第13話 二つ目のお願い事は?

 ミルシアさんは残りのトーストを頬張り、完食すると顔を上げた。


「それで! 二つ目のお願いなんだけど…………」


 俺に向けられた視線は真剣そのもので、思わず息をのむ。張り詰めた空気の中、彼女はお願いをゆっくりと言葉にした。 

 


「しばらくこの家に住ましてくれないかしら?」


「は………………はいっ????」


 あまりにも突拍子もないお願いで、驚きのあまり何を言っているか理解でなかった。それでも彼女の目は真剣で、さっきまでの幼気いたいけな雰囲気はなく、纏っているのは大人の女性のそれだった。


「あっ、もちろん無料ただなんて言わないわ。相場よりちょっと高めの月謝は払うわ。と言っても私にここの相場なんて知るよしもないんだから、言い値なんだけれどね」


 俺は彼女の話をあらかた聞いて、言葉の意味を理解した。そして、お願いの意味が全く理解できなかった。


 なんでこんな何もないウチなんかを宿と決めたのだろう。勝手がわかって居心地がいいから? それならわざわざバカンスなんて、イレギュラーさえ楽しむようなことをするだろうか。


 というか、相場相当の月謝を払ってくれるとのことだけど、そもそもお金持ってるの? まだ服代さえ返してもらえてなくて、それは嘘ではないかと、疑ってしまう。そして、必然的に俺の目は鋭いものとなっていた。


 そんな目線に気づいた、ミルシアさんは明らかにシュンとして、コーヒーに目線を落とした。彼女は茶色い水面を見つめながら、嘆くようにつぶやいた。


「そりゃそうよね、私の言うお金なんて信用ならないわよね。私を疑って財布丸ごと渡したくらいだしね……」


 なんだかミルシアさんの声音が寂しそうで冷たい。不信に涙しただけあって、やっぱり根に持っているようだった。


「いや、まあ、信じてないわけじゃないけど……」


「まあ、実物がないと信じられない。そりゃ普通そうだよね?」


 ミルシアさんは割り切ったような、あっさりとした声でそう呟く。それが常識だからしょうがないよねと言わんばかりの割り切りで。でもミルシアさんの表情はほのかに寂しそうだった。


「お、俺は、信じてないわけじゃない!!」


 彼女はハッと顔をあげ、目を見開いて俺を見る。その目は何かを、俺の優しい言葉を期待しているような目だった。でも、俺はその期待にそぐわない、甘くない続きを口にした。


「ただ、ミルシアさんに嘘ついて欲しくないだけ!」


 しばらく、唖然としたように目を見開いていた彼女は、俺の言葉に目を細めると甘く微笑みつつ、ニヤリと口角をあげた。


「ほっほー、ユートは私がまるで着の身着のままでこの世界に来たと、疑うわけね?」


「そうでしょ! むしろ着替えさえ持ってないじゃん!」


 彼女は笑顔で胸を張り、その白いシャツはふわりと大きく膨らむ。


「ふふふ、こう見えて私はお金持ちなのよ? だけどここの通貨じゃないから、両替が必要なの。今日中に両替してくるから、それが確認できたら、ここに住ませてくれる?」


「でも……」


 俺が言葉に詰まると「でも?」と彼女は首を傾げた。まるで『他に問題ないじゃん』と言わんばかりの表情で。彼女はお金が一番のネックだと信じているのだろう。だけど、俺の一番の問題はそこじゃなくて……


「こんな美人さんと一つ屋根の下で暮らすなんて、倫理的に問題があるから!!」


「まぁ! 美人なんて嬉しいわ!!」


 彼女は顔を赤らめて「エヘヘ……」と嬉しそうに微笑んでいる。でも、美人という意味はそのままの意味ではあるんだけど、もう一つ意味があってそっちの方が問題で。でもミルシアさんは……


「美人と思ってくれているなら、なお良いじゃない?」


「いや、その……男女が一つ屋根の下なんて…………俺が襲う可能性だってあるんだよ?」


「うん、それが?」


 彼女はまるで「何か問題でも?」と言わんばかりに首をかしげるから、俺は思わず言葉を失う。


「いや、別に襲われてもいいけど?」


「え……えっ!? はいっ????」


 俺は思わず大声を出してしまい、ミルシアさんに怪訝そうな顔をした。でも、大声だって出してしまう。もしかして彼女の住んでた国って、そんなに陽気な国だったの。それこそ誰でもOK的な。貞操観念がずいぶんゆるい国に住んでたの、意味がわからない! 


「ミルシアさんって痴女なの? そういえば野宿もするって言ってたけど、誰でもそういうコトするの、気にしないタイプ??」

 

 俺は、まくし立てるように、文句を並べた。だけど、ミルシアさんは眉を顰め、困ったような表情をする。


「野宿でそういうコト? ユートのいうことは難しくてよくわからないわ。でも、別に誰でもいいわけでは無いわ。ユートだから大丈夫って言っているの」


「でも…………」


 あまりにおおらかな彼女に、俺は唖然とし、返す言葉すら見つからなかった。彼女は、俺が知っている人種と、性格も、性質も、感性も、まるで違った。


「私は襲われても文句は言わない! これで問題は無くなったわ。どうかしら。二つめのお願い聞いてくれそう?」


「わかった……」


 問題の根本が解決されなかったけど、結局俺にもこれ以上の反対理由がなくて甘んじて受け入れた。別に部屋だって空いているし、お金だって最悪なくたって、俺がバイトするし。


「ありがとう!!」


 彼女は満面の笑みで両手を包み込むように俺の手をとった。彼女の太陽のように眩しい笑顔が間近に迫って、つい目を逸らしてしまう。それでも俺のことを見つめてくるから、つい飲み込まれそうになる。俺は戒めるようにかろうじて口を開いた。


「い、一緒に住んでいいけど、二階の部屋を貸すから、着替えとか寝るのとかそういったことは部屋ですること!!」

 

 するとミルシアさんはつまらなさそうに、口を尖らせた。


「ユートは私を孤独に追いやろうって言うの? なんて冷たいのかしら」


「別に孤独じゃないでしょ。それ以外は一緒なんだから、ルームシェアに近い感じだし」


「まあ、そんなんだけど……まあいいわ! 後はお金だけでしょ。そうと決まればさっさと両替してくるわ」


 ミルシアさんはコーヒーの残りを一気に飲み干すと、スクールバックを抱えて玄関へと向かう。


「ちょっと時間がかかると思うけど、昼までには帰ってくるわ」


「え、ちょっと……あっ、三つ目のお願いは?」


「それはまた今度! もっと大切なお願いだけど、まだ言えないから! じゃあね!」

 

 そう言って、玄関のドアから出て行ってしまった。あまりにもバタバタと出て行ってしまったため、お昼は何が食べたいかを聞くことができなかった。だから、何を作ったら喜ぶか、色々と思案していた。

 

 

 





 でも彼女は、昼時を回って、十六時を回っても、帰ってこなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る