第19話 勝負


「――と、こういうわけです……。なので、約束してください。師匠がコンクールであなたに勝ったら、部のルールをちゃんと守って、大人しくするって……!」


 すっかり過疎化してしまったクラシックギター部にて、教室の中央で女生徒たちを侍らせてふんぞり返る桧山楓に対し、泉が事の経緯を話した上で挑戦状を叩きつけていた。


「ねえ、さっきから何言ってんの、こいつ」


「ホントォ、バッカみたい……」


「てか、そんなオッサンに楓が負けるわけないでしょ」


「勝ちます!」


「「「あ?」」」


「ぜ、絶対勝ちます……」


 桧山の取り巻きたちに威圧されるが、泉は決して引かなかった。


「桧山君、黙ってないで約束してくださいっ!」


「……さっきから一方的だな、お前」


「え……?」


「ねえ楓、こいつボコっちゃおうよ」


「いいねえ、やっちゃお!」


「楓、やろうよ。気に入らないんだよ、この女――」


「――いや、勝手な真似をするなよ、お前ら」


「「「は、はいっ」」」


「……勝負も何も、俺が勝つことが決まっている退屈な大会に出ろって命令されるのは納得できないな」


「そうやって言い訳をして、師匠との勝負から逃げるつもりなんですか?」


「何……?」


 桧山が立ち上がって泉を睨みつけるも、彼女はあくまでも強気の表情を崩さなかった。


「……へえ、割りと度胸がありそうだな、お前。名前はなんていうんだ?」


「泉小夜です……っていうか、こう見えても一応部長なんですけど!」


「悪い悪い……俺が誰かの名前を意識するなんてことは、今まで一度もなかったんでな……」


「な……何様なんですか、あなたはっ……! それで、どうするつもりなんですか!?」


「……そうだな、特別に出てやってもいいが、……」


 桧山がなんとも凄みのある笑みを浮かべてみせた。




 ※※※




「――と、こういうわけなんだ。なので、俺もコンクールに出ることにしたよ」


 バイト先の休憩時間、俺は鮫島と漆原さんの前でそう宣言した。一度言った以上、もう引き下がれない。


「泉さんの経験のため、なんですね。前田さんって、お弟子さん思いなんですねえ」


「漆原さん、前田は若い子が好きなだけっすよ。つまり単なるロリコン!」


「おいおい……鮫島、あんだけ羨ましがってたお前が言うなっての」


「うっ!」


「ふふっ……」


「て、てか、その桧山とかいうふざけたやつはよー、エリートだろうがなんだろうが、この俺がぶっ倒してやるぜえぇっ!」


「……」


 鮫島のやつ、はりきってるな。まあ腐っても俺の弟子なだけあっていい線は行くと思う。ただ、例のエリート少年に関しては話は別で、今からいくら頑張っても勝つのは難しいだろう。


 俺だったら……どうだろうな。独学でやってきた雑草がエリートに勝つなんて、クラシックの世界でありえるんだろうか……? そもそも俺には勝負をするという概念すらなかったわけだしな……。


「前田さんの演奏をコンクールで聴けるのは、凄く楽しみです。きっとみなさん、驚かれると思いますよ」


「そ、そうかな……?」


「そうだよ、少しは自信を持てって前田! まあ優勝するのは俺なんだけどな! なははっ!」


「鮫島……お前は無駄に自信ありすぎだっての」


「ふふっ。ではわたくしも、打倒泉さんでいきたいと思います」


「えっ。漆原さんが、どうして打倒泉……?」


「さあ、どうしてでしょうね? それは内緒にさせてくださいな。では……」


「……」


 あぁ、そろそろ休憩時間が終わりそうなんだな……って、去り際に漆原さんから色っぽく目配せされてしまった。


「う……うおおおおぉっ! じゃあ俺は打倒ロリコン前田だあああぁぁっ……!」


 鮫島に至ってはとんでもないことを叫びながら去っていくし、色々とカオスなことになってきたな。まだまだコンクールまでは時間があるとはいえ、一体どうなることやら……。




「――あっ……」


 アパートの自室に帰ってきたわけだが、扉の前で泉が思いつめた顔で体育座りをしていた。


 これは……以前も見たような光景だ。あのときはいじめられたからここで座ってたんだっけ。制服には乱れも汚れも見当たらないが、こりゃまた何かあったな。


「し、師匠――」


「――大事なお話が……だろ?」


「は、はい。どうしてわかったんですか!?」


「そりゃわかるだろ……って、お前、わざと言ってるだろ?」


「てへへっ」


 あのときよりも泉の表情は明るいし大丈夫そうだけど、それでも妙な胸騒ぎがするんだよな。どうか杞憂であってほしい……。

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