Race3. 払い戻し作戦
翌日の朝。オレは女の子になっていた。何を言っているか分からないと思うがオレにもよく分からない。この訳を話すべく少し時間を巻き戻そう。
あの後来望にオムライスを届け、食べるのを見届けた後皿を回収して洗っているときに、ふとこんなことを考えた。
「(……身バレするんじゃね?)」
高額払い戻しはよくあることだ。ある馬に100万円の複勝(*1)を賭けたとして、それが当たれば最低100万円は戻ってくる。これもまた高額払い戻しだが、そういう当たり方ならまだしも今回は『3連単』の『1点買い』だ。これで当たった馬券が36枚。中には100万円以上の配当になってしまった馬券も存在する。
「(100万円以上の払い戻しになった場合は窓口での受け渡しになる……1回悠里さんが当ててるとこは見たけどアレを一度に何回もやれば疑いの目を向けられて当然だ)」
これが流し(*2)だとかボックス(*3)だとか、そういう買い方ならまだいい。『1点買い』というのが大問題なのだ。やはりこういう時に頼れるのは……
「ということがあってですね」
「草」
「笑い事じゃないです」
悠里さんに電話をしてその旨を伝えると呆れすら含むような笑いでそう言われた。
「ってか、颯馬ちゃんが言ってることが事実ならそれメッチャヤバいでしょ」
「信じたくないですけど……」
36枚の馬券を映した写真を送りつけると、
「やべぇじゃん、買い方がもう『強者』」
「こんなの一気に窓口に出せるわけないですよねぇ!」
「いやーそりゃアタシに相談したくなる理由もわかるわー」
悠里さんは一息置くと、オレにこんな提案をしてきた。
「要はさ、身元がバレなきゃいいわけじゃん? ならアタシに考えがあるわ」
その結果がこの始末。姿見に写されたオレの姿は女の子そのもの、無駄にピンクピンクした服装はゲームのキャラか歌舞伎町にいそうな女みたいなイラストでくらいでしか見たことが無い。
「はぁ……はぁ……どうよ!?」
「どうよと言われましてもよくこんな服持ってますね」
「1回颯馬ちゃんに着せてみたかったんだよね……だってほら、颯馬ちゃん可愛いから……」
こいつ変態だ。いや今更か。確かに高校時代から女の子っぽいって言われてたし、文化祭では女装させられてメイドカフェの最前線に立たされたりしていたが……。
「満更でもない顔してるじゃん?」
「昔のことを思い出しただけです」
やけに好評だったことを思い出して少しだけ赤面した。
「……本当にこの格好で行くんですか?」
「アタシに頼ったことを後悔すべきだわ」
それはそうだ。こうしてオレは女装させられて外出するという結構レアな出来事を、高額配当を払い戻しに行くというチグハグな理由で体験することになってしまった。
※
平日の競馬場は静寂に包まれており、昨日の喧噪がまるで嘘のようだ。まずは機械で払い戻しができる馬券を一気に処理していく。1回馬券を突っ込む度に大量の万札が出てくるのはある種の恐怖を感じる。これらを麻薬の密売でも行うかのように手持ちのカバン(無駄にカワいい)に突っ込んでいく。人がいないのが幸いだ。
こうして36枚中30枚の払い戻しが完了する。さてここからが問題だ。ここには高額払い戻しができる窓口は1つしかない、そして手元には1つあってもヤバい馬券が6枚。そしてオレたちは見た目がヤバい。ヤバの塊である。
「おっ、おねがいしまーす……」
何故馬券を払い戻すのに女の子っぽい格好をして女々しい声を出さないといけないのか。哲学的な問いに浸りたくなるが、そこをぐっとこらえて番号札を受け取る。心なしか職員さんの目線が冷ややかに感じられてしまう。
「……悠里さんよくやりますねほんと」
「だって楽しくない?」
「まぁ……楽しいか楽しくないかで言えば」
「……やっぱ才能あると思うわ」
女装の才能か……人間には3つの才能があるとはよく言われるが、その1つが女装というのはなんとも複雑な気分になる。しばらくして番号が呼ばれると、目の前には大量の札束が鎮座していた。その数総勢20個、2000人もの諭吉さんが山積みにされている。
「ありがとうございましたー」
職員さんがそう言ってこちらに札束を渡してくる。オレはそれをどんどんとカバンに入れていくが……重い! 1枚1枚はペラペラの紙だが、それが大量に集まればこの可愛らしいカバンを引きちぎらんばかりに重力の攻勢を仕掛けてくる……!
「……タクシー捕まえていったん帰りましょう」
「いやこれやべーわ、マジで」
かくして1回目の払い戻しでヘトヘトになってしまったオレ達は、一旦家に帰ることにした。タクシーを呼び出して家まで帰るってそうそうない経験だ。この格好でってなるとちょっとしたお嬢様気分になる。
家まで金銭狙いの悪漢が現れることもなく、無事に結婚資金(予定)の輸送に成功した……のだが。
「……?」
「……!」
オレの部屋に入ろうとしたとき、ちょうど来望が外に出てきてしまった。今のオレ達は明確に不審者である。不審者がオレの部屋に入ろうとしているところを見られれば当然通報されてしまう! さらに、
ドサッ!
とオレの無駄にキューティクルなカバンから札束が落下! これには来望も目を白黒させながらこちらを見ている。何か言い訳を考えようという矢先に、来望がこちらを見据えて口を開いた。
「……颯馬、その女誰?」
あっ、そっち? ってそっちだとしても修羅場じゃん!
■
*1 3着以内までに入ってきそうな馬を当てる方式。出走数が5頭以上7頭以下の場合は2着以内に制限されるが、比較的当てやすいので競馬初心者におすすめ。
*2 軸とヒモを決める買い方。馬連や3連複といった、ある着順以内に入っていればいい方式と相性がいい。たとえば、馬連の流しの場合は、『1-2,3,4』と言った表記をされる。この場合は1は必ず入っていなければならず、残りの2,3,4はどれが来ても的中である。
*3 馬を何頭か選び、その中で起こりうる組み合わせを全て買う買い方。例えば3連単のボックスで『1,2,3』となった場合は、1,2,3全てが3着以内に入っていればその組み合わせに関係なく当たりである。
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