初恋の人※ゴーメロッシュ視点


物心ついたときから、何かに追われているのはわかっていた。

『じいや』と呼んでいた白髪の老人が一人、自分の事を守ってくれていて、定期的に居場所を変えながら、質素な生活を送っていた。


まるで罪人のように、暗い部屋で1人で過ごし、じいやが運んでくるパンやら米やらを食べる。

じいやがその若くない体に鞭を打ち、力仕事をしてわずかな食費を稼いでくれていることはわかっていたが、幼いゴーヴィッシュはどうしても、その生活に満足することなどできなかった。


癇癪を起してはじいやに対し、汚い言葉を投げつけることもあった。

それでもじいやはゴーヴィッシュを見捨てなかった。


いつも穏やかに笑みを浮かべてゴーヴィッシュに謝り、自分は毎日芋をふかして食べては、ゴーヴィッシュにお菓子を買ってきた。


幼いゴーヴィッシュにも分かっていた。

自分はわがままで、じいやは親切である、と。


それでもじいやの無償の優しさに触れるたびに、わずかに記憶に残る父親の言葉を思い出した。

「人の優しさには必ず裏がある。」

じいやも何かが目的で、自分に優しくしてくれているのだ。


自分には優しくされるだけの『価値』があるのだ。


ゴーヴィッシュが5歳になったある日、じいやが病気にかかった。

仕事に行けない日々が続いて、満足に食事も買えなくなった。

それでもじいやは自分の食費をさらに切り詰めて、ゴーヴィッシュに食事を持ってきた。


どんどんやせ細ろえていく爺やをみて、ゴーヴィッシュは思った。

じいやの優しさは本物かもしれない。

裏などなく、目的や価値など関係なく、自分を守ろうとしてくれているのかもしれない、と。


そう思うと、じいやがこのままいなくなってしまうのではないかということに、すごく怯えるようになった。

少しでも、じいやのために何かしたいと思った。


しかし、5歳のゴーヴィッシュにお金を稼ぐということはできず、ある日、ゴーヴィッシュはついに、盗みを働いてしまった。

果物屋からオレンジを盗み、じいやにプレゼントした。


「…どこから、これを?」

じいやはどこか悲し気につぶやいた。

「果物屋の仕事を手伝ったんだ!お礼にもらった!」

堂々と嘘をつくと、じいやの目から涙がこぼれた。

「…あなたは王になる人なのです。こんなことはしてはいけない。」




次の日、ゴーヴィッシュは、孤児院に連れていかれた。



捨てられたのだ。




どうして?

たかが一度盗みをしただけだ。今までの癇癪やわがままに比べたら、大したことないじゃないか。

なぜこんなことで、捨てられなきゃいけない?




その理由はシスターが教えてくれた。


「あぁ、また汚い子が来たわねぇ。」

シスターの言葉にゴーヴィッシュは腹を立てた。

「俺は王になる人間だぞ!口の利き方に気を付けろ!」

「王?盗賊王ですか?ふふふ。」

「盗みを働いたんでしょう?犯罪者が王になど、なれるわけがないじゃないですか。」


あぁ、そうか、と。


自分は盗みを働いて王になる権利を失った。

だから、じいやは自分を捨てたのだ。

王になれない、自分はいらない、と。




やはり父親の言うとおりだった。

『優しさには裏がある』のだ。




孤児院の手伝いに来ているマリベル、という男爵令嬢がいた。

いつも目を吊り上げて、声を荒げながら、孤児院の家事をしていた。

時には子供たちに文字や算数を教えることもあった。


(こいつにはなんの裏があるんだろう)


孤児院の子供たちに優しくする理由。名声か?何かのアピールか?

ゴーヴィッシュはけして、マリベルに心を開くことはなかった。


しかし、ある日ふと気が付いた。


マリベルが目の下にたっぷりとクマを作っていること。

いつも疲れ切った表情で、誰が見ているわけでもないのに家事を続けていること。

何やら『開花病』とやらの研究のために、寝る間も削って勉強をしているらしい。




「…そこまでして、何を得たいんだ?」

孤児院に来る時間があれば、寝る時間のほうが重要だろう。

塀に囲まれて、外からも見えないこの孤児院で、優しさアピールをして得るものは何なのか。

単純に興味があった。


「え?」

マリベルはぽかん、としていた。

「何か目的があるんだろう?孤児院で働いて、一体なんの目的が達成できるんだ?」

「…目的…?」


うーん、とマリベルは首をかしげた。


「いい子アピール…はまぁする必要もないし…うーん、考えたことなかったなぁ。」

「嘘つけ。」

そんなわけない。

「何か目的がないと、人にやさしくする意味なんてないだろ。」

「え?私優しい?なんかいっつも怒鳴ってばっかりいる気がするけど。」


怒鳴っているのは子供のためだ。

危険なことをしないように、間違ったことをしないようにと怒っていることくらいわかっている。


「なんか理由があるんだろう!気持ち悪いから言えよ!」

「えー、なに、うるさいなぁ。なんとなくよ、別に。私がいないと貴方たち困るでしょ。」

「そんなわけないだろ!誰だって、人にやさしくするには裏があるんだ!あのじいやだってそうだった!!」


ゴーヴィッシュの必死な様子に、マリベルはようやく洗濯を干す手を止めた。


「じいやだって、俺に価値がなくなったら、この孤児院に捨てた!ただ優しい人かもしれないって思ってたのに!優しくする裏があっただけなんだ!」


それからゴーヴィッシュは、いつの間にかここまでの経緯を話していた。

じいやに裏切られた、という事は、自分の中で思ったよりも傷を受けていたようだ。

いつの間にかポロポロ涙をこぼしていた。


「…え、馬鹿じゃないの…?」

そして、話し終わったころ、マリベルはぽかん、とそういった。


「そのじいやさんがゴメロスをここに預けたのは、ゴメロスにこれ以上盗みをさせないためでしょ。なんでそんな簡単なことがわからないの?」

「…え?」


当たり前のことのようにいうマリベルの言葉は、ゴーメロッシュの涙を止めた。


「そのじいやさんが優しい人なのかどうかとかわからないけど…少なくともあなたのことが好きだから、貴方に優しくしてた、それだけでしょう?」

「は…?」


衝撃だった。

好きだから優しくした、と。

そんな理由があったのか、と。


「まぁそうね、そういう意味では私もそうかもね。私が優しいのかどうかは置いといて…まぁ私はあなたたちが好きだから、ここに通っているのかもしれないわね。」


『優しくするには裏がある』

その『裏』とは悪いことばかりだと思っていた。

『好きだから』という理由があるなんて、考えたこともなかったのだ。




それから、数年が流れて。

じいやは帝国の護衛たちと、ゴーヴィッシュを迎えに来た。

皇帝たちの後継ぎ争いが落ち着き、父親が皇帝になったので、ようやく迎えに来ることができた、と、じいやは涙を流しながら謝ってきた。






「ははは、ぼんくらそうな王子だ。さて、国外貿易も身近に見えてきたな。」

ローディスたちを見送った父親は、誇らしげに笑っていた。

「そうですね。」


まぁ自分がマリベルたちに情報を流した今、国外貿易など夢のまた夢だ。


『いいのかい?』

昨日、すべての話を聞いたラキオスは不思議そうに尋ねてきた。

『君はガルドラ帝国の後継者だろう?これは父親に対する裏切りに値するのでは?何故そこまで、俺たちに協力してくれるんだ?』

『なんとなくですよ。』


ゴーヴィッシュはそう答えた。

『好きだから』という本当の答えは、隠したまま。






10年後。

ゴーヴィッシュ・ガルドラは周りからの指示を受け、わずか24歳という若さで帝王になった。

ガルドラ帝国の闘いの歴史に終止符を打ち、隣国との関係を深めた、平和の帝王として、世に名をはせることになる。



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