第17話 ミルシアさんのしたいこと


 相変わらず眩しい日差しに、朝なのにあまり涼しくない、もやっとした気温…………


 ミルシアさんが家に来てから、二回目の朝を迎えていた。


 向かいの席には、朝日に映える金髪をまとったミルシアさんが座っていて、食卓にはそれぞれトーストが並ぶ。昨日と違ったことといえば、カップに入っていたホットコーヒーが、今日はグラスに入ったアイスコーヒーになっていたことくらいである。


 ちなみに、グラスには嫌がらせのように、バカでかいロックアイスが入っている。


 『いただきます』は既に済ませていて、俺はトーストをかじっている。ただ、ミルシアさんはトーストを手に取りもしないし、コーヒーだって口をつけていない。


 俺は四ヶ月前まではトーストなんて食べたことがなかったが、それ以降は朝食でトーストしか食べていない。

 

 そんないつも通りのトーストにかじりつこうと口を開けるけど、俺は正面の視線が気になって仕方がない。

 

 向かいに座り彼女はビクビクと眉を顰め、俺の機嫌を伺うかのように、不安げな視線で見つめる。そして、俺が口を開こうとすると、ぎゅっと目を閉じて、身を縮こませる。それがたとえ、トーストをかじるために開いた口であったとしても。


「あの、ミルシアさん? 反省したなら、もう怒ってないからね……」


「で、でも…………また、あんなことをしちゃうなんて……」

 

 ミルシアさんは顔を両手で覆い、頬を真っ赤に染める。俺はその光景が白々しい演技にしか見えなくて、白い目で彼女を見る。


「もしかして、ミルシアさん。わざとやってない?」

 

 俺が疑惑の目で見つめると、彼女は断固否定するよう、全力で首を振った。


「そんなことないわ! それが恥ずかしいことくらい私でもしっかり認識しているの。でも、体が勝手に動いちゃって、気づいてみれば事後になっていて、もう恥ずかしくて……」


「いや、事後じゃないから! してもないことをしたことにしないでくれる? ミルシアさんは誇張しすぎ!」


 結局、彼女は明け方、昨日に引き続き、俺のベットに潜り込んだだけだ。『善処』なんて言いながら、何も改善していなかったから、俺が文句に言って今に至る。それでも、結局何もしていないんだから、事後と表現するのはやめてほしい。


「じゃあ、今からでも…………ごめんなさい、自粛するわ」


「ほら、わざとじゃん!」


「いや、違うの!! でも……本当に…… も〜なんでこうなるのかしら!!」 


 彼女はもどかしそうに、モーモー鳴いている。ミルシアさんは牛か! そして、彼女は顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。昨日も同じことをしているし、もしかしたら明日も同じことをするのかもしれない。そして、これからずっとこんな感じ……


 そんなことを考えていると、頭が痛くなってきた。俺はグラスを抱え、コーヒーに一口つけると話を切り替えた。



「それで、ミルシアさんはこれからどうするつもり?」


 俺の話に彼女は首を大きく傾けた。


「どうするって……ここに住むけど?」


「それもあるけど、住むだけじゃなくて、したいこととか? バカンスしにきたんでしょ?」


 すると彼女は「ん〜」とうなり、難しそうな顔をして必死に悩んだ。彼女の碧い瞳は上を向き、悩ましいように眉を潜める。そして、しばらくの間うなった後の結論は……


「ないかな!」


 思わず拍子抜けしてしまうような答えに「えっ、ないの?」と、思わずせがむような言葉が口をついた。俺の怪訝な表情をみて、眉を僅かにひそめ、ちょっと申し訳なさそう顔をする。


「正直、あまり何かしたいとか決めてなかったの…………とにかくのんびり暮らしたいと思ってたから、今のままで十分だわ」


「そう……」


 彼女はそう言い終えると、やっと目の前のトーストにかじりついた。


 ミルシアさんはやりたいことが無いと言った。望めば大抵のことは叶うような、大金を持っていながらやりたいことはないと。


 彼女は無欲なのだろうか。でもそれなら、彼女はなぜあれだけのお金を持っているのだろう。普通は欲の先にお金があるもので、無欲であるなら、わざわざお金稼ぎなんてしないだろう。だったら…………ミルシアさんはもう全てをし尽くして、飽きたとか?


 でも、望み通り彼女は1日家にいたとして、一体何をして過ごす? 俺が部屋にこもっている間、テレビをずっと見るのだろうか。でもそれは、バカンスと言えるような過ごし方じゃない。


 そして、もし俺に提案できることといえば……


「この辺りを案内しようか? っと言っても、大したものは無いけど」


 我ながらにつまんない提案だと思った。都会だったらさまざまな出会いがあるかもしれないが、こんな半分田舎の街を回ったところで何になるだろう。たぶん恋人に提案したら秒で振られるような提案だ。


 だからだろうか、さすがの彼女も言葉を失っていた。そして、手に抱えたトーストをポトリと落とす。


「ごめんっ! こんな提案してもつまらないよね……忘れて……」


「…………忘れない! 絶対忘れない! 死んでも忘れないわ!!」

 

 彼女はいきなり机に乗り出し、情任せに訴えてきた。

 

「はいっ?」


「だって、ユートからのデートのお誘いでしょ?」


「いや、違うけど……」


「だったら、断る理由なんてないわ! だから、絶対に忘れない! だけど……」


「だけど?」


「その前に、服を買いに行きたいなと思って……」


 彼女は俯きながら膝上でスカートを握った。俺はなんで服なんかと思って彼女を見ると、白いTシャツと、黒のロングスカートを身に纏っていた。それは、出会った日にショッピングモールで買った服で、昨日も来ていた服だった。要するに彼女は、買った一組の服しか着ていなくて、そもそも彼女は一組しか着れる服がない。


 俺が、外見に疎かったせいで、配慮に欠けていた。


「ごめん……そんなことにも気づかなくて……」


 俺が軽くため息をつくと、彼女はあわてたように首を振る。


「いや、いいの! 気にしなくていいのよ。押しかけたのは私なんだから。それよりも、行きましょうよ。デート」


「デートじゃないけどね?」


「私がデートと思っているから、それはデートなのよ」


 彼女はそういうと鼻歌を歌いそうなほど、機嫌良さそうにトーストをかじり始めた。何がそんなに嬉しいのだろうか、俺にはよくわからなかった。







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 いつも本作を読んでいただきありがとうございます。星や応援、コメントなど励みになっております!

 ストックの関係上、今後、週3〜4話くらいまで投稿ペースを落としますので、あらかじめご了承のほどよろしくお願いします。

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