第23話 勘違い
「……」
あれから、不思議と症状は改善していった。早速効き目が出始めたらしい。漆原さんに感謝だ。
当初は心配したが、この調子なら今日一日くらいは持ちそうだな……。ただ、コンクールが終わったらすぐ病院へ駈け込まないと大変なことになりそうだ。
「師匠、本当に大丈夫なんですか……?」
「ん、ああ、大分よくなってきたみたいだし大丈夫だよ。漆原さんの偽薬――い、いや、薬が効いたみたいだ……」
「お役に立てて光栄です、前田さん……」
「うっ!? お、俺もなんか急に腹が痛くなってきたぜえぇぇっ……!」
「あらあら」
「……」
随分都合のいい腹だな……。
「――あっ、そういえば私、これ持ってました! 鮫島さん、よかったらどうぞー!」
「うぇっ?」
泉が鮫島に手渡したのは正露丸だった。どうせ仮病だろうし、これを正常な状態のときに飲んだらヤバそうだな……。
「あ……なんか急に治ってきたみたいだから返すよ、泉ちゃんっ……!」
「えーっ!?」
「ふふっ」
「ははっ」
俺は漆原さんと笑い合った。本当に都合がいいな、鮫島の腹は――
「――うっ……」
「「「……」」」
「あ、いや、ちょっと緊張しちゃってね……」
今、一層強い頭痛がしたが、すぐに治まったし大丈夫だろう……。
それからしばらくして、俺たちの乗ったバスが駅に到着し、歩いてコンクールの会場へと向かうことに。
その途中で、俺たちと同じようにギターケースを担いで歩くやつらがちらほらいて、嫌でもこれから勝負をしにいくんだっていうことを意識させられたが、それは相手にとっても似たようなものなんだろうな。
そんなことも影響してるのか、みんな徐々に口数が減ってきて、それまで興奮した様子で喋っていた鮫島でさえ黙り込んでしまうほどだった。
「「「「――おおっ……」」」」
そんな俺たちが驚きの声を合わせたのは、会場の建物が見えてきたときだった。これが結構本格的で、国会議事堂とかそういうのを連想するくらい立派な佇まいを見せつけてきた。そう思えるくらいこっちが緊張してるっていうのもあるんだろうけど、とにかく圧倒される。
いよいよ会場前に立ったわけだが、周りにいるギターケースを抱えたやつらが全員強敵に見える。というか、クラシックギターって勝手に年寄りばっかりやってるイメージがあったが、こうして見渡してみると若い子も普通にいるんだと感じた。
「――よう、泉」
ん、一人の少年が近付いてきた。どうやら泉の知り合いらしい。なんか物凄く顔が整ってて、それ系の事務所に誘われてもおかしくないくらいだ。何より堂々としていて、只者じゃないってことがすぐにわかる。ってことは、例のやつなんだろうな。
「桧山君……!」
「……」
そうか、やはりこの少年こそが、俺と弟子の泉を賭けて勝負することになってる、超エリートクラシックギタリストの桧山楓……。
「遅いから心配したが、どうやら逃げずに来たみたいだな」
「に、逃げるだなんて……! 見ててください、師匠の演奏を耳にしたら、きっと腰を抜かしちゃいますよ……!」
「へっ、そりゃあ楽しみだな……」
「お、おいおい……」
泉のやつ、勝手にハードルをあげてくれるなよと……。
「お、あんたが泉のご自慢の師匠なのか」
「あ、あぁ、俺は前田進っていってな、お手柔らかに――」
「――プククッ……」
「えっ」
誰が笑ってるのかと思ったら、彼の傍らにいる取り巻きっぽい女の子だった。
「こんな冴えない感じのオッサンが、楓に勝負を挑むとか……超ウケるー!」
「……」
まあ、確かに俺なんてただのオッサンにしか見えないだろうし、そこはしょうがない。
「師匠を舐めてたら痛い目を見ますよ!」
「はっ……こんなの、見た目だけでもダメだってわかるよ。楓と勝負する前にあっけなく予選敗退に決まってるでしょ」
「黙ってろ」
「は、はい……」
「え……?」
文字通り生意気な女の子を黙らせた少年に手を差し出された。
「俺の連れが失礼なことをした。勝負を楽しみにしている」
「あ、ああ……」
この桧山とかいう少年、目つきは鋭いし悪そうな雰囲気がこれでもかと漂ってるが、根はいい子なのかもな……。
「あっ!」
俺は彼と握手しようとして空振りしてしまい、転んだので笑い声が上がった。
「楓、ナイスッ」
「……いや、勘違いするな。俺は何もしてない……」
「へっ?」
「そろそろ時間だ。行くぞ」
「うん。じゃー、あんたら、精々予選敗退しないように頑張ってねっ」
桧山たちが立ち去る中、俺は泉たちの手を借りるようにして起き上がった。
「し、師匠、嫌がらせなんて気にしないでください。勝負に勝てばいいんですから……!」
「そうそう、あんないけすかねえ連中、本番でぶっ倒してやろうぜ!」
「本当に、勝ってほしいですね……」
「……あ、ああ……」
なんか桧山が手をわざと引いたから俺が倒れたみたいな空気になってるが、実際はこっちが勝手にバランスを崩しただけだった。あいつの手が二つに見えて、掴もうとしても掴めなかったんだ……。
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