第17話 波紋


「さあ、みなさん、一斉に始めてくださいっ……!」


「「「「「はい、部長っ!」」」」」


 谷ケ原高校、クラシックギター部では、部長である泉小夜の指導の元、新入生たちによるギターのフレット移動が行われていた。


「速く、そして強く……蛇のように、くねくねとやるようにしましょうっ!」


「「「「「はいっ!」」」」」


 悪戦苦闘しながらも、各々フレット移動を試みる生徒たちの様子に、泉が苦笑する。


(ふふっ、やってるやってる……。でも、当然だけどみんな凄くぎこちないね。私がやり始めたときも、師匠はこんな心境だったのかなあ……?)


「――はい、そこまでっ! それでは、私が手本を示しますっ!」


「「「「「おおおおぉぉっ!」」」」」


 泉がやってみせた、師匠譲りの高速フレット移動は、第一弦から六弦まで、およそ15秒であった。


「はえぇっ!」


「すごっ!」


「あれが人間のやることかよ!」


「ホントに蛇みたいっ……!」


「てへへっ……ここまでとは言いませんが、このスピードに少しでも近づけるように、みなさん頑張っていきましょー!」


「「「「「はーい!」」」」」


 それからしばらく和やかなムードで練習は続けられたのだが、まもなく一人の目つきの悪い少年が姿を現わしたことで、その場の雰囲気がガラリと変わることになる。


「――おい、クラシックギター部って、確かここだよな……? 出鱈目な音しか聞こえてこないんだけどよ……」


「えっと、あなたは……?」


「はあ……俺のことを知らないなんて、嘘だろ……」


「えっ……?」


 きょとんとした顔の泉に向かって、呆れ果てた様子で首を横に振る少年。


「俺の名前は桧山楓ひやまかえでだ……」


「あっ……!」


 少年の一言で泉がはっとした顔になり、そこからざわめきが波紋のように周囲へと広がっていった。


「桧山楓って……確か、三年前に開催されたクラシックギターのコンクールで、グランプリを獲得したやつじゃ……?」


「すげー、そんな本格的なやつが入ってくるのかよ……」


「ありえねー!」


「てか、超イケメンよね」


「ホント、素敵――」


「――へっ、猿どもがキーキー喚きやがって……」


「「「「「っ!?」」」」」


 桧山と名乗った少年がふてぶてしい表情で言い放ち、その場は一転して不穏な空気に包まれる。


「聞いたかよ、今の」


「そういやあいつ、結構な問題児らしいぜ」


「それ、あたしも聞いたことある! 成績優秀で容姿端麗でギターの腕も超一流だけど、性格もトップクラスで悪いらしいよね?」


「あー……確かそれでモテモテになって、生意気だって絡んできた不良たちを半殺しにしちゃったとかで停学処分になったらしいね……」


「あいつ、喧嘩もつええのかよ。やべー!」


「……あ、あわわ……」


 そんな物騒な噂話が次々と流れてきたこともあり、動揺した表情を見せる泉だったが、すぐに立ち直って桧山の顔をビシッと指差してみせた。


「あのですねぇ、ここはクラシックギター部なんですがっ!? ギター以外のことは持ち込まないでくださいね!」


「はっ……んなのわかってんだよ。っていうか、それなら一つ聞くが、ここで一番ギターが上手いやつは誰だ……?」


「そ、それは――」


「――はいはーい、僕でーす!」


「や、山田君……」


 手を上げて泉たちの元へとやってきたのは、彼女の次に上手いと言われる生徒だった。


「部長の手を煩わせる必要もありません。こんなやつ、僕で充分――」


「――何……?」


「ひっ……」


「こらこら、ギターで勝負ですよ!?」


「わかっている。だったらとっとと勝負曲を教えろ……」


「え、えっと……それじゃ、タレガさんのロシータでっ!」


「それで構わないからさっさとやれ」


「よ、よーし……」


 かなり緊張した様子で、楽譜に目いっぱい顔を近付けつつ、ようやく弾き始める山田。所々ミスはあったものの、ほぼスムーズに弾きこなすことができた。


「――ふう……ど、どーだったかな……?」


「とってもよかったですよ、山田君!」


「おおぉっ。それはよかった――」


「――まるでゴミだな」


「ちょっ……!? ゴ、ゴミってなんだよー!」


「いいからそいつを貸せ。これで同じ条件だろう」


 青ざめる山田から強引にギターを取り上げた桧山が、楽譜には目もくれずに椅子に座って無造作に弾き始める。


「こんなもの、目を瞑っても弾ける……」


「「「「「っ!?」」」」」


 その言葉は嘘ではなかった。桧山はロシータをあっという間に弾きこなしてみせたのだが、演奏中に彼は一度もミスを犯すことも、目を開けることすらもなかったのである。歓迎されないムードの中、少し間を置いて大歓声が巻き起こるほどの流麗な演奏であった。


(……し、師匠ぉ……どうしたらいいんでしょうか。本当に、とんでもない人が入ってきちゃいましたあぁ……)

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