第21話 3つ目のお願い


 ミルシアさんがデートと呼んだ、『お出かけ』をしてから、一週間が経った。


 結局、家にいてもあまりやることはなくて、毎日のように二人でお出かけをした。そして、この街だけで一週間持つはずもなく、隣町のショッピングモールに行ったりと、電車を使って足を伸ばすことが多くなった。


 また家の中では、ミルシアさんが家事の勉強を始めた。


 やっぱり人の真似事をするのが得意なようで、料理番組を見ただけで、その料理を作り切っていた。逆に、「オリジナル料理を作ったわ」と、鈍色の汁を口にしたときは、しばらくお腹を抱えた。


 だから、彼女は今、ニュースのお料理コーナーを必死に見て、料理のレパートリーを増やすことに励んでいる。


 他にも洗濯物や、掃除、ゴミ捨てなんかも手伝ってもらっている。




 もはや、半分同棲しているような生活で、家事の面でもだいぶ楽になったし、金銭面でもだいぶ気兼ねがなくて済んでいる。でも何より…………


 一人じゃなくて、二人でいることが心地よかった。


 どうせやることなんてないし、彼女がいなければただひたすらテレビを眺める生活だったと思う。だから、こんな日々にはすごく満足していた。



* * *


 ある日のお風呂上がり、俺は冷房の効いた部屋でカレンダーを見つめていた。


 普段だと、ミルシアさんが先に入るけど、「今日は先入って欲しいの」と言われたので、先に入った。だから、今頃ミルシアさんはお風呂に入っているところだと思う。


 彼女は未だにこの家にある、シャンプーやリンスを使っている。「変えてもいいよ」と何度も言っているものの、一向に変える気配がない。

 

 ただ、全て同じものを使っているかといえば、そうでもない。彼女は何度か一人で買い物に行くこともあって、その買ったものは彼女の部屋にあるのだと思う。彼女の部屋には一度も入っていないけど、化粧とか男の俺にはよくわからないものが置いてあるのだと思う。


 俺は目の前のカレンダーを、上から順に眺める。ミルシアさんが来てから、カレンダーは2段ほど下に進んでいた。

 

 夏休みも後半にさしかかっていて、その過ぎた日を思い出すとつい微笑んでしまう。

 

「あ、そういえば祭りには行ってないか……」


 去年まで毎年行っていた夏祭り、それも今年は気にする余裕がなくて、完全に忘れていた。もうあらかたのお祭りは終わってしまっているけど、まだ小さいのであればあったような気がする…………


 ミルシアさんの浴衣姿は綺麗なんだろうなあ…………


 なんて、祭りに行くの予定を考えていると、後ろから「ユート」と声がした。


 でもその声は、普段の俺を呼ぶ声とは大きく異なっていて、とても重くて真剣な声音。俺は、慌てて振り向いた。



「えっ? ミルシアさん? その格好は??」


 

 彼女を一目見るなり、俺は目を疑った。まるで想像が飛び出したかのような現実がそこにあったからだ。


 手を動かすたびに揺れる、大きな袖口に、全身を包む重厚感のある黒色。


 彼女は今までの緩やかなパジャマ姿ではなく、身の締まるような、黒くて煌びやかな着物を着ていた。


 ちょうど真ん中、腰に巻かれた、帯の黄金色は黒によって、より煌びやかに映えてい、歩くためにひらりと揺れる襟下には、豪華絢爛たる花柄が施されている。

 

 髪は結ばれていなくて、肩までかかる金髪も黒の中に綺麗に映えていた。


「どう? 似合ってるかしら?」


「に、似合ってる……」


 そう言って彼女はくるりと回った。一瞬夢を見ていたのか問い思うような、幻想的な立ち振る舞い。これまでの幼稚な雰囲気は一切なくて、隙のない大人の美しさを持っていた。まさにこのまま祭りに連れて行ってしまいたいほど、美しかった。


「そう、なら良かったわ」

 

「でも、どうして?」

 

「3つ目のお願いをするためよ」


「3つ目のお願い??」


 俺は「3個まで」とミルシアさんのお願いを3つ聞く約束をしていた。でも、その願いは断ってもいいことにもしている。これまで、一つ目は「敬語をやめて欲しい」、二つ目は「この家に住ませて欲しい」と来ていて、三つ目のお願いは保留になっていた。


「そう。とても大切なお願い事だから、正装をしてきたの。日本の正装って、この“きもの”なんでしょ?」


 彼女は至って真剣な表情で言葉にする。普通礼服が正装だと思うけれど、口を挟むことはしなかった。ただ、表情や、その装いからして、本気のお願いであることだけはひしひしと伝わる。


 彼女はそのまま俺の向かいの椅子に座ろうとした。その着物を整えながら座る姿を見て、ふと思いつく。


「せっかくミルシアさんも着物を着ているんだし、和室で話そう!」


 俺がそう提案すると、ミルシアさんは首を傾げた。


 そんな戸惑っている彼女をよそに立ち上がり、居間にあるふすまを横にすらす。すると、6畳ほどの和室が現れる。別に隠していたわけでもない、普通の畳敷の和室。だけど、彼女は唖然としていた。


