異国での罠
その日の夜。
今回のメインイベントである、ゴルガラ帝国の後継者のお披露目パーティー。
マリベルはいつもより念入りに化粧をし、いつもは一つに結んだだけの髪を下ろし、背っとした。
「すごい、綺麗です!マリベルさん!」
フレアは上機嫌にそういうが、自分は全く化粧をしていない。
髪の毛も三つ編みをほどいただけで、いつもと特段変わらない。
「…フレアさん、準備、手伝いましょうか?」
「あ、いえ、私はこれで十分ですので。」
(なんというか…)
恋する女性、なのにもかかわらず、おしゃれを避けているように感じるのはなぜだろうか。
「でも少しくらい、」
と言い合っているうちに、迎えがきてしまった。
迎えに来たラキオスはマリベルの姿を見て、息をのんだ。
「…ずいぶん気合が入ってるね。」
「…微妙な言い方。それ、ほめてないよね?」
「いや、ほめてるよ。綺麗だと思う。」
「おぉ、すごい気合いだな!」
…いったそばから、隣でケニックが言う。本当に女心がわからない男たちである。
「まぁ、色仕掛け作戦、ですから!」
「色仕掛け…?」
どん、とマリベルは胸を張った。
「このパーティーで、ゴルガラ帝国の貴族と仲良くなるのです!そして、その貴族から、開花病について少しでもヒントを聞き出す!」
「なるほど。…無理はしないようにね…。」
少しあきれたように、ラキオスはつぶやいた。
会場に入ると、シャルルとともに先に会場入りしていたローディスと目が会う。
ローディスは目を細め、うっとりとマリベルを見つめた。
(ものすごく全身から、好意が漂ってくぅ…)
その表情を、シャルルに見られずに済んだのは幸いだった。
皆の視線は、ステージの上。
ゴルガラ帝国皇帝の、ゲオドル・ゴルガラの熱い演説が始まっていたのだ。
「我がゴルガラ帝国は、これまで戦いに明け暮れてきた。帝国外、帝国内、そしてわれら皇帝の血筋内ですら、日々戦いに明け暮れていたのだ。だが、私は平和を望んでいる!その宣言のために、今日、隣国から客人たちを招いたのだ。」
たっぷりとしたひげを蓄えた、目力の強い帝王。
30代後半ほどの若い帝王は、平和、を望んで熱烈に演説を続けた。
「そして、同じ意志を持つ、我が息子…後継者争いの中で失ってしまったと思っていた我が息子、ゴーメロッシュを、次期皇帝にすることをここに宣言する!」
長々とした前置きの後に、皇帝の後ろから一人の青年…いや、少年が出てきた。
強い目力、紫の髪は、間違いなく皇帝から引きついだそれ。
まだマリベルと同じくらいの背丈…おそらく13,14歳ほどの少年ゴーメロッシュは、堂々と頭を下げた。
パチパチパチ、と熱い拍手で会場はあふれ、そのまま流れるように、オーケストラの演奏。そしてダンスタイムが始まった。
回りがダンスを踊りだす中、マリベルとラキオスは、呆然と立ち尽くしていた。
「えーっと…」
「…踊る?」
ラキオスから手を差し出され、マリベルは即座に首を振る。
「だから、色仕掛け作戦だって言ってるでしょ。貴方と踊っても意味がないでしょう。」
「うん、でもさ、色仕掛け…うん…。必要かな?」
そう。ラキオスの言う通り。相手は向こうからやってきた。
「踊っていただけますか、マリベル様?」
右頬だけを吊り上げて、ニッと笑うその人物。
どこか挑発的で、人をからかうような強い瞳。
その人物、ゴーメロッシュ・ガルドラ。
「もちろん。」
ほほ笑むマリベルに、ラキオスは小さく肩をすくめた。
「ダンス、お上手ですね。」
マリベルの言葉に、ははは、とゴーメロッシュは笑った。
「昔から、なんでも器用に出来るほうでして。」
生まれつきの貴族のような軽やかなステップ。
初のお披露目のゴーメロッシュに周りの注目は集まっている。
「マリベル様も、お上手で。」
「お世辞はいいですよ。」
「はは、バレたか。」
爽やかに笑うゴーメロッシュ。その笑顔に、マリベルも笑みを浮かべた。
「昔から、一つのことに集中してしまう主義でして。」
「はは、そのようですね。この国に来たのも、そのことですか?」
「えぇ、調べてるんです。」
ダンスの流れで、そっとゴーメロッシュの耳元でつぶやく。
「開花病について。」
その言葉を聞いても、ゴーメロッシュは顔色を変えなかった。
その代わり、くるり、とターンをして、答えるように耳元でつぶやかれた。
「開花病は病気じゃない。毒だ。」
「え、」
表情を固まらせたマリベルに、ステップを止めたゴーメロッシュが笑いかける。
「またじっくり、お話ししましょう。」
ちゅっと、まるでスマートな貴族のように、手のひらの甲に口づけをし、ゴーメロッシュは去っていった。
十分、過ぎる収穫だ。
もう色仕掛けは必要ない。
ダンスに誘ってくる男性の手を軽くあしらいながら、マリベルは壁際に戻った。
(早く部屋に帰って、考えをまとめたいところだけど…)
勝手に戻っていいものだろうか、と会場を見回す。
ローディスは女性たちに囲まれている。
ラキオスは珍しく、異国の女性とダンスを踊っている。
フレアは慣れない足取りでケニックと踊り、ケニックは時々つまずくフレアを楽しそうに笑っている。
そんな中をドスドスと足音を立てて、シャルルがこちらに向かってやってきた。
「冗談じゃないわ、どうして次期王妃の私が、こんな田舎貴族たちと踊らなきゃいけないのよ。」
どこまで行っても、シャルルはシャルルである。
「あら、あなた。今日はずいぶんましな格好しているけど、まさか王子と踊ろうだなんて思ってないでしょうね?」
「はいはい、思ってませんよ。」
やはり、部屋に帰ったほうがよさそうだ。
背を向けるマリベルに、シャルルは少し戸惑いながら声をかけた。
「ねぇ、一度二人きりで話がしたいと思っていたの。これからどうかしら。」
(…何をたくらんでいるのかしら…)
普段ならばこんな誘いなど絶対乗らない。
だが、ここは異国だ。シャルルの味方はいない。
そんな中でシャルルが『二人きりで話したい』というのだ。
(二人きりで向き合って話するのなんて、久しぶりだものね…)
シャルルには相変わらず『男爵令嬢』の言葉は響かないかもしれない。
それでも、話してみよう、と思った。
全ては、自分が、殺されないために。
二人でシャルルの部屋に行くと、シャルルが自らがお茶を淹れてくれて、少しばかり驚く。
シャルルがお茶を淹れたことに驚いたのではない、お茶を淹れれたことに驚いたのだ。
「…何よ、これくらいできますわよ。」
心外、と言わんばかりにシャルルが言う。
「各国からお客人が来たら、もてなすのは王妃の仕事でしょう?王妃教育で学びましたもの。」
まぁ、当然貧乏男爵家のマリベルは自分でお茶を淹れることはできるが、貴族令嬢たちはできない女性が多いのも事実だ。
なんだかんだ、シャルルもしっかりと王妃教育を受けているという事のなのだろう。
「マリベル、何度も言っているけれど、王子に近づくのはいい加減やめてほしいの。もう同じことを何度も言うのもうんざりなのよ。」
シャルルが取り巻きも連れずに、一対一で話す場を設けたこと。
お茶を淹れてくれたこと。
たったこれだけの二つのことで、マリベルの心は少しだけ考えを改めていた。
シャルルに話をしても無駄だ、と決めつけるのではなく、一度きちんと話し合ってみるべきなのではないか。
真剣に話せば、意外と分かってくれるのではないか、と。
「シャルル、あのね、」
「様、ね。」
「…シャルル様、私は自分からローディス様に近寄ったことはないわ。これは事実だけど、それでもこれ以上に気を付けて、ローディス様とは距離を置くようにする。でも、シャルル様も、私に気を取られるんじゃなくて、もう少しローディス様と向き合ったほうがいいんじゃない?」
シャルルが淹れてくれたお茶は、少しだけ渋みが残っていたけれど、香りは高い。
いい茶葉なのだろうとは推測が付く。
「…どういう事かしら。」
「小さなことでいいと思うの。…例えば、呼び方を変えるとか。王子と呼ぶより名前で呼んだほうが、ローディス様も喜ぶと思うわ。」
そういいながら、マリベルは気が付いた。
ローディスに自らアピールをしたつもりはないし、出来るだけ避けようとも思っている。
しかし自分はローディスに『嫌われる』努力をしていなかった、と。
『王子』という呼び方をローディスが嫌っていることは知っていたのだから、最初から『王子』と呼んでいればよかった。
あえてローディスの前だけでも、わがままな振りなどをしてもよかったかもしれない。
無意識に。
自分はローディスに『嫌われたくはない』と思ってしまっていたのかもしれない。
「ふぅん…」
シャルルは紅茶を飲みながら、小さく頷いて、笑った。
「また善人アピールってわけ?」
「そうじゃないわ、そうじゃなくて、」
「そうね、たしかに相手が貴方でなければ、王子の周りに女性がたかろうが、たいして気にしなかったかもしれないわ。でもね、貴方は別なの。」
「何故…」
続きの言葉を発することができなくなったのは、突然ドクリと心臓が脈打ったからだ。
「だって、貴方って、母親の復讐を私にしようとしてるでしょ?自分の母親の婚約者を、私の母が奪ったから、代わりに私の婚約者の王子をとろうとしてるでしょ?そんな下心が見えてるのに、見逃すわけがないじゃない。」
「ち、が…」
(何、これ…?)
うまく言葉が出ない。
脈が荒くなり、なんだか息苦しい。
全身が火照るようなこの感覚。
バタン。
突然部屋のドアが開き、アランが入ってきたときに、すべて察した。
これは前の時間軸で体験したことがある。
「シャ、ルル…」
媚薬だ。媚薬を盛られたのだ。
「発情してるわねー。あらあら、そんなに男が欲しいの?いいわよ、アランを使っても。」
(油断、した…)
こんな『危険』といわれる国で、まさか仕掛けてくるとは思わなかった。
前の時間軸では、三年の夏の出来事だったので、いずれ仕掛けてくるにしても、もっと後のことだと思っていた。
アランは黙って、マリベルを抱き上げた。
「…ん…ぁ」
悔しい。とても悔しいけれど、その手のあたる部分がそれだけで気持ちがいい。
ポン、とベットに置かれ、アランが上にのしかかる。
「じゃ、楽しんで。早めに終わらせてね。」
おほほほ、と笑いながらシャルルは部屋を出た。
「…不思議なもんだな。」
カチャカチャとズボンのベルトを外しながら、普段は無口なアランがつぶやく。
「…興味のない相手でも、そんな目で見られるとそそられる。」
赤く燃えるような髪と、ギラリと光る眼が、まるで野獣のようで恐ろしく。
(逃げなきゃ…早く…)
そう思う気持ちとは裏腹に、体はピクリとも動かなかった。
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