未来視で手にした万馬券を手に求婚を迫ってくるオレの幼馴染にどうしても競馬を教えたい〜妹のように可愛がっていたクールな幼馴染と幸せな家庭を築くまで〜
黒埼ナギサ
1st. 銀白色の怪物はなぜ幼馴染の少年に恋をしたのか
Race1. 恋の発走
「私、颯馬と結婚したい」
オレ、日吉颯馬は幼馴染である設楽
来望はオレの幼馴染と呼ぶにはあまりにも不釣り合いな美少女だと思う。芦毛……いや白毛(*1)の馬のようにサラサラとしたロングヘアに西洋人形のような蒼い瞳はまるで海外のモデルを思わせる。だがその見た目とは裏腹にボケッとしたところがあり、何を考えているのかわからないことも多々あるのが可愛いところでもあるのだが。
そんな来望とはオレ達が赤ちゃんの頃からの付き合いだという。家族ぐるみの付き合いというやつだ。それだけ付き合いが長いと、来望のことは妹のようなものであり、今の心境としては妹に告白されたという気持ちが強い。
一体どうしてこんなことになってしまったんだ? 今日の朝からの出来事を想起することにしよう。
◆
2月始まって最初の日曜日、オレは久々とも言わんばかりに踏みしめた空気に感動を隠せずにいた。時間にして朝9時だというにも関わらず、入場ゲートには既に人だかりができている。周囲は年配の男性が多い印象ではあるが、ちょくちょく若者の姿も見られる。その中で女性というのはかなり稀な部類だと思う。
「颯馬ちゃん、期末どうだった?」
「まぁ単位は取れたと思いますよ。それよりも悠里さんこそどうなんすか? ちゃんと卒業できます?」
「失敬な、ちゃんと単位は取ってますよーだ!」
そう言って悠里さんは手に持った新聞でオレの頭をひっぱたく。その新聞とはただの新聞ではない。新聞に書き記されている大量の数字と文字。そして赤ペンで記された大量のマークが示すものが意味するモノはただ一つ。
「にしても久しぶりっすよね、競馬場」
「そーそー、流石に中山(*2)まで遠征するのはねー? テストのこともありますから」
日吉颯馬、多摩中央大学2年。オレは去年の秋に晴れて馬券を買えるようになってからというものの、大学の先輩である長岡悠里さんと連れだって毎週のように東京競馬場(*3)に行くようになっていた。
悠里さんは大学の競馬サークルで知り合った先輩で、趣味は男装。男装というよりかは普段から完全に王子様スタイルなヤバいイケメン女子と言ったほうがいい。……まぁもう一つの趣味である
「ねーねー颯馬ちゃん颯馬ちゃん、今日の買い目は何だと思う?」
「松江」
「わーお即答」
「軸にはできないですけどヒモ(*4)なら十分飛んでくると思いますよ」
「アタシはねぇ……この子」
そう言って堂々と見せつけた新聞には既にデカデカと◎が打たれていた。……とてつもない人気薄の馬に、だが。
「……マジすか」
「このレースとにかく荒れやすいんだから!」
「……そんなんだからタマチューの逆神(*5)って言われるんですよ? チョコ食べますか?」
「うむ、苦しゅうない……って誰が逆神よ!」
オレが差し出したチョコを悠里さんはプンプンしながら頬張る。どこか周囲の人たちも少し引いた目で見ているような気がする。……気のせいだといいんだけどなぁ。
かくしてゲートは開かれる。オレたちは既に入場券を購入してあるので、そのままスッと競馬場内へと入ることができた。本来であれば席取りのための『
府中競馬正門前駅から直通で入れるゲートからまっすぐ進み、スタンド内に入って右折。そこからエスカレーターで上に行くと見えてくる窓口。それは金銭を積んだ者だけが入ることのできる理想郷、指定席である。
「席取るために生きてる感あるわ」
「……ほんといつも申し訳ないっす」
競馬場の指定席。毎週のように行われるチケット争奪戦は人気レースにおいては開始数秒でその情勢が決まると言われる超激戦区である。流石にG1(*7)にもなると抽選販売になってしまうが、悠里さんはそうでなければこのチケットを必ず入手してくる恐ろしい人物である。
