを確認すべくスマホを起動する。謎の数列12個。その数字は普段であれば意味のないものであるが、来望が未来を視られるなら何かの意味があるということだ。


「……私、今日新宿に行ってきたの。それでこの眼帯、買ってきた」

「可愛いと思うよ、よく似合ってる」

「……そのついでにね、これも買ってきたの」


 ケースから取り出されたのは36枚の紙切れだった。しかしその紙切れをオレはよく知っている。というか何なら毎週のように見ている。裏返しにされているものの、その意味を理解できないような人間ではない。


「ラムちゃん、なんで馬券なんか」

「中京(*1)第1レース、1着は12番、2着は1番、3着は9番」


 来望は1枚の馬券をめくる。そこには宣言された番号通りの3連単(*2)一点買い、しかも1000円分買われていた。オレは結果を表示しているサイトに繋いでそれを確認する。


「……当たってる」

「京都(*3)第1レース、1着は5番、2着は16番、3着は15番」


 当たりだ。これもその順番通りに入線しており、目の前に存在する馬券はとんでもない価値になっていることになる。なぜなら、このレースはいきなり大荒れになったレース。外枠の2頭は悠里さんなら間違いなく買っていた穴馬であり、3連単の配当は驚異の200万円。それを1000円分買っているということは、目の前の紙切れに2000万円もの価値が存在することになる。


「東京第1レース、1着は2番、2着は9番、3着は11番」


 その宣言と同時にオレは理解した。あの数字の意味、それは東京競馬場で行われるレースにおいて馬券内に入る馬3頭の数字をただ並べただけ。たったそれだけの、あまりにも単純な数字の羅列。その数字の羅列が朝の9時に送りつけられてきたことに意味がある。12回も行われるレースの全てを完璧に当てることなど常識的に考えて不可能に近い。


 それができるとするのならば……それこそ未来をのぞき見できるような、そんな絵空事を可能にできるような人間にしかできるはずがない!


「私、颯馬に迷惑かけた。でももう大丈夫だよ。私が、颯馬を支えるから」


 そうしてオレに向けられた笑顔は無垢そのもの。未来視などという大それた能力を、たった一人、オレだけのために使おうとしている。その気持ちは嬉しい。嬉しいと思わないほうがおかしい。それでもオレは……


「ラムちゃん」

「……?」

「そのプロポーズはまだ受けられない」

「……なんで?」


 来望はきょとんとした表情でこちらを見ている。確かに来望の力があれば一生暮らしていけるような大金が毎週のように入ってくるだろう。オレがもしも競馬好きでなければ快諾していただろう。でも、オレは残念ながら競馬好きなのだ。故に、引き下がってはいけない一線というものがある。


「ラムちゃんは競馬のことをどう思ってる?」

「ギャンブル」

「だよね。多分今のままのラムちゃんと結婚するとどこかで亀裂ができると思う。だから、来望ちゃんが競馬のことを好きになってくれたら……オレは快くプロポーズを受けるよ」


 しかし来望はその提案に不服のようだ。


「……必要ない。颯馬のことを幸せにするのは、私だもん」

「オレは今でも幸せなんだけどなぁ」

「っ、そういうことじゃ、ないの……!」

「ちょっとラムちゃん!」


 来望はそう言って大量の万馬券(*4)を部屋に残したままオレの部屋を飛び出していってしまった。


「……これどうすりゃいいんだ?」

 

 一気に換金すると大変なことになるだろう。そうなれば来望が悪いやつに目をつけられる可能性も大きくなる。かといって放置したままというのもよくない。とりあえず払い戻しだけ行ってそれらは全部別の口座にでも入れてしまおう。結婚資金として貯金してしまえ。あとはこれだけの払い戻しが出ることを考えれば出納帳(*5)をつけておく必要もあるな……


 そういえばオムライス作るって話どこいった? 後で持っていくか。今一緒に食べるってのは来望にとっても気まずいだろうから……。


 ■


*1 中京競馬場。愛知県豊明市にあり、高松宮記念とチャンピオンズCの舞台である。最寄り駅は名鉄名古屋本線中京競馬場前駅であるが、意外と歩く。

*2 1着から3着までを順序の間違いなく当てる馬券の方式。16頭立ての場合その組み合わせは3360通りに及ぶ。当然配当は高く、時に百万円単位の払い戻しが行われることも。

*3 京都競馬場。京都市伏見区にあり、天皇賞(春)や菊花賞の舞台である。最寄り駅は京阪本線淀駅。現在大規模改修中であり、2023年までは他の競馬場での代替開催が予定されている。

*4 配当倍率が100倍以上の馬券。人気馬で固まらない限りは3連単は万馬券になりやすい。払い戻しが10000円以上になる馬券という意味ではない。

*5 一般的に、払戻金額と購入金額の差額が50万円を超えると一時所得として課税される。申告しなければ当然脱税になるため注意が必要だ。

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