「えっ……? こんな所に部屋があったの?」


 おそらく彼女は襖がドアには見えなかったのだろう。居間の隣にぽっこり現れた空間に、驚いていた。


 この和室には背の低い木製の机と、仏壇と、荷物がぼちぼちと置いてある質素な部屋。俺は紐を引っ張って電気をつけると、机の前に正座して、彼女も座るように促した。


 でも、一つ気になるものがあったらしく、彼女は立ったまま、それをじっと見る。


「ここに写っているのは誰かしら?」


 さすがにテレビを見慣れているだけあって、初めての写真でも、驚きはしなかった。


「それは、俺のおばあちゃんだよ」


「そうなの、じゃあいま……」


「それより、ミルシアさんも座ろう? 大切な話があるんでしょ?」


「えっ、でも……」


 彼女は俺と写真を交互に見て、戸惑いながら口を濁す。だけど、俺は無言で見つめるだけ。


「わかったわ」


 彼女は諦めたように視線を外すと、俺の真向かいに向かい、腰を下ろす。彼女が正座をして、こちらを向いたところで、話を切り出す。


「それで、三つ目のお願いって?」


「ええ、もちろんその話なんだけど。その前に話さなければならないことがあるの………………私が隠してきたことを」


 彼女は俺の目を逸らすことなく、まっすぐ見つめてくる。これまでみたこともないような真剣な表情で、思わず息をのむ。


 外はすっかり暗くなっているのだろうけど、襖と壁とカーテンに囲まれているこの部屋では、外の様子がわからない。蛍光灯のチラチラとした、暗い部屋はいつもより格段重い空気が流れていて、その静けさも重くのしかかってくる。


 彼女は一つ深呼吸をすると、重い口を思い切って開ける。


「私…………異世界から来たの!」


「い…………せかい???」


「そう、この地球上のどこでもない、宇宙のどこでもない、空間も繋がっていない異世界」


「そ、そう…………」


 彼女は俺の顔を見ると、表情を僅かに緩め、首を傾げた。


「もっと驚かれると思っていたけど、意外にも驚かないのね?」


「ま、まあ…………」


 俺は確かに、驚いた。今だってうまく言葉が出ないし、声だってかすれ気味だ。人を外れた未知の領域に踏み込んだような気がして、体は謎の高揚感や、寒気、ガタガタとした無意識の震え、そう言った感覚、感情がごちゃ混ぜになって、気持ち悪いくらい、驚いた。


 だけど、心の奥底では、そんなことがあってもおかしくないなという考えもあった。これまで彼女からいくつもの超常現象を見せられていて、何か魔法のような何でもありの力が働いているなんて考えたこともあったくらいだから、むしろ腑に落ちた感覚もあった。


 それでも、怖いものは怖い。彼女の語る内容は、自分の想像できる領域を遥に超えていて、どうやっても理解できない内容。人から外れた内容。


「たくさんお金を持っているのも、向こうの世界でたくさん働いて得たものよ。そもそも、この世界にくるのにあの通帳二冊分位いるからね?」


 ざっくり計算するとだいたい100億くらい。でもそんな具体的な数字なんていまはどうでも良かった。


「ほ、ほかにいるの?」


 俺は声が裏返りながらも何とか声を出す。彼女は最初首を傾げたが、流石の明瞭な頭脳を持つミルシアさんであって、すぐに「あー」と伝えたいことを理解する。


「ああ、私みたいな異世界人がこの世界にいるかってこと? 多くはないけどいるわ。私が知っている限りは三人はいるわ。そもそも両替の人が、この世界の支局担当の人だし」


 支局? 領事館みたいなものを設置しているのだろうか? でも、気になったのはそこじゃなくて……


「攻め込んでくる、とかはないんですか?」


「ユート敬語になってるよ…………そんな怯えられても悲しいのだけれど、その心配はないわ」


 彼女はキッパリと言い切った。


「そもそも、さっきも言ったようにこっちにくるのには馬鹿みたいなお金がかかるし、攻め込むための武器にもそれ以上の転送料がかかる。だから、予算的に不可能だわ」


「それに、私たちの世界の人々は、この世界で言う魔法で戦っているのだけれど、この世界だとだいぶ力が弱まってしまうのよね。そして身体能力は大して変わらないから、拳銃とかそんな類を向けられた時点でおしまいよ」


 つらつらと、さも当然のように語られるファンタジーの世界。訳がわからないけど、それでも、ミルシアさんがそうであるというなら、そうだと信じるしかない。それよりも……


「ちょっと、その話は置いておいてもいい? また少しずつ話してくれないと頭がおかしくなりそう……」


「話が飛びすぎているわよね、ごめんなさい…………三つ目のお願いの話だったわよね……」


 多分このお願い事は、とんでもないことが示されるのだと思った。わざわざ異世界から来たって話をしているんだから、異世界関連だと思う。


 そこでふと思いついたのは『一緒に異世界に来てほしい』だった。あの通帳を見ても、ちょうど二人がミルシアさんの世界に行けるだけのお金はある。

 

 もしそんなお願いがされたら、俺はどうすればいいのだろうか?


 彼女の覚悟を決めたお願いだ。簡単に無碍にできない。それに、そんなお願いをするってことは、彼女には帰らなきゃいけない理由があるはずだ。だから、行かないとなると離れ離れに……


 なんて、頭の中はごちゃごちゃになっているなか、彼女の口から紡がれたのは、予想外の言葉だった。



「三つ目のお願いは………………私の余生に寄り添って欲しいの!」



「ふぇっ……? はい?」


 真剣な彼女の口から発せられたのは、あまりにも奇妙なお願い事で、俺は思わず唖然とした。








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いつも本作を読んでいただきありがとうございます。


先日、投稿ペースについて、週3、4を目指すと言いましたが、全然守れていなくて申し訳ないです。私事で忙しくなったり、不調に陥っていたり、展開的にスピードを上げることが難しくなっていたり、などいろいろ重なりました。(3月にはスローライフが待っていると思っていた時期が私にもありました)


そのため、これから週一くらいの投稿になると思うので、そのことをご了承ください。


これからも本作をよろしくお願いします。


 

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