第20話 一目惚れ
商店街を回り終えた二人は、そこらのファミレスでお昼をとった後、次の目的地へ向かうためにバスに乗っていた。
平日の昼間ともあり、乗客はちらほらとしかなくて、バス最後方の席に、ミルシアさんが窓際になるように並んで座った。彼女は最初、物珍しさからか、窓の外をかじりつくようにじっと見ていたけど、外の景色に飽きたのか、バスに乗ってしばらくしたところで俺に振り向いた。
「それにしても、“はんばーぐ”っていうのは、美味しかったわ」
「もっといいやつ頼めばよかったのに……」
ファミレスでは、俺が安いハンバーグを頼むと、一緒のものを頼んでしまった。
キラキラと金髪をふりまくミルシアさんは、その若見かけによらず、億万長者である。だけど、俺はその財産に手をつけるつもりはなくて、お金も分別するつもりだった。それが俺にとっての彼女との線の引き方であって、ケジメだと思っている。
それに今回は俺のお誘いだから、奢るつもりで、だから、俺は費用を抑えるために一番安いハンバーグ定食を頼んだ。
もちろん彼女には思うものを頼んで欲しかったのに、同じものを頼むと聞かなかった。
「ううん。一緒のものを食べた方が美味しいから!」
彼女が首を横に振ると、その金糸はキラキラと揺れ、太陽に負けないくらいまぶしい笑顔をのぞかせた。俺は目を逸らしながら、小さくつぶやいた。
「そ、それにデートなんだから、今からでも俺が払うよ!」
彼女は会計の時に、どちらかが払うかで揉めた。「デートなら男が払うもの」というと、「お金がある方が払うもの」と言い返して、決着がつかなくて、店員さんが迷惑そうにしてたので、仕方なく折れた。
「いやいや。これは私からのささやかなお礼だと思って欲しいの。それにユートがいなければ私は本当に野宿をしていたのよ」
彼女の表情は冗談めかしていたけれど、真剣なものにも思えた。たしかに、あれだけ野宿に自信のある彼女であれば野宿をしていても、おかしくはなかった。でも……
もし俺と出会ってなければ、彼女は別の人を見繕っただろう。その彼はもっと優しくて、お金もあって、めんどくさくなくて…………そして、もっと楽しそうな彼女と一緒に手を繋いでいる可能性があった。
そう思うと、聞かずにはいられなかった。
「ミルシアさん…………なんで、俺だったの?」
俺は彼女の目をしっかりと見て尋ねた。結局は一夜限りの関係でなくなったとしても、宿と宿主の関係には変わりはない。だったら、深入りしない方がいいのかもしれない。でも、どうしても興味が湧いてしまった。
そのいかにも難しそうな難題に、彼女は首を傾げたり、うなったりすることなく、間髪入れずに、口を開いた。
「強いて言うなら、一目惚れかしら?」
「ひ、一目惚れ?」
思わぬ言葉に、俺は素っ頓狂に声がうわずった。
「そう、言葉にするのならば、一目惚れ。あまり、理由なんてなくて、半分は直感よ。ユートは優しそうで、一緒にいて楽しそうだなって思ったの。直感で」
「じゃあ、別の人に一目惚れしていたら、その人と一緒にいたってことだよね……」
「あら〜? ジェラシーかしら?」
彼女は口角をにっとあげた、いかにも悪戯っぽい笑みで、俺の顔を覗き込む。
「違う…………でもすごく気になってしまって…………」
「でも、本当に直感よ? 人と付き合う理由なんて直感で十分よ」
彼女はその言葉を冗談ぽくなく、まるで事実にように平坦に、当然のように言う。でも、俺にはイマイチ納得できなかった。
「でも、それってすごく楽観的じゃない? もしかしたら、直感で選んだ俺は、実は暴力をふるうひどい人間かもしれないし」
「でも、ユートは殴ってこないよ?」
「ま、まあ……」
でも、それは運が良かったからで、直感で悪い人を引く可能性だってある。俺がちょっと鋭い目になっていたのか、彼女はその考えに答えるかのように口を開いた。
「人なんて付き合うまでわからないし、付き合ってからもわからないことだらけだわ。それなのに、勝手に想像して見定めて、なんの根拠もなく分別して…………私は無駄なことだと思う」
彼女はバスに揺れる窓をのそとを眺めていた。窓の景色はグングンと流れていて、歩道を歩くまばらな人々と何人もすれ違う。
俺は「なるほど……」と口にしながら、頭では理解できていなかった。もちろん、言葉の意味はわかってる。だけど、そんな一目惚れでここまで心を開くことができるだろうか。俺には到底無理なことのように思えた。
側から見て、話してみて、長い間一緒にいて……そうやって、徐々に仲良くなるもので、突然一目惚れっていうのは、雑な判断だと思った。
ただ、その意見に対してそれ以上反論する気もなく、彼女も車窓を眺めながら口を閉じたから、これ以上会話になることはなかった。
* * *
「すごいわね! とても綺麗な景色だわ!!」
彼女は眺め回すように首を動かし、この街の全体を見渡した。
俺がバスでむかっていたのは、山の上にある展望台だった。そこはちょっとした公園になっていて、本数は少ないけど山上に登ってくれるバスもある。
展望台は木造の箱のような建物で、上の面に手すりがついているような簡単な作りだ。箱の中は休憩所になっている。二人で登った時には、誰もいなかったから、貸切でこの街の景色を眺めることができた。
「昔、よくきていた場所なんだ」
そのつぶやきに、彼女はあたりをもう一度見渡す。
「ユートは、昔から素敵な街に住んでいるのね」
「そんなことないよ。こんな景色なんて、ザラにあるよ。それこそ、ミルシアさんの住んでいたところでもあったんじゃない?」
たぶん特筆するような何もない景色。強いて言うものさえもなくて、ただの住宅街と自然を眺めているだけ。それでも、ミルシアさんは大きく首を振る。
「確かに自然に恵まれた場所はあったかもしれない。でも、こんなに綺麗に見えたのは初めてよ」
彼女は遠くを眺めながら、しみじみと口にした。彼女の金髪は風でひらりと靡く。
「でも、バカンスに来たら、色んなところ回ってみたら?」
「それは、色々連れて行ってくれるってことかしら?」
「確かに俺が連れて行ける範囲なら案内できるよ。でも、遠いところとかは、他の人に頼った方がいいかもしれないね」
あくまでも客観的な口ぶりで彼女に伝えた。だけど、やっぱり彼女はムッとした表情をする。
「ユートは優しいのに、そういうところはイジワルだわ!」
ぷんぷんと頬を膨らませながら、プイッと向こうを向いてしまう。
だから、俺は一つため息をついてから、口を開く。
「遠いところでも、頑張ってついていくよ」
「本当!」
彼女は目を輝かせながら、俺をみる。
「まあ、時間があればね……」
確かに今なら夏休みだから時間があるけど、高校が始まってしまえばそうも行かなくなる。だから、早めに計画したほうが…………
そこで、ふとミルシアさんを眺める。
その艶のいい肌だったり、潤しい金髪だったり、かなり若いイメージを抱く。
だけど、その色々な大きさや背の高さ、また精神的なイメージからして高校生よりは、大人びたように見える。
だから、彼女は二十代中盤あたりだと思うけど。そんな若き彼女がバカンスをするとなれば、これからどうするのだろう。具体的には、いつまでうちにいるのだろう。
彼女であれば仕事とかなくて、死ぬまで永遠にいることが出来てしまう。
俺はもう一度、見つめると彼女は首を傾げた。
俺は考えても仕方ないと思い、そのような楽観で捉えた。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」
俺は繋いだ手を引っ張って、展望台を降りようとした。その時ふと左手が引っかかって、進んだ分引き戻された。
「どうしたの?」
ミルシアさんは、向こうを向いたままで、動こうとしない。
「もう少しだけ眺めさせてくれないかしら……」
「ああ、まだ見ていたの? ごめんね気づかなくて」
「ううん! ちょっとこの景色が惜しくなっちゃって…………まるで子供みたいよね、私って」
彼女はそう言って、しばらくあたりを見渡した後、「いいわよ」と言って、展望台を降りた。
でも、階段を降りる時だって、ずっと後をチラチラと名残惜しそうに見ていたから、よっぽど気に入ったのだと思う。
さっきは返事しなかったけど、いい意味で彼女は子供みたいだと思う。純粋で、感受性豊かで、明るくて。
俺はそんな彼女の腕をふって、帰路へとついた。
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