自分の席の場所を確認し、椅子に腰掛ける。この時期はまだまだ肌寒く、あまり外に長居したくは無いのだが、やはりここから見える景色は下とは違うものがあっていいと思う。鮮やかな芝生に巨大なスクリーン、さらに右手を見れば富士の山がそびえ立つ。
「やっぱこの風景っすわ」
「だよねー、わかる。ここ体感しちゃうと買わないって選択肢が無くなるよ」
オレは競馬という競技そのものが好きだ。ギャンブルとしての側面は当然あるが、それ以上にサラブレッドが駆け抜ける姿というのはやはりカッコいいと感じる。オレが小さい時に見たそれと全く変わりの無い光景であり、それはギャンブルという側面を越えてオレを熱くさせるんだ。
スマホからLINEの通知音が鳴る。その通知音を聞くや、悠里さんがこちらをニヤニヤと見ていた。
「今の、颯馬ちゃんの彼女ちゃんだよね?」
「かっ、彼女とかじゃないです。ただの幼馴染ですから」
「へー」
通知をタップして内容を確認すると、そこには謎の数字が羅列されていた。数字は12個無造作に書かれており、何を意図しているものなのか全くわからない。だが今考えてみれば、それがフラグになっていたのかもしれないな。
『ラムちゃん何これ?』
そうメッセージを送るも、返ってきたのは『がんばれ!』のスタンプのみ。
「なになに? アタシへの嫉妬?」
「……よく分かんなかったです」
「ひょっとして前言ってたケガの話と関係あるんじゃない?」
「ケガって……あぁ、あれのことですか? お医者さんは大丈夫だって言ってるから大丈夫だと思いますけど」
来望の誕生日は1月31日であるため、オレと来望の共通の知り合いを集めて誕生会を行った。来望が初めてのお酒を楽しんだのを皮切りにドンチャン騒ぎが始まる。正直オレもその時の記憶が少し抜けているくらいには酔っていたと思う。そしてその翌朝に事件は起きた。
なんと来望の右目が文字通り真っ赤になってしまったのである! それは充血ではなく、元から灼眼であったかのように煌々とした輝きを放っていた。そこで行きつけの眼科に診てもらったが、特に異常はないとのこと。来望本人も『カッコいい』と言っていたのでこちらも気にすることは無かったのだが……
「とりあえず朝ご飯を食べましょう! やっぱここ来たら朝は蕎麦(*8)で決まりでしょ!」
そうしてオレたちは競馬を楽しんだ。オレとしては馬券を当てるというよりかは飯を食いに来た気でいる。故に行きつけの店を片っ端から漁り、ターフ駆ける馬たちを眺めながらそれを貪り、たまに馬券を買ってみたりと大いに楽しんだ。俺が言っていた松江騎手がメインレース(*9)で上位に食い込んできたときは流石に叫んだが。
一方の悠里さんはいつものように爆死していた。当たるときはとにかくとんでもない当たり方をするのだが、当たらないほうが大きいのでオレも悠里さんも慣れたものだ。それでも1レース穴馬の組み合わせで当てたので、収支としては悪くないというのが悠里さんクオリティなのだが。
「やー今日もありがとねー」
「とんでもないです。来週も来ますか?」
「当たり前でしょ、東京開催は毎日来るわ。じゃまた来週ね!」
悠里さんと別れ、オレも1人帰路に就く。電車に揺られながらスマホを確認すると、狙い澄ましたかのように来望からのメッセージが届いた。
『今日、大事な話があるの。颯馬の家行っていい?』
『ラムちゃんならいつでも来ていいぞ』
『やった。待ってて』
大事な話ってなんだろう。……ふと今朝の謎の数列がオレの目に入った。
「これ一体何だったんだ……?」
改めてこれらの数字をよく見てみる。数は12、それぞれの文字の桁はまばらで、3桁から6桁まで存在しており、数字同士の関係性を見いだすことはできそうにない。
……見れば見るほど頭が痛くなるな。今は家に帰ることだけに集中しよう。オレはスマホをポケットにしまい電車に揺られることにした。
家の最寄り駅に着くと、来望が手を振ってこちらに駆け寄ってきた。紅に染まった右目はファッショナブルな眼帯で覆われ、オッドアイであることを隠している。にしてもあんな眼帯どこで手に入れたんだろう?
