第31話 後押し


(……す、凄いです、まだ鳴り止みませんよ、師匠への拍手喝采……!)


 立ち上がって拍手をする泉を始めとして、会場には座る者など一人も見当たらず、演奏を終えた前田に対する称賛の音色で満ち溢れていた。


「……ホント、すげーよ……前田……すげーとしか言いようがねえよ、お前……!」


「……ですね。わたくしも、悔しいです。頭が真っ白になっちゃって、凄いとしか言葉が出てこないですから……」


 怒涛のスタンディングオベーションの中、前田がお辞儀をしてその場をあとにしようとしたその直後だった。前のめりに倒れ、歓声と悲鳴が交互に入り混じるという、異様な空気がまたたく間に広がっていった。


「……し、師匠……?」


「……な、なんだよ前田、死んだ振りのパフォーマンスか……?」


「……ま、前田さん……?」


 しばらく呆然とした表情の泉たちだったが、どよめきの中で前田が一向に起き上がる気配を見せなかったため、我に返った様子で一斉に舞台のほうへと走っていくのであった……。




「「「……」」」


 救急車の中、人工呼吸器が取り付けられた前田と、彼を取り巻く救急隊員に対し、泉たちの悲痛に満ちた視線が注がれる。


「し、師匠は……前田さんは一体なんの病気なんですか……?」


「な、なんか大事みたいになってるけどさ、なんなんだよこりゃ……?」


「ま……前田さんは……一体どうされたのでしょうか……」


「えー、ちょっと言いにくいんだけどね、この人、轢き逃げに遭ったみたいでねえ……」


「「「えぇっ!?」」」


「普通なら立っていられないレベルなんだけども、そこから時間が経ち過ぎちゃってて、状態が非常に悪化しているわけなんだよね。なので、ちょっと今のところは我々の口ではなんともいえないってことで……」


「な……なんともいえないって、どういうことなんですか!?」


「お、おい、はっきり言えよ!」


「助かるのですよね……?」


「とりあえずね、病院へ到着次第、緊急オペを施すことになるかと……」


「「「……」」」


 見る見る青ざめていく泉たち。


「……し、師匠……どうして……どうして言ってくれなかったんですか……。命より大事なものなんてあるはずもないのに、どうして……」


「……畜生、こんなところで死ぬなよ、前田あぁっ!」


「……前田さんを……前田さんをどうかお救いください……」


 放心状態の泉、頭を抱える鮫島、うずくまって祈る仕草をする漆原……これでもかと悲壮感が車内に蔓延する中、一人の隊員の台詞が流れを変えることになる。


「――あのー、彼のポケットの中に、手紙のようなものが……」


「「「えっ……?」」」


 受け取った一枚の紙を受け取り、読み始める泉たち。そこにはこう記されていた。


『もう限界が近付いてると感じたから、弟子たちに向けて念のためにこの手紙を書いておくことにした。もしこれを読むことがあったなら、俺は相当に厳しい状況になっているってことだと思う。心配をかけて本当に申し訳ない。今朝、俺は轢き逃げされてしまったんだが、どうしてもコンクールに出場したくて隠すことにした。弟子たちの成長をこの目で見届けたかったし、何より俺が後押ししてやりたかったから。声でも、そして背中でも。バカな師匠だと思うだろうが、許してくれ。それから、最後に情けない師匠から一つだけお願いがある。俺が倒れてもお前たちはコンクールに出続けてほしい。きっと、こんな状況で何言ってんだって思うかもしれないけど、自分のせいでお前たちが棄権するほうが俺にとっては無念なことなんだ。俺も精一杯戦う……だから、お前たちも一緒に戦ってほしい。クラシックギターの音色を……魂を俺の元へ届けてほしいんだ……』


「「「……」」」


 手紙を読み終わり、目頭を押さえる泉たちだったが、まもなく強い表情でお互いを見つめ合った。


「さ、鮫島さん、漆原さん……私たちの演奏で、奇跡を起こしましょう……!」


「あぁ……泉ちゃん、そうしたいのは山々なんだけどよ、俺はもう予選敗退が決まってるし……」


「あ、それでしたら欠員が出たので、敗者復活戦があるかもしれませんよ」


「あっ……!」


 漆原の言葉ではっとした顔になる鮫島。三人の表情には、最早悲しみどころか迷いの色すらも一切見られなかった……。

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