第14話 冷めたオムライス

 窓からさしこむ日差しがわずかに傾いた。


 目の前のテレビでは夕方のニュース番組をやっていて、左上には16:00と表示されている。今朝騒がしかった机には、二つのオムライスが載っているけど、一人しか座ってなくて、向かい側にはまたいつものように人がいない。


 ミルシアさんは昼までには帰ると言っていたから、およそ四時間ほどの遅れだ。


 これがどう言うことかといえば、”こういう“ことだと思う。まさに説明不要、見た通りだ。


 彼女は結局、適当なことを言って逃げたのだ。よくよく見渡してみれば彼女の残したものは、初めに着ていた高校の制服に、ダボダボのルーズソックス、そしてクレーンゲームで獲得したぬいぐるみ二つ。まるで、俺に関わったもの全てを置いていって、買ってもらった服だけ綺麗に着て行っている。


 彼女はなんやかんや四千円分の服と、宿と、夕食朝食を頂いて行ったわけだ。


 ただ勘違いしてほしくはないのは、俺は別に彼女を恨んでいないことだ。別にお礼のをもらうため、これらのことをしたわけじゃなくて、ただ目の前の彼女にすべきことをしただけ。それを食い逃げやれ、盗人やれ、言うつもりはない。ただ…………



 あれだけ素直そうな彼女が。そして、一度は信じた彼女が嘘をつくなんて、やっぱり信じたくはなかった。


 俺は机に並べたオムライスを一口かじってみた。二人で食べる光景なんか想像してワクワクして作ったオムライスは、とても冷たくて、寂しい味がした。



* * *


 ぼーっと見ていたテレビはいつの間にか番組も変わっていて、それでも相変わらずニュースをやっていた。左上の表示はたった今18:00に変わった。


 当然っちゃ当然の、至極真っ当な現実を受け入れられない俺は、いまだに目の前の空席をぼーっと眺めていた。でも、その席はもう空席でもない。


 空席は座る人が存在して、初めて空席と呼ぶ。だから、その席は空席ではなく、ただの椅子だ。


 結局、俺は四ヶ月前と何も変わっていなかった。四ヶ月前も二日と半分の間、椅子を見つめ続けぶっ倒れた。今回は、この椅子をいつまで見続けるのだろう?


 どうせ帰ってこないことなんてわかっている。それは決して彼女だけではない。人は皆いつか俺の知らないところで勝手にどっか行ってしまう。そして、自分の周りになんて誰も残らない。なら別れる悲しみが少ない分、誰とも出会わなかった方が良かったんだ。


 俺は、彼女に流されたことを後悔した。その魅力に気づいた時に、早く拒絶しておけば良かった。そんな細かくてしかもどうせもいいことを反省していた。


 そして俺は、さらに一時間以上その椅子から動くことができなかった。


 多分病気だと思う。でも体が石のように固まって動けないんだから仕方がない。テレビはバラエティに移っていて、すでに時刻表示は無くなっていて、もう時間はわからなくなっていた。そんなとき、玄関の方から微かに音がして……


「ただいま〜遅くなった!」


 これまでびくともしなかった俺の体は、そのたった一声ですぐさま飛び跳ねて、足は思わず玄関まで出迎えに向かっていた。こんなことしたらまるで寂しかったと思われる。でも体が勝手に動いてしまい、当然彼女に悟られる。


「あら、出迎え? 嬉しいわ…………ってユート大丈夫? なんか目が赤いけど」


 ミルシアさんは俺の表情を見るなり、心配したのか険しい顔になった。


「あっ、えーと……別に待ってたわけじゃないから。この目も埃によるものだから」


 そして、それを嘘だと見透かしたように俺の瞳を見つめ、見え見えな本心を悟られる。


「もしかして、もう帰ってこないと思った?」


「ち、違うから!」


 俺は全力で首を振り、否定の意思を示した。だけど、ミルシアさんはスクールバッグを床に置いてから、俺に二歩三歩と近づくと、俺の後ろに手を回した。そして、その優しい温もりの中にぎゅっと抱きしめられた。


「寂しい思いさせてごめんね……もう離れないから……」


 まるで赤ちゃんをあやすかのような声が、耳の後ろからこえる。

 

「いや、違うか……」


「いいよ、何も言わなくても」


「やめてっ!!」


 俺は彼女の肩を押し出すように突き放し、彼女から離れた。彼女は呆気に取られた様子でポカンとした。


「ご、ごめん…………ひ、昼ごはんあるから……」


 俺はそれだけ言うと、足早に玄関を去り、彼女を残したまま居間へと戻った。


 彼女の温もりは恐ろしいほどに温かくて心地よかった。色々触れているとかもうどうだってよくて、これまで経験したことのなかった、懐かしいような温もりで、全てが許されたような安らぎさえ感じた。


 だから、俺は怖かった。

  

 たぶんこの温かい沼にハマってしまえば一生出られないし、ミルシアさんに無しには生きていけなると思う。それは半分生命の危機で、俺はそう言った防衛本能から思わず彼女を突き放してしまった。彼女は何もなく、ただ優しく気遣ってくれただけなのに。



 後から居間に入ってきたミルシアさんは、少し暗い顔をしていて、その部屋は重い空気で満たされた。

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