「颯馬」
「ラムちゃんただいまー、その眼帯は?」
「新宿で買ってきたの」
声色こそ涼しいものがあるが、駆け寄ってくるその姿はどうしても妹のようなものを想起してしまう。オレにとってみても来望は妹のような存在であるので間違ってはいないのだが。
「ラムちゃん何か食べたいものある?」
「……オムライス。ふわふわの」
「ラムちゃんほんとオムライス好きだよね?」
「『颯馬の』オムライスだから」
1人で暮らすにあたってある程度の自炊スキルは磨いている。来望がオレの隣の部屋に住んでいるのもオレに頼りやすくするためだという。オレとしては飯はともかく洗濯くらいは自分でやって欲しいと思うんだが……。
確かオムライスを作れるだけの材料はまだ家にあったなと思いつつ茜色に支配された道を歩いて行く。この辺は起伏の多い地形で、オレたちの住むアパートは坂の頂上に存在する。オレや来望の部屋からは街の景色が一望できるとあって、友達がよくやってくるのは悩みの種でもあるが。
「そういや今朝のアレは何だったんだ?」
「……颯馬、わからなかった?」
「全く」
来望が少し悲しそうな顔をしている。……何かの暗号だったのだろうか?
「……颯馬。もしもお金持ちになったら……どうする?」
「お金持ちねぇ……急に言われてもぱっと思いつかないよ。……オレだったら結局今と変わらないかもな」
「……颯馬の夢、叶えられない?」
「オレの、夢?」
こくこくと頷く。オレの夢、か。オレの夢って何だったっけ? お金持ちになって叶う夢ってお金持ちになりたいって夢くらいじゃないか? そもそもお金持ちってのも漠然としてるし。大概そういう人は何か大きな企業のトップにいるような、そういう感じだ。
オレたちは坂の頂上へと辿り着いた。そこから左にちょっと曲がればもうオレたちのアパートに入る。自転車を停めて階段を上ろうとしたときに、来望はそっとオレの手を引いた。
「大事な話、あるの」
「なに?」
一瞬の諮詢。それは永劫に感じられるほどの長さを持ってオレたちの周りを包んだ。来望はそれを言うべきか言わざるべきか悩んでいるようにすら感じる。そして踏ん切りがついたのか、来望は重い口を開く。それがオレに対する突然のプロポーズというわけだ。
……いやどういうことなんだ?
■
*1 馬の毛色。芦毛や白毛は競走馬の中でも珍しく、観戦するとすぐに気付くだろう。芦毛で有名な馬といえばオグリキャップやクロフネ、ゴールドシップあたりか。白毛はとても珍しく、最近ではソダシが阪神JFを制したことで話題になった
*2 中山競馬場。千葉県船橋市にある。有馬記念や皐月賞の舞台である。最寄り駅はJR武蔵野線船橋法典駅。
*3 東京都府中市にある競馬場。日本ダービーの舞台である。最寄り駅は京王線府中競馬正門前駅とJR武蔵野線・南武線府中本町駅。
*4 1着では来ないと思うが、2着3着には入ってきそうな馬。
*5 本命にした馬が悉く馬券から外れる人のこと。逆神が指名した馬は本命から外す人もいるほど。
*6 重賞レースが行われる日の競馬場名物。指定席を取れなかった人や間近で馬を見たい人は、いい席を取るべく開門と同時に強烈なダッシュを行い席の奪取を狙う(HHEM村)。特に日本ダービーにおける開門ダッシュは圧巻の一言。
*7 競馬における競走格付けの最高峰。以下G2、G3、リステッドと続く。
*8 東京競馬場において、蕎麦といえば『馬そば深大寺』である。フジビュースタンドにある馬そばは昼時の行列はマジでヤバいが、そば屋という形態上、回転率も早い。実は内馬場にも全く同じ名前のそば屋が存在する。筆者は内馬場のほうが美味しいと思うが、入場制限の煽りを受けて閉店中である。悲しい。
*9 その日の開催で1番大きなレースのこと。基本的に11Rに行われるが、去年のジャパンカップは12Rで行われたため、馬券を買うときには注意が必要。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます