第3話 まるでデートみたいな……
彼女は何を着ても似合っていた。
試着室のカーテンが開くと、グッと大人びた装いのミルシアさんが立っていた。
黒いロングスカートは脚の長さを際立たせ、白いふわっとした半袖のTシャツは純白そのもので美しい。飾りっ気のないコーデだけど、袖口が緩やかな半袖から覗かせる素肌はとてもまぶしく見える。
ミルシアさんは俺に近づくと、腰に手を当て、足を一歩前に出し、まるでモデルのようなポーズをとる。
「似合っているかしら?」
「あ、はいっ! 似合ってると思います」
俺は思わず見惚れていて、あわてて返事すると、彼女は「ありがとう!」と嬉しそうに微笑んだ。
つい数分前まで浮世離れした格好だった彼女が、違和感ないイマドキの格好になったのは、他でもない、一緒に服を見に来たからである。逃げるスキも見つけられなかった俺が渋々向かったのは、さっき回ったばかりで、さっき諦めたばかりのショッピングモール。
ミルシアさんは店内に踏みこむや否や、興奮気味にあたりを見渡し、「何これ!」と手当たり次第に飛びついた。彼女の好奇心は、世界中どこにでもありそうなボールペンでさえ目を輝かせるレベルで、アパレルショップまで連れて行くのにも一苦労だった。
そんな彼女の碧い瞳は、たくさんの服を前にすると、さらに光り輝き、気になった服に片っ端から飛びついていった。そして、欠かさず試着もした。
ある時は、ジーパンに黒いスウェットパーカーというラフな格好。ある時は、くすんだ緑のロングスカートにベージュのTシャツというおとなしめな格好。ある時は……
しまいには、水着さえ試着していた。肌を思いっきり露出させた、黒のギンガムチェックのビキニ。白い健康的な肌を惜しげもなく見せつけて、ふくよかに膨らんだ胸とハッキリとしたくびれがスタイルの良さを感じさせる。ただ、あまりにも刺激が強すぎて、思わず目を逸らした。
彼女は試着室から出てくるたびに俺に「似合っている?」と尋ねてきた。彼女のファッションセンスは悪くなくて、とても似合った服を見繕っていたから、俺に確認する必要性は感じない。だけれど、「似合ってます」と聞いた彼女は、満開に花開いたような明るい笑顔を見せてくれるから、めんどくさいとも思わなかった。
ただ、美しい彼女に見惚れっぱなしになっている場合でもなかった。
俺は黒と白の服を着こなすミルシアさんをじっと見る。相変わらず似合っていて、やっぱり見惚れてしまいそうになる。でもそんな浮つき戒めるかのように、出会った時のオカシナ格好が脳裏に浮かぶ。人混みの中一人異彩を放った、あのオカシナ格好を。そして、俺に一つの疑問が浮かぶ。なぜミルシアさんはあんな格好をしていたのか?
でも、その答えはすぐに分かることとなる。
じっくりと時間をかけて見回ったミルシアさんは、ようやくお気に入りを見つけたようで、服を片手に俺の元に近づくと。
「私……今手持ちに現金がなくて……すぐ返すからお金を貸してくれないかしら?」
ある意味、予想通りの展開だった。
彼女はすごく申し訳なさそうに深々と頭を下げている。でも、本当に申し訳なく思っているのだろうか。バカンスに来たのだからお金はあるはずだ。きっと、オカシナ格好で『可哀想な外国人』と見せかけて、服を買ってもらうためだろう。そして、後日返すと言っても、そこから音沙汰なし。
さっきまで無邪気にはしゃいでいた彼女を見ていただけに、恐怖を感じていた。あんなに無色透明な少女のような目をした彼女でも、さも当然のように詐欺を働くのだと。
「わ、わかりました」
彼女について行った時からお金は諦めていた。今月分の全財産が入ったお財布は、薄くなればなるほど今月の生活が危うくなってくる。
俺は大きなため息を吐きながら、服を抱えてレジへと向かった。
* * *
さっそく白のTシャツと黒のロングスカートを身に纏ったミルシアさんは、ダンスを踊るかのように軽やかに舞いながら、あちこちに飛びつく。
会計後「服が決まったから、僕はこれで……」と逃げようとしたところ、「もうちょっと遊んでいこうよ」と右手をがっちり掴まれて、今は一緒に店内をまわっている。
ミルシアさんの興味は尽きることを知らずに、雑貨屋はもちろんのことながら、食料品店でさえ大はしゃぎで見ていた。「なにこれ細長い!」とゴボウを持ってみたりわ「すごく茶色いわね」と唐揚げを見せてきたり。彼女はやはり純粋に見えた。
そこで、さっきのレジでのことを思い出す。
「合計2,608円になります」
店員さんに「お客様大丈夫ですか?」と心配されるまで、俺はそのディスプレイを見て呆然としていた。詐欺女のことだから、万は軽く超えていると思った。女性の服はそれなりにするから普通の感覚で買っても五千は超えるはずだ。
それなのに、たったの三千円足らず。
確かに支出が少ないのはラッキーだけど、それ以上に彼女の考えがわからなくなった。彼女はいったい俺をどうしたいんだろう?
「ねえ、ユート!」
突然、明るい声が耳をくすぐり、彼女が立ち止まっていることに気づいた。
「は、はい、なんでしょう!」
「あれって何かしら?」
彼女が指差す先にあったのは、たくさんのぬいぐるみが入っている、クレーンゲームだった。いかにも
「クレーンゲームだよ。あのアームで掴むゲームだけど……」
俺がクレーンゲームに近づいて、アームを指差しながら中を説明すると、彼女がかじりつくように中を見つめていた。あ、これやばいやつだ。
俺は一つ大きなため息をつくと、財布から一つコインを出して、投入口に入れる。
「このボタンを押すとこのアームが動いて——ほら取れなかったけどこうやって遊ぶもの……ミルシアさんもやってみる?」
俺はもう一度ため息を吐きながら、財布の中の少し大きめな小銭を探す。どのみちに払うことになるなら、最初から諦めるつもりだった。でも、彼女はその提案が意外だったかのように、「えっ?」と口にして、「いいの?」と俺を不安そうに見つめた。
そんなことをされると、俺はもどかしい気持ちになってしまう。まるで控えめな少女に奢ってあげているような感覚。その愛嬌は偽物なのに、まるで本物のように感じてしまう。
俺が投入口に500円玉を入れると、“6”と赤く点灯し、「どうぞ」と言うとミルシアさんは緊張した面持ちで筐体の前に立った。彼女は恐る恐るボタンの触れると、アームが右に少しだけ動いてしまった。もう一度押しても右に動いてはくれなくて、彼女は悔しいような悲しいような表情をする。
「失敗してしまったわ……ごめんなさい」
明らかにシュンとするミルシアさん。俺にはその表情がよくわからない。まだ回数あるし、ねだるには早いと思ったからだ。
「まだ五回はあるから気にしないで?」
「あれ? ユートの分は?」
「あ……えっ? 俺? 俺はいいよ。苦手だし」
そこでミルシアさんはまたシュンとする。回数をより多くもらえたのに落ち込んだように見せるのは不可解だった。一緒にやることで共犯意識を植え込みさせたい? いや、考えすぎだ。
でも、そうでもしなければ彼女の行動の意味がわからなかった。
「じゃあ、さっさと二つとって、ユートの回数を残す!」
ミルシアさんは綺麗な金糸をうしろに流し、臨戦態勢に入ると、二回目を始めた。
初心者ならこの回数以内で一個取れたらいい方で、ましてやボタンの使い方すら怪しい彼女が一個も取れるとは思ってなかった。このクレーンゲームにあといくら突っ込めばいいだろう……
「はい、ユートの番!」
俺が頭を抱えているうちに、彼女は筐体から離れていた。クレーンゲームの残り回数の表示は2。「あれ、まだやっていいよ」と振り向いた先には、二つの猫を抱えたミルシアさんが立っていた。一回目はミスで残り5だからミルシアさんは3回で二つも回収したことになる。
流れで仕方なくクレーンゲームに向かってみたけど、驚くほど身が入らなかった。操作もおぼつかなかった彼女が三回で二つも? 急激な上達っぷりに思うところもあったけど、それよりも彼女の「ユートの回数を残す」という言葉の意味がわからなかった。まるで友達一緒に遊んでいるような感覚に陥ってしまう。彼女はいったい何を考えているのだろう。
考え事をしながら適当にプレイしたクレーンゲームでは、持ち上げることさえできなかった。
それでも、ミルシアさんは笑顔で、「惜しかったね」と俺を見ると二つのぬいぐるみのうち、一つ俺の目の前に差し出すと……
「はいっ、ユートのぶん!」
差し出されたぬいぐるみと、彼女の純粋な笑顔を見て、俺の頭はひどく混乱した。
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