第9話 成長
「「「「「――なっ!?」」」」」
谷ケ原高等学校、ホームルーム前の1年A組の教室にて、ギターケースを背負って現れた少女――泉小夜――に生徒たちの注目が集まる。
「い、泉さん、何それ……?」
「まさか、ショットガンでも入ってるのか!?」
「おいおい、物騒だな!」
「あ、安心してください、武器じゃないですからっ! これはですねえ、クラシックギターといいます。ジャジャーン!」
「「「「「おぉっ……!」」」」」
彼女が意気揚々とギターを取り出したことでその場が盛り上がるも、まもなく入ってきた三人組の女子に気圧されるように縮んでいく。
「あらぁ、厚顔無恥子さん、珍しく早いのね……って、なんなのそれ? まさかそれであたしたちを殴り倒すつもりなわけ……?」
「おー、いい度胸じゃーん。かかってきなよ。逆にそいつでさぁ、あんたのその不細工な面、少しは綺麗になるように整形してやるからさあ……」
「それいいねえ……って、こいつさっきから何黙ってんだよ。あたいらに挨拶くらいしたらどうなのさ!?」
凄みのある顔を近付けて威嚇する三人組だったが、泉の陽気な表情に怯えの色や翳りは一切見られなかった。
(す、凄い……。クラシックギターを抱えてると、まるで師匠と一緒にいるみたいで全然怖くないです。どうか見守っててください……!)
「では、変な人たちはスルーして、一曲弾かせていただきますっ!」
「「「は……?」」」
泉が左手の人差し指と薬指で第四弦の2フレット、第一弦の4フレットを押さえ、右手の親指と中指をボディ近くのそれらの弦に置き、アルペジオで優し気な旋律を奏で始めると、彼女たちを中心に漂っていた不穏な空気がまたたく間に一掃されていく。それは、彼女がタレガの数ある作品の中で、最近になって唯一弾けるようになった曲であった。
「「「「「――すごーいっ!」」」」」
「「「……」」」
泉が弾き終わると、少し間を置いて拍手が巻き起こり、泉の前に立っていた三人組はいかにもバツが悪そうに引き上げていった。
「泉さん、凄く上手だったよ。その綺麗な曲、なんていうの……?」
「これ、ラグリマっていう曲なんですよ!」
「へえー……泉さんってギター上手いんだねえ」
「ねえねえ泉さん、私にも弾き方教えてっ」
「僕も!」
「えへへっ……」
泉はあっという間に生徒たちに囲まれて、ギターの取り合いが発生するほどであった。
「ちょっと、離しなさいよ、あたしが教えてもらうんだから」
「私が先よっ!」
「――お前たち、何をギャーギャー騒いどるんだ」
「「「「「あっ……!」」」」」
担任の教師が姿を見せ、蜘蛛の子を散らすように生徒たちが席に戻っていったあとも、泉の表情は明るいままだった。
(師匠っ、厚顔無恥を極める作戦、大成功でしたっ……!)
「――あ……」
その日の放課後、泉が帰宅しようとしてギターケースとともに席を立つと、例の三人組が彼女の前に立った。
「ねえ、ちょっとお時間いいかしら」
「泉、あんたに話があんだよ」
「面貸しな」
「は、はい……」
※※※
「……」
俺はいつになくそわそわしていた。昨日、泉のやつにあんな偉そうなことを言ったけど、最近の子って何を考えてるかよくわかんないからな。ギターなんか持っていったらますます目立っていじめが酷くなる……なんてことはさすがにないよな……?
間違ったことを言ったつもりはないんだが、もしかしたらってことを考えると不安がどんどん頭をもたげていく。ないと思いたいけど、とにかく心配だ。気分を紛らわせようとギターを弾こうとしても、やたらと失敗が目立ってしまう。心ここにあらずということがギターにも伝わるのか、冷たくあしらわれてるかのようだ。
「――はあ……」
まだかよ、泉のやつ……。こういうときに限って来るのが遅いんだからなあ。
「はっ……」
ま、まさか、ギターの腕を披露したことで、生意気だとか言われて今頃いじめっ子たちにボコられてるんじゃ……? そこまで考えて、俺はもういてもたってもいられなくなった。だからといって学校に乗り込むわけにもいかないし、じっとしてたら心臓に悪いし気分転換に公園にでも行こうかな――
「――あっ……」
出かける準備をしようとしたところでチャイムが鳴り響いた。
「いっ、泉!?」
「えへへっ」
「……」
泉がケーキの箱を掲げてニコニコだったので、俺はホッとした反面、心配して損した気分になった……。
「――え……いじめっ子たちが謝ってきた……?」
「はいっ。そんな特技を持ってるなんて知らなかったって。逆にリスペクトしたい気持ちだって……!」
「……そ、そうか。な? 俺の言った通りだったろ……?」
「ですね! でも師匠、その割りにとっても心配そうな顔をしてましたがぁ……?」
「うっ……そ、それは当然だろ! 可愛い弟子が俺のせいでさらにいじめられたらどうしようって――」
「――か、可愛いだなんて、嬉しいです……」
「……」
そこかよ。泉は相変わらずどこかズレてるなあ。
「さあ、ケーキ食べるか」
「もー、今はロマンチックな場面ですよ……!?」
「んじゃ、花より団子ってことで」
「師匠ったらぁ、本当に照れ屋さんなんですねえ……」
「まあその分、食べ物には貪欲だけどな」
「な、なるほど……」
俺たちは甘いケーキを前にして、なんともほろ苦い笑みを浮かべ合うのだった。
少しずつだが成長してるみたいだな。泉だけじゃなくて、俺自身も彼女に引き摺られるように。もしかしたら、師弟関係として成熟しつつあるのかもしれない。
でも、それが何故だか終わりの始まりに思えて、妙に寂しく感じてしまうことも確かなんだ。ただ、いずれはここを巣立っていかなきゃいけないことに変わりはないわけだから、そのときまでこの子との限りある時間を心の底から楽しむとしよう……。
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