第20話 強がり
「「……」」
未だかつて、これほど長く泉との間に沈黙の壁が立ちはだかったことがあっただろうか……?
それくらい、彼女はためらった様子で、中々口を開こうとはしなかったし、俺自身も嫌な予感がして声を出す勇気を持てなかった。
でも、師匠がこんなことじゃいけないし、そろそろ壁をよじ登ってやろう。及び腰なのが弟子にも伝染してしまうからだ。
「――なあ、泉。俺たち師弟関係だよな……?」
「は、はい、師匠」
「だったら俺のことを信頼して話してほしい。どれだけ話し辛いことでもじっくり聴いてやるから……」
「……え、えっと……破門とかはないですよね……?」
「は……破門……!? 泉、お前一体何をやらかしたんだ……?」
「……え、えっと、その……」
「……」
泉の尋常じゃないうろたえ振り……。嫌な予感というのはどうやら的中してそうだ。
「あのな、泉……まずは勇気をもって一歩でもいいから前へ踏み出すんだ。逃げるだけだと事態は全然前には進まないぞ……?」
「うぅ……」
「泉――」
「――わかりました、言いますっ……!」
「おっ」
泉がきりっとした顔つきで前を向いた。いよいよだな。
さあ、一体なんの話なのやら。転校することになってもう会えない、とか……あるいは、重い病気が見つかったとか……いずれにせよ考えたくないことで、なおかつありえそうなので、心臓の鼓動が否応なしに高鳴っていた。
「じっ、実は……」
「……」
「ほ、ほら、以前にも話しましたよね、例のクラシックギターの超エリートのこと……」
「ん、ああ……確か、桧山楓とかいうやつだよな。そいつがどうかしたのか……?」
「……」
「泉……?」
「私、彼にこう言ったんです。もし師匠があなたとの勝負に勝ったら、ルールを守って大人しくしてくださいって」
「……それで?」
「そしたら、わかったけどこっちにも条件があるって……」
「……」
泉のやつ、今にも泣き出しそうな顔だ。どうやらここからが話の本筋みたいだな。
「条件って……?」
「……そ、それが……わ、私……」
「私……?」
「……じ、自分自身を賭けることになってしまって……」
「へっ……?」
「つ、つまりですね……桧山君いわく、もしその勝負に勝ったら俺の
「……なるほど、つまり俺が勝負に勝てなかったら、泉がそいつの恋人になってしまうってわけだ……」
「……はい。そういうことでございます……」
「はあ……」
何かと思えばそういうことか……。
「でもさ、泉。お前がそいつの恋人になったところで、俺から離れてしまうわけじゃないんだろ?」
「え、えぇっ……? それはそうですけど、でも、いいんですか……?」
「いいって?」
「わ、私が桧山君の恋人になっちゃうのは……」
「んー……泉がいいなら別にいいんじゃ……?」
あくまでも俺たちは師弟関係だからな。自分自身、変な気を起こさないためにもそこだけは忘れないようにしている。
「師匠……明らかに強がってますね……」
「お、おいおい、なんでそうなる……」
「師匠が焦ると早口になるのですぐにわかりますっ……!」
「……ま、まあ、自分の娘が嫁に行くようなもんだし、複雑ではある……」
「よ、嫁って……ププッ……」
「おい泉、笑ってる場合なのか? そんな約束しといて」
「ご、ごめんなさい……」
「まあ済んだことだからしょうがない。泉にそいつと恋人になる気がないっていうなら頑張るだけだよ」
「師匠……本当にごめんなさい。余計な重荷を背負わせてしまって……」
「んー、むしろやり甲斐が出てきたかな」
「えーっ!? 師匠って、もしかして変態さんなんですか……?」
「泉……」
「ご、ごめんなさいっ!」
「ま、やれるだけやってみるよ。それでダメだったらしょうがない」
「はい……というかですね、絶対師匠が勝つと私は確信してます。だからこそ、勝手にではありますけど自分を賭けたんですから……!」
「……」
泉のやつ、その割りにちょっと不安そうな色も覗かせてたけどな。はあ……本当に、これでもかとプレッシャーをかけてくれるなあ。まったくもう……。
まあいい。戦う相手にしても、条件にしても不足はない。可愛い一番弟子を簡単に嫁に出してたまるもんか……って、こんなことを考えちゃう時点で、俺ってやっぱりオッサンなんだろうなあ……。
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