第12話 一生のお願いは何個まで?
「それでミルシアさんはこれからとうしま……するの?」
ちびちびとトーストをかじる彼女は、途中から俺をジト目でにらんできた。慌てて修正したけど、遅かったようで、彼女は不満顔を見せる。
「私の名前はミルシアよ! ミルシアサンではないわ?」
「で、でも、さっきは敬語をやめてって言われただけで、別にミルシアさんを呼び捨てするように指示されてないから!」
「おおっ! 敬語をやめた途端いきなり元気になった! 私嬉しいわ!」
ミルシアさんウキウキしながら言うけど、本当は全然違う。とにかく彼女を名前呼びにするのが恥ずかしかった。これまで女性を名前呼びにする機会なんて無かったけど、そんなシミュレーションは脳内で事足りる。もちろん様々な名前を試したけど、平然と呼べるし恥ずかしくもない。でも……
「じゃあ、ユートはとりあえず『ミルシア』って言ってみて?」
「でも、さっき言ったように……」
「たった四文字の発音くらい、お願いできないかしら?」
彼女は懇願するかのように、潤しい目で俺を見つめる。
「わ、わかった……」
そうして彼女が期待の目で見つめる中一文字ずつその名をつぶやく。
「ミル……シ…………アサン」
一文字ずつ声にするたびに、心臓はバクバクとなり響き、身体中が熱くなる。脳内でさえ呼び捨てにできないその四文字には、何か魔法でもかかっているのだろう。
もちろん不満顔の彼女に、先に文句を言っておく。
「べ、別に大切なお願いじゃないから、ミルシアさんって呼ぶから!!」
彼女はすごく残念そうにシュンとしながら「そう……」とつぶやくと、ふと俺を見上げた。
「ちなみに大切なお願いって何個までいけるの?」
「えーと……?」
「私の一生のお願いだから、一個なんて言わないよね?」
「普通一個じゃないの??」
「一個以上じゃ…………ダメ?」
そう口にする彼女は、大きく碧い目を潤ませて、上目遣いをしてくる。この目に見つめられると、途端に断れなくなってしまう。この目に、いつまでもやられていたら、気づけば所有物全て取られかねない。かと言って、そんな冷たくあしらいたくもない。なら…………
「内容によるけど……じゃあ、三個までで!」
「本当に??」
ミルシアさんはぱあっと明るい顔をして俺をみる。一体何を頼まれるんだろう。途端に怖くなった俺は、付け加えるように予防線を張った。
「ただし俺が断っても、そのお願いは一回のカウントで。今の敬語で一回だから、あと二個まではいいよ」
先に回数を規定した上に、断れるオプション付き。これなら、リスクも少ないしかいって冷たい感じもしない。我ながらにいい作戦だと思った。たった三つだから、彼女もゆっくりと悩むと思う。
俺はコーヒーカップを持ち上げ、ゆっくりと口をつけた。
彼女もその案に不満はないようで、「わかったわ」と首を縦にふると、早速口を開く。
「じゃあ、“ミルシア”って呼んでもらうのは諦めるわ。あっ、もちろんユートの方から外してくれるのは大歓迎よ。それで、二つ目のお願いは……」
「ストップストップ! 三つしかないんだよ? もっと考えなくていいの?」
あまりにも唐突に口にするから、思わず止めてしまった。普通三つの願いだったら考えこむし、俺だって一時間は悩むと思う。それでも、ミルシアさんはいともあっさりと言う。
「大丈夫。たしかにさん付けは欲が出たんだけど…………根本のお願いなんて三つしかないわ」
「三つ? もっとたくさんあるものだと思ってた」
これまでのミルシアさんを鑑みても、いろんなものに興味を持っていたし、いろんなイタズラもしてきた。さらには、お願いは1つでは少ないと言っていたから、たくさんのお願いがあるのかと思っていた。でも、彼女はそれが違うと言葉にした。
「そう? 確かにして欲しいことなんていくらでもあるわ。だけど、本当に大切なことなんて、この世の中で僅かにしかないわ。三つあれば十分よ」
言葉を紡いだ後、彼女は遠い目をした。暗くも明るくもないような、少し悲しそうな表情をしていて、ため息混じりに、小さくつぶやく。
「…………それなのに、結局抱え切れないくらい抱えようとするから争うのよ」
「何か言った?」
「ううん、何も?」
彼女は軽く首を振ると、トーストを二口、三口とかじりついた。
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