第19話 川沿いの戦争


 となりを歩く彼女は、眩しいばかりの、赤とピンクを嬉しそうに靡かせる。

 

 一旦家に帰り、赤とピンクに着替えた彼女は、とっても楽しそうにリズム良く歩く。「赤が好きなの?」と聞くと、「明るい色が好き!」と、明るい声で言っていたので、彼女にとってはベストなコーデなのだろう。


 だけど、やっぱり違和感しかなかった。


 すれ違う人々が思わず二度見してしまうほどに、派手で斬新。彩度も明度も眩しいばかりの組み合わせで、両者が喧嘩する配色。少なくともおしゃれとはいえなかった。


 そして彼女のセンスを知るなり、彼女の言っていた、『真似が上手』と言うことが現実味を帯びてくる。


 あんな短期間で、すれ違う人の衣装を確認して、その中から特徴を分析して、オリジナルなものを生成する。とても普通に人にできることじゃない。それだけ彼女には明晰な頭脳があるのだろう。

 

 そう考えると、あのオカシナ格好も納得いく。センスじゃなくて情報で考えるからこそ、あの雑誌に載っていたファッションを疑う術がなかった。だから、ミルシアさんは、ミニスカルーズソックスで日本に来てしまったのだ。


 もっともすんなり受け入れられる仮説で、辻褄も合っている。そう思いついた時、俺は少しスッキリした気分になった。


「じゃあ、行きましょうか!」


 朝の爽やかさが微かに残る、午前中。彼女の大きな頷きを確認してから、二人で歩き始めた。



* * *

 

 川のせせらぎと、たまに感じる微かな風。だけど、それを打ち消すような夏の厳しい日差し……


 俺とミルシアさんは二人で川沿いの道を歩いていた。


 側を真ん中を流れる川は、県内でもそこそこ大きな川で、大雨が降ると怖いけれど、普段は穏やかな川。車が通る道路とは別に、歩行者専用の道もあってとても歩きやすくなっている。


 昔、祖母と散歩していたのもこの川沿いだった。

 

 もっと面白いところを紹介したかったけど、あいにく陸側の街だから海もなくて、特に物珍しいものもない。この街はただの片田舎であって、無い袖なんて振れない。


「静かなところね、ここは」

 

 ミルシアさんは、金髪を僅かに揺らしながら、川の流れる先をじっと見つめる。


「今日は平日だけど、休日とかだったらもうちょっと人がいるかな。それでも、あまり賑やかじゃないけどね。」

 

 お散歩コースにはうってつけで、夕方や朝方はチラホラと散歩する人がいるけれど、こんな厳しい日差しの中、歩く人なんていなくて、ただ車のエンジン音が近づいては遠のいてを繰り返すだけだ。


 この街は、彼女と初めて出会った都会とはまるで違い、都会の喧騒が嘘かのような静かな場所。そして、つまらない場所。彼女はこの街のことをどう思っているのだろう。その美しい横顔をうかがってみると、こちらを見ながら首を傾けていた。


「ユート、“へいじつ”って何かしら?」


「えーと、平日は休みじゃない日かな?」


「休みじゃない? じゃあもしかして、今日は戦争をしているのかしら?」


「そうそう、戦争…………はっ? はいぃ!?」


 彼女は突拍子のないことを言い始めた。

 こんな静かな場所にふさわしくない単語を、さも平然のようにつぶやく。


「だって、休日は休戦日で、平日は戦争をする日でしょ。じゃあ、ここ一ヶ月くらいは“へいじつ”続きなのかしら?」


「ちがう、ちがう、ちがう!」


 俺は手首と首を強く振って、全力で否定を示す。


「戦争とかしてないから! 平日はお仕事や学校にいく日! それで、休日は休む日! いいね!」


 俺はゼェハァ呼吸を乱しながら、全力で訂正した。あまりにも唐突で、現実離れしていることをいうから、思わず必死になってしまった。


 だけど、ミルシアさんは相変わらず首を傾げる。


「“おしごと”? でも、戦争はしてないのよね? じゃあ、“おしごと”は一体何をしているのかしら?」


「えっと、お仕事は……」


 俺は不思議な気持ちでお仕事を解説した。そこにかかっている橋を作るのもお仕事だし、今歩いている道だって、誰かのお仕事でできている。ほかにも、料理を作るシェフだっているし、テレビに出る芸能人だっている。


 そんなことを、色々話してみたけれど、ふんわりとしか、わかってないようで、返答もふわふわとしたものしか返ってこない。唯一、教師だけは共感してくれたけど、それ以外は「そういうものなのね」と理解ができていないように見えた。


 彼女はおそらく紛争中の国の生まれで、もしかしたら兵士だったのかもしれない。でも、そんな国でも橋は誰かが作ってるはずだし、ご飯だって誰かが作っているはずだ。それなのに、仕事がわからないというのは不思議なことに思えた。


 そうやって考え事をしていると、彼女はぽつりと疑問を呟いた。


「じゃあユートは、“へいじつ”は何をしているのかしら?」


 多分今の話を聞いたら、誰でも平然のように湧いてくる疑問だと思う。こんな平日に何をしているんだって。


「俺? 俺は高校生をやってるけど、今は夏休みだから、休みだよ」


「そう! なら、今は何もしなくてもいいのね?」

 

 彼女は興奮気味に音程を外し、透き通った高い声には喜びが現れていた。でも、俺にとっては手放しで喜べなくて……


「あれ? ユートは“なつやすみ”嬉しくないの?」


「いや、うれしいよ」

 

 これが小学生だったり中学生だったりすれば、手放しで喜べたのかもしれない。でも、高校の夏は、いやでも将来がチラリと見えてきて、遊ぶことがその将来を汚しているような気がしてしまう。


 高二ともなると、動き始める人はもう塾漬けだったりするだろう。そんななか、何もしないのを手放しに喜べるほど楽観的ではない。だからと言って、何かするほどのやる気があるわけでもない。


 でも、俺の瞳の奥を見透かしたのか、ミルシアさんが不安そうな表情で見つめてくる。だから、少し笑顔を作って。


「じゃあ、次のところに行きましょうか」


 俺は繋いだ手を勢いよく振って、街の中を進んでいった。



* * *


 川沿いの道を曲がって住宅街を抜けると、駅に続く商店街を目指した。ただ、商店街とはいっても、あまり元気が無いから面白い場所ではない。


 でも、この街を知ってもらうにはいい場所だと思ったから、一応通ってみたけど、それでもミルシアさんは面白そうに見回った。


 ミルシアさんのコミュニケーション能力には、目を見張るものがあった。初対面でも、まるで常連のようにおしゃべりをこなし、すごく強面なおじさんであっても、一瞬で笑顔にしてしまう。


 その人を観察するのが上手で、ものの数秒で一ヶ月過ごしてもわからないような個性を見抜いてしまう。そして、いい気になった店主は、毎回値切りにおまけにで、荷物をたくさん抱えていく……


 今彼女が行っているのは買い物だ。彼女にはあれだけの大金があるのだから、気になったものを片っぱしから買っただけにすぎない。


 だけど、俺の目には、ミルシアさんが、モノを手に入れる以上に、“モノを買う”ということを楽しんでいるように見えた。まるでこれまでに経験がない、新鮮なことよのように。


 そして、商店街を抜ける頃には彼女の顔は充実感であふれていた。


「ユート、ここはすごく楽しい場所ね!」


 俺はその答えに素直に答えることができなかった。これまで俺は、この場所を、決して嫌いではないけど、つまらない場所だと認識していたからだ。正直ミルシアさんがいうほど珍しいものもない、少しさびれた普通の商店街だ。  


 だから、この場所を楽しい場所とは言えない。でも…………


「確かに俺も楽しかった」


 初めてこの商店街で楽しいと思えた。一人で通るときは必ず素通りしていた、古臭い商店街。今日だって、素通りしながらサラッと紹介する予定だった。それなのに、これまで見たことないような楽しい場所に思えた。


 もう一度のぞいた彼女の横顔は、やっぱり楽しそうで、頬を真っ赤に染めた彼女に気づくまで、思わず見惚れてしまっていた。

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