第24話  街中ですれ違った金髪美女に「私に暮らし方を教えて下さい!!」とお願いされたら、一緒に暮らすことになるのだろうか?

 彼女が玄関を後にしてから、しばらくの時間が経った。


 彼女の姿は窓枠から外れていて、窓から身を乗り出してやっと見えるくらいまで離れていた。


 それでも、彼女の綺麗な金髪は風景に霞むことなく、力ない後ろ姿はいつまでも確認できた。その後ろ姿を見て、初めて会った日のことが脳裏に浮かぶ。あの時は、体が勝手に動き、去りゆく彼女の手を取った。だけど、今はこうして見送ることしかできていない。


「本当に彼女を止めなくていいのか??」


 もちろん、俺の心はそうやって強く問いかける。そして、その言葉ばかりが頭の中を何度も何度もぐるぐると回る。彼女が、離れれば離れていくほど胸はキツく締め付けられるし、その問いかけがうるさいぐらいに頭の中で反響する。


 だけど、足は一歩も動こうとしなかった。


 一歩でも動かそうとすると、頭には四ヶ月前の悲しみが浮び、心が貫かれるように痛む。だから、動かすことを止めてしまう。

 

 そしていつの間にか彼女の姿は無くなっていて、そこにはいつも通りの住宅街だけが取り残されていた。。


* * *


 彼女が見えなくなってから、部屋を後にすると、俺は当てもなく家の中をぐるぐると歩いていた。


 頭の中は全然まとまらなくて、ただ一つ、寂しさだけをひしひしと感じていた。いつも通りのはずなのに、どの部屋もなんだか広く見えて寂しさだけが募っていく。


 だけど、これが自分の決めた選択肢であって、望んだもの。だから、もう泣かない。そうやって自分自身に言い聞かせる。


 俺は歩き回るのをやめて、少しでも日常を取り戻そうと、いつも通りに振る舞おうとした。だけど……


 「リモコン取って」と虚空に問いかけてみたり、二人分の昼食を作って、食べすぎてみたり。面影を感じるたびに目頭が熱くなった。だけど、自分で決めたことだと必死に思い込んで目を閉じた。


 そして何度も何度も涙を堪えて、やっと夕方になった。

 

 俺はオレンジの夕陽がさす和室で、祖母に手を合わせていた。この作法はずっと一人でやってきたから、彼女がいても居なくても変わらない行為。だけど、それにすら寂しさを感じてしまう。俺の中の彼女の存在は、よっぽど大きなものだったらしい。


 彼女がいなくなってから半日ちょっと。もちろん彼女はいなくて、俺は一人。そんな日々がそうやって続いていくのだと思う。何度も、何度も。そして繰り返す日々の中で徐々に彼女を忘れていって。自分の人生も終わっていく。


 そんな取り留めのないことを考えていると、ふと机の上に、見慣れぬ一枚のハガキがあることに気づいた。

 

 その白くてシンプルなハガキを手に取ってみると、裏面いっぱいに


『ありがとう』


 と太い文字で大きく書かれていた。それは決して綺麗な文字とはいえず、幼稚園児がかいたようなミミズ文字だった。それでもわざわざ筆を用意するあたり、彼女らしくて、俺はわざと微笑んだ。


 もちろん心の中は全然違う感情で満たされているし、別に誰かが俺の感情を見るわけではない。だから、こんなこと必要ないんだけど、俺は取り繕ったように微笑む。


 そして、自然な流れで長方形の厚紙をひっくり返すと、もちろん宛名面が現れて、そこにはたった三文字だけが書いてあった。








『遺言状』





 その厚紙は手からスルリと抜け落ちた。


 その三文字だって、漢字が難しかったのか、『ありがとう』よりひどい文字ミミズ文字で、書くところだって完全に間違えている。宛名面に遺言状だなんて……


 俺はその“らしさ”と“おかしさ”と、“くだらなさ”に少し頬が緩んだ。でも、次の瞬間その頬はキツく緊張し、目頭が耐えられないほど熱くなった。そして、これまで堰き止めていた何かが全て流れでて、視界が歪んだ。


 俺の中で、忘れようと押さえつけていた寂しさが一気に解き放たれ、途端に胸が苦しくなる。胸にはこれまでの押さえつけてきた反動と言わんばかりに締め付けられて、その感覚の奥底には、懐かしさもはらんでいた。


 それは、この感覚は、四ヶ月前のそれと全く同じで……




「これじゃあ死んだのと何も変わらないじゃん!!!」




 俺は靴も履かずに、衝動のまま家を飛び出した!



 彼女が家を出たのは朝方で、今は夕方。どこか遠くに行くって言ってたんだから、見つけるのなんて無茶だし、無謀すぎる。彼女の財力ならもう世界の裏側にだっていくことができるだろう。


 それに今更行っても、散々断っておいて何様のつもりと冷たく跳ね返されるかもしれない。今から俺は最大の身勝手を行うんだ、だからどんなことを言われても文句は言えない。でも、俺の中から死んでしまうのは嫌。もちろん、その明日来週か来月かわからない命日はもっと嫌だ。   


 でも、少しでも時間が残されているのならば、最後まで付き添いたい。もし四ヶ月前に感じたように別れが悲しいとしても、そうでもしないと今の俺が悲しすぎる。


 結局目の前から消えてしまうことが悲しいから避けていたのに、今彼女がいないことが既に悲しいなら、もう2度と会えない彼女を想うことは、彼女が死んだと言うことだ。そんなの認められない!


 俺は息の苦しさも気にせず走り続けて、さっき彼女が消えた辺りの十字路に差し掛かる。もちろんあれだけの時間があったんだから、この交差点以外にもいくつもの分岐を選択して前に進んでいるはずだから、正確に追いつけるなんて、ほぼ不可能に等しい確率だ。それでも俺には走り続けるしかなくて、頭を抱えた。


 車を持っていない彼女が遠くへ行くならば、恐らく電車を使うはず。そして、駅に行くなら…………右だ!!


 俺は前も左右も確認することなく、ただ闇雲に右へと体重をかけてスピードを殺さないように曲がると……



 強い衝撃が体を襲った!



 俺はその衝撃で後ろに倒れ、地面にお尻を打ち付け、尻餅をついていた。前にも人が倒れていて、おそらく曲がり角にいた人とぶつかったのだと思う。だから、前からは「いたたたた……」と声がしていて、俺はすぐに立つと、夢中になって頭を下げる。


「ごめんなさい!!」


 俺は怒られるのが怖くて、顔さえ見ずに、頭を下げる。そして、申し訳ないと思いつつ、先へ急ごうとした。後でいくらでも謝るから、今だけは勘弁してほしいと、足を進めようとした。


 だけど遊んだ左手がギュッと引っかかって前に進めなかった。


 そして、ぶつかった相手が「ちょっと待って!」と叫ぶ。


 そりゃこれだけ派手にぶつかっておいて、おおとがめなしには行かないよな。俺はこれから訴えられるのだろうか。そしたら彼女はもっと離れていって……


 でも、もう地球の裏側に行っている可能性だってあるんだから、元々どうせ彼女に追いつくなんて無理だったんだ。



 俺は彼女を半分諦めて、失意のまま顔を上げると……




 

 目には大粒の涙を流し、縋るような目で俺の目を見る。探していた、とっても綺麗な金髪の女の人が視界に映り……


「ミ、ミルシアさん!?」


 そこには、半日も前に別れたはずのミルシアさんが立っていた。ミルシアさんは目を真っ赤に腫らしていて、俺は思わず声をかける。


「そんなに痛かった?? 大丈夫?」


「私は大丈夫……そんなことより、ユートは急いでどこに行こうとしていたの?」


「そんなことより今は……」


 俺にもかなりの衝撃が伝わっていたから、同じ以上にミルシアさんにも伝わっているわけで、あたりどころが悪ければ怪我しているかもしれない。俺は心配して声を出したけど……


「そんなことじゃない!! 真剣に答えて!!」


 大きな声、強い語気で迫るように口にすると、大きな碧い目で俺をキッと鋭く睨む。

 

「え、えと……」


 俺はつい言葉に詰まってしまった。さっき自ら別れも告げている手前、正面切って言うことがためらわれた。


 だけど、俺はもうミルシアさんを手放したくなかったから……これがたとえどんなにワガママだったとしても、身勝手な言葉だったとしても、俺はしっかり口にする。


「ミルシアさんに行かないでって言いに来た」


「さっきは出ていけって言ってたのに?」


 ミルシアさんは表情を変えずに俺の目をキッと睨む。それは全くの正論であって、そう言われたら返す言葉は無い。つい目を逸らしてしまいそうになる。だけど、歯を食いしばりミルシアさんの碧い瞳をまっすぐ見つめる。


「うん、俺はとんでもないわがままを言ってる! わかっている!! だけど、一緒にいて欲しいから行かないで!」



 俺が口にして、睨んでいた碧い目が大きく見開いたと思った瞬間、俺の身体はぎゅっと抱きしめられていた。


「ユート……」


 ミルシアさんはもう二度と離さないと言わんばかりに、これでもかというほどギュッと抱きしめる。でもその腕は震えていて、どれだけ悲しかったのかがヒシヒシと伝わってくる。


 ミルシアさんの柔らかな温もりは、なぜか凄く安心できて、肩の力が一気に抜ける。それは、ミルシアさんが生きてることを実感できた安心かもしれない。


 そしてミルシアさんはそっと手を離し、その吐息さえ感じられる距離で向き合った。


 しばらくミルシアさんは、とても安心したように俺の顔を見つめ、涙声で本音を漏らした。


「諦められるわけないじゃない……」


 その弱々しい声から、俺がどれだけミルシアさんを悲しませたか、胸に痛いほど伝わってくる。


「ユートの前では絶対言えなかったけど……あと僅かなのよ私の命…………」


「だから、最後の最後に出会えた、好きな人がそう簡単に諦めるわけないじゃない!」

 

 よく考えればわかる話だった。俺が自分が悲しいからと身勝手のまま、どれだけ冷たいことをしようとしていたか。俺は悔しくて唇を噛んだ。


「私はずるいから、ここでずっと待っていたと思う。ほんと子供だね私」


 ミルシアさんは涙を流しながら笑った。でも、その笑顔は安心の方が強く表れているように見えた。そして、しばらく見つめあった後、聞きづらそうに口を開く。


「じゃあ、私の余生寄り添ってくれ…………いいや、近くにいてもいいのかしら?」


 ミルシアさんは俺の目をじっと見つめながらも、言葉の節々が震えていて、不安が伝わってきた。だから、正直な気持ちを言葉にする。


「俺は、もう手遅れでした……」


「俺の中でミルシアさんは、一緒にいることが当たり前になっていて、離れてしまうのは死んでしまうのと同じだった」


「本当にごめん! ミルシアさんの気持ちも考えずにひどいことをして…………」


「確かにつらいのはつらいけど、それ以上に最後まで一緒にいたい!」

 

 俺が言葉を伝え終わると、ミルシアさんは「わかったわ」と噛み締めるようにゆっくり大きく頷いた。そして、顔をあげ、とびっきりの笑顔を見せた。


 そのの笑顔はやっぱりひまわりのように明るくて眩しい。もしこの綺麗な花びらが夏が終わって、その後には枯れてしまう運命だったとしても、枯れた後まで見届けたい。俺は強くそう思った。


「じゃあ、これからもよろしくね」


 ミルシアさんはそう言って、左手を差し出してきた。出会った日には握り逃したてのひらを今度はぎゅっと握った。そして向き合ったところで、ボソっととんでもないことを口にする。



「多分ユートが高校卒業するまでは生きていると思うから、よろしくね?」


「ふぇっ??」


 俺は驚きのあまり、変な声を出してしまった、


「何? もっと早く消えてほしかったのかしら?」


 彼女は頬を膨らませ、不満たらたらの声で俺をにらむ。


「いやいや、てっきりあと一ヶ月もないのかと思ってたから……」


 わずかな寿命といえば、一週間とかをイメージしていたから、比べてとても長いことに驚きが隠せなかった。

 

「あー…………多分その感覚は間違っていないわ? だって……」


 彼女はこれまで通りの悪戯っぽい笑みで、さらにとんでもないことを口走った。






「だって私の寿命は千年あるんだから」







「はっ、はぁああああああああああああああ???」



 思わず大きな声が出て、周りの人が、ちらほらとこちらを見た。

 そういえば、ミルシアさんはこの世界の人じゃないから、常識が通用しないんだった!

 

 そして、もう一つ。俺が高校卒業するくらいまで生きているなら残り二年もないくらい。そして、彼女は寿命が最初から決まっていて、千年といった。だから、いま彼女は…………


「どうせ、おばさんじゃんって思ってるんでしょ?」


 彼女は決めつけたように俺をにらむ。でも、正解だから反論もできずに、しどろもどろ答えるしかできなかった。


「い、いや、そんなことは……」


「まあ、いいわ。これからわずかな時間だけど、よろしくね。ユート!」


 そういうと彼女は一歩踏みよって、頬に軽く口をつけた。そしてミルシアさんは俺の手を引っ張った。




 異世界から、この明るさから、このキスまで。なんだか俺はトンデモナイ人と付き合うことになってしまったみたいだ。


 





「街中ですれ違った金髪美女に「私に暮らし方を教えて下さい!!」とお願いされたら、一緒に暮らすことになるのだろうか?」 終わり












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街中ですれ違った金髪美女に「私に暮らし方を教えて下さい!!」とお願いされたら、一緒に暮らすことになるのだろうか? さーしゅー @sasyu34

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