前の記憶
シャルルとアランは、『国外でトラブルを起こした』として1か月の謹慎が言い渡された。
平和な日々。
マリベルにとっては無駄な時間が省けてありがたいことではあるが、報復が恐ろしくもあった。
しかし、よほど懲りたのだろう。
謹慎明けからも特段絡んでくることはなく、マリベルは研究に打ち込むことができた。
「…やはり、ゴーヴィッシュ皇子の言葉は正しかったわね。」
「うん、そうだね。」
温室裏に作られた小さなお墓に手を合わせながら、ラキオスと言葉を交わす。
このお墓の下には、申し訳ないが被験者になってもらった、ネズミたちの遺体がある。
ハクランの蜜を与えたネズミは10日足らずで全員、体に痣を浮かび上がらせ、消化器を腐らせて死んだ。
「一度発症すると、直すのはほぼ不可能だけど…原因が分かれば発症することもないし、一安心ではあるのかな。」
「まぁ、そうだけど…。」
この研究結果で、もちろんガルドラ帝国との貿易再会は防がれた。
開花病患者が急激に増えることはないだろう。
「…でもやっぱり、おかしいわ。」
父親には重々と、『人からもらった食べ物を食べないこと』と念を押している。
父はなんだかんだとマリベルを怖がっているので、無視することはないだろう。
父が発症する可能性はなくなったも同然だ。
それでもどうにも腑に落ちないのが、これまでこの王国での開花病の患者たちだ。
一番謎なのは、マリベルの母親。
彼女はマリベル同様に、甘いものがあまり好きではない。
それに、父親とは違い、毎日どこかに出かけるようなこともない。
ハクランの蜜を毎日口にするような場面がどう考えても思い浮かばないのだ。
「やっぱり、人為的なものとしか考えられないんじゃない?」
ラキオスの言うとおり、これは人為的なもの。つまり『殺人』なのだろう。
母親以外の人物も、ガルドラ帝国との関係性は見えない。
ハクランの蜜を手に入れ、毎日食する環境にいたとは思えないのだ。
「開花病の発生条件を知る誰かが、故意的にハクランの蜜を飲ませた、と。それにしても目的がわからなすぎるわね…。」
これまで過去20年間で、この王都で開花病で死んだ人は約20人。
城の騎士、貴族の使用人、マリベルの母に、商人。
他は花街の娼婦が3人と、残りはスラム街の住人だ。
殺される人物、としては統一性がなさすぎる。
「例えば、誰かの殺しが目的で、それ以外がカモフラージュ、とか?」
ラキオスの意見も確かにあり得る。
カモフラージュとして殺すなら、スラム街の住人ほど『殺しやすい』人物はいないかもしれない。
「国内最初の開花病発症者は城の騎士、だよね。側妃は北国から亡命した貴族の末裔っていうのは有名な話だし。」
「うーん…。」
たしかに。ローディスの弟、サイオンの母である側妃の話は有名ではあるが…
「でも、ランダムなカモフラージュで、私の両親が二人とも殺されるなんてことあるのかしら…。」
「あぁ、そうだねぇ、君のお父さんも開花病だっけ。」
「そうなのよね。誰かの殺しが目的なら、バレリー家ってことなんでしょうけど…側妃に殺される理由なんて一つもないし…。って、あ?」
「ん?」
「あれ?」
「…おや?」
この会話、し覚えがある。
「ねぇ、ラキオスってやっぱり、前の時間の…」
「2人って何気に仲がいいよねー。」
そしてこの邪魔される感も、思いっきりされ覚えがある。
「なんか秘密を共有してる感じ?」
今回邪魔してきたのはローディス。
「うん、まぁ仲はいいよ。」
あっさりとラキオスは言った。
「秘密も、共有してるかな。」
「ラキオス、貴方やっぱり…!」
間違いない。ラキオスには記憶があるのだ。前の時間軸での記憶が。
「うん、その話はまた後でね。秘密の話、だから。」
しかしそのあと、ラキオスと二人きりになれるような場面では、必ずというほどにローディスが現れて。
中々話をする機会がないままに、二か月の時が過ぎた。
季節は冬が訪れた。1年の冬。
前の時間軸では、マリベルの父が開花病を発病した時期であるが、マリベルのしつこい干渉の効果があったのか、今のところ父には、開花病の痣は浮かび上がっていない。
ひとまず安心はするものの、油断はできない。
引き続き、開花病の研究に力を入れていた。
そんなある日、貴族学園薬学クラブの温室に、思わぬ来客があった。
「マリベル!マリベル助けて!」
本来は、貴族学園に入ることすらできないはずの人物。
孤児院のマーシュは、マリベルを見つけると、涙を浮かべながら縋り付いてきた。
「どうしたの、マーシュ。」
ただならぬ気配。痛いほどにマリベルをつかむマーシュの手はプルプルと震えていた。
「アニーが、俺のせいで、アニーが、」
「落ち着いて、マーシュ。」
彼はゴーメロッシュと同じ14歳。
孤児院の最年長して、落ち着き払っていた少年の、取り乱した様子に、心がざわざわと書き立てられる。
「アニーが死んじゃう、死んじゃうよぉ!」
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