第18話 心
――パチパチパチパチパチパチッ……。
「……」
ほどよく闇に染まった空間にて、クラシックギターの演奏後に一向に鳴り止まない拍手が鳴り響き、自身の心が微妙に揺れ動くのがわかった。
俺はふと思い立って、雰囲気を出すべくカーテンを閉めてからパソコンでギターのコンクールの動画を幾つか見てみたんだが、こういう場所でやってみたいという気持ちが少しだけ自分の中にあるのがわかって驚かされた格好なんだ。
自分はいつも部屋の中だけでギターの演奏を完結させていたし、それでも構わないと思っていた。一生スポットライトを浴びなくても、誰にも認められることがなくても、ただ弾きたい曲を弾ければそれでいいんじゃないかって。むしろ、自分の腕をひけらかすようで嫌だったんだ。
でも、コンクールの話を聞かされてから、ほんのちょっとずつ心が変化していっているのがわかった。思えば、リサイクルショップでの出来事も大きかったのかもしれないな。他人に自分の腕を披露するのも悪くないのかなって……。
――お、チャイムの音が聞こえてきた。泉のやつだと思うが、今日はいつもより少し早めなような。さては何かあったか……。
「し、師匠っ、今日は大事なお話がありますっ」
「やっぱりなあ」
「えぇっ? ど、どうしてわかったんでしょうか……」
「もう長いこと泉の師匠をやってるからだよ。以心伝心ってやつだ」
「な、なるほどう。それでは早速、お話します……!」
「――そうか……」
泉の話を聞き終わり、俺はうなずきつつ冷めたお茶を胃の中へ一気に流し込んだ。
その内容というのは、例のエリートなクラシックギタリスト――桧山楓――が泉の部活に入ってきて、度重なる暴言や部のルールを守らない等、そのあまりの横暴な振る舞いに対し、嫌気がさして辞める生徒が続出しているんだそうだ。んで、俺がギターの腕で勝負してぎゃふんと言わせてやってくださいというものだった。
「泉……ちょっと俺の腕を買いかぶりすぎなんじゃないか」
「えぇっ……?」
「別に俺の腕なんて全然大したことはないよ。子供の頃からクラシックギターを習ってやってきたっていうんだったら、そいつが……その桧山ってやつが勝つだろう。俺なんて相手にすらならないって……」
俺が頭を掻きながらダラダラと言うと、泉のやつが千切れるんじゃないかと思うほど首を大きく横に振ってみせた。
「絶対に師匠が勝つと思いますっ! 確かに、桧山君の演奏は滅茶苦茶凄いです。ミスなんて一つもないし、楽譜通りに、しかもそれを見ることなく暗譜で弾きこなしてしまいます。でも……何か違うんです……」
「……何かって?」
「……えっと……いざ言葉に出そうとすると難しいんですけど、なんていうか……その、心みたいなものがないんです」
「心、ねえ……」
まあ、泉の言いたいことはなんとなくわかる。俺はずっと独学でやってきた分、遠回りをしまくったわけなんだが、悪いことばかりじゃなくて、長くやっていく中でギターと対話するように奏でることが可能になった。これはおそらく、桧山とかいうやつには出せないものだろう。
けど、正直そこが評価されるとは思えないんだよな。仮に評価されたとして、独学で身に着いた癖のようなものは矯正が難しく、クラシック的なものを厳正に評価する場合は減点対象にされてもおかしくない。
「師匠ぉ……一生のお願いです。勝負を受けてくださいっ……!」
「泉……」
土下座までしてきやがった。どんだけ必死なんだか……。
「見苦しいからとっとと顔を上げろ」
「師匠……?」
「どうせやるならコンクールでやったほうがいいだろ」
「え……ええっ!? じゃ、じゃあ……!」
「あぁ、コンクールにその桧山ってのが参加するっていうなら俺も出てやる。泉ももちろん出るよな……?」
「もっ……も、もちろんです、師匠……!」
「……」
泉のやつ、よっぽど嬉しかったのか涙ぐんでやがる。正直、勝ち負けについてはどうでもいいんだが、泉にとってはコンクールに出場したほうがいい経験になるって思ったんだ。
もちろん、自分としても楽しみだけどな。そういう人目が集まるような場所で、どこまで力を引き出せるのか、そして、泉のクラシックギター部をひっかきまわしてる超エリートの桧山ってやつがどれだけ凄いのか……楽しみにさせてもらうとしよう